序章 謎の用心棒

第1話 依頼

 ただ闇雲に逃げ始めて、転がり込んだ隊商。そこで謎の二人組みに隊商は助けられた。二人組みと言っても、狼の群れを追い払ったのは女性の方で、表情がまるでない女性より頭一つ分背の高い、紅色の衣を纏った男性は女性の斜め後ろにただついているだけだ。だが、女性も、男性も、同じような風格を感じさせるのは何故だろう。そもそもこの風格は? と、私は不思議に思った。見た様子、二人とも年齢は三十路か、それよりも若いように見える。ただ、所作や話し方からは深い経験を感じさせた。手練れの用心棒か傭兵か、そんなところなのだろうか。

 隊商の長と話がつきそうな雰囲気が出始めた時、

「アヤメ」

 隣からかけられた声に、嫌な気配を察して振り向く。それなりに腕の立つ剣士であるヤマトは、あの二人組みの方を見て言った。言う事の予想はついている。

「あの二人を雇おう」

 やっぱり。

 私はため息が出そうになるのを、すんでのところで堪えた。

「あんな強い人たち、いくらあなたでも雇えないんじゃないの……?」

「なんとかする」

 そう言って、ヤマトは壁を離れてツカツカと謎の二人組みの元へと向かってしまった。


 ◆


 隊商の長からもらった小袋を女は羽織の中にしまうと、では、と短く挨拶をして、踵を返す。紅色の外套の男も女に続くと、すぐに呼び止められた。

「あの!」

 女が声のほうを向き、男は視線だけ動かす。

 帯剣した精悍な顔つきだが、体つきが良いとまでは言えない、健康そうな青年が二人の前に歩み寄った。

「お願いがあります。どうか俺達の用心棒を請け負ってくださいませんか?!」

『"あれ"だ』

 男が目だけで、建物の中の華奢な少女をチラリと見ていることを、女は感じ取っていた。表情を変えずに、わかってる、と頭の中に伝わってきた声に、同じく頭の中で返答する。

「俺達、とは、どれくらいの規模なんだ?」

 女が平坦な声で返すので、少し食いついてくれたことに息を呑むと、青年は早口で返す。

「俺を含めて二人です。俺はヤマト。良ければ話を聞いてもらえませんか?」

 切羽詰まったように口走るヤマトをじっと見たあと、女は斜め後ろの男を初めて振り返り、視線を合わせた。男は女に視線だけ合わせると、二人同時にヤマトを見る。二人に視線を向けられたヤマトは背筋が伸びるような心地になる。

「落ち着いたところで話を聞こう」

 女にそう言われたヤマトは希望の芽が自分の中に芽吹くのを感じた。

 女が隊商の長に、近くに話すのに向いた店はないかと聞いているのを、ヤマトは慌てて聞きに行くのだった。


 ◆


 長に勧められたという店へヤマトに連れられて来た。旅や行商で立ち寄る者たちから人気があるという、小規模な集落にしては活気のある店だった。昼時を過ぎた時間でも、店員の威勢のある掛け声でにぎやかだ。私なんかにはうるさいくらいに明るい店だと思う。四人がけの大きな机に通され、女性は槍を後ろの壁に立てかけ、橄欖色の羽織を脱ぐとぱたぱたと畳んで長椅子に置いた。思わず、女性の衣装を見入ってしまう。手甲を巻いているため武骨に見えそうだが、袖のない服装に短い履き物と機動性の高そうな、白と赤の映える衣装だった。対して、紅色の外套を巻いた男性はそのまま座った。

 全員席につくと、ヤマトが「仕切らなくては」という義務感から口を開く。

「えと……」

 そうなるよね。なんだかこの人たち、高圧的じゃないのに威厳のようなものを感じてしまうから、どうしたらいいかと戸惑うのもわかる。

 品書きに目を通していた女性は、ふいっと視線をヤマトに移すと、

「何か食べる?」

 と聞いた。ヤマトは姿勢を一瞬正し、私に視線を送ってくる。

「…………」

 正直、とてもお腹が空いている。

「……お腹空いた」

「俺がここは出します。好きなものを注文してください」

 ヤマトはすかさず切り出す。私は壁の黒板にある品書きを見始めた。お勧めにちまきと書かれている。

「あんたもちまき頼む?」

 女性の声にハッとなり、視線を向いに向けた。机に両肘をつき、手を組んだ女性の深緑色がこちらを見てくる。思わずコクリと頷いた。

「いくつ頼む?」

「…………三つ……」

「ヤマトは?」

 名前を呼ばれた彼はハイッと背筋を伸ばすと、俺は牛丼にしますと早口に答える。大盛り? と聞かれるので、はい、大盛りで……! と少し嬉しそうに答えていた。女性が近くの給仕係りを呼び止めると、ちまき六つ、牛丼大盛り二つと注文を通した。

 私達は首を傾げる。男性の方はまだ一言も発していないはずなのに、注文を通していた。当の男性は、目を閉じて外套に口元が隠れていた。私はヤマトをチラリと見ると、ヤマトの視線とかち合った。

「じゃあ、依頼の話を聞こうか」

 女性の声に私達はハッとなり、ヤマトは話し始めようとするが、情報が整理できずにこんがらがる。

「君達を護衛する、ということかな」

 女性は両肘を机ついたまま、手を組んで聞いてくれる。

「はい! 俺はともかく、アヤメを護ってほしいんです」

 初めて名前を出されたので、私は頭をペコリと下げた。女性は軽く目を閉じて返事を返してくれると、

「目的地は?」

 順を追って尋ねてくれる。

「目的地はないのですが、ひとところに滞留できなくて……」

「逃亡の身?」

 女性の声が低まった。ヤマトは一拍置くと、ゆっくり頷く。

「できるだけ遠くに逃げたいのです。アヤメを守りながら。期間は定まらないのですが、あなた達にお願いしたいです」

 女性は姿勢を戻し、初めて視線を隣の男性に向けた。目を閉じていた男性は、紅色の瞳を見せると女性に顔を向ける。二人がこちらに視線を戻すと、

「護衛中に発生する旅費、雑費、食費を全て君達が持つ。それでどう?」

 私もヤマトも驚いて、目を合わせた。そんなに安く済むとは微塵も考えていなかったからだ。

「依頼費もお渡しします! どうかよろしくお願いいたします!!」

 ヤマトは立ち上がって深々とお辞儀した。私も座っているわけにいかなくなり、立ち上がってお辞儀をする。まあ座って、と、声がかかり、長椅子につくと、

「フユキだ。こいつは相棒のハク。よろしく」

 女性の……フユキの、薄っすらとした微笑みと、ハクと呼ばれた男性の無表情がヤマトに希望の光を持たせる。この時は、私はまだ希望を持てずにいた。

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