07

 ジュラ男さん、草食やから大人しい。

 ギャレットを背中にのっけて、ゆっくり歩くのが可愛い。ゆりの膝の上を歩かせてたら、ダンテとミランダに笑われた。楽しいのに、何があかんのかな?

 俺がジュラ男で遊んでる横で、ダンテとミランダが真面目な話をしてる。邪魔したらあかんって分かってるから、俺はゆりにくっついて座るとギャレットを膝に座らせた。ジュラ男さんにゆりの肩を歩かせてたら声が聞こえてくる。

「じゃあランボルギーニはダンテに支部長らを殺せって言うてるかもしれんの?」

「毒やないとか言うてたけど、絶対毒やん」

「睡眠薬とかかもしれんやろ?」

「でもそれやったら場所を指定してくるんちゃうの?」

 ゆりの肩、小さいから歩かせるところがちょっとしかない。これやとあんまり面白くないな。

 俺はギャレットをゆりの膝に座らせると、ゆりの背中側に膝立ちになった。うなじの辺りをジュラ男さんが歩いてたら、ゆりが困った顔でこっちを向いた。

「ルノ、ちょっとやめてよ」

「なんで?」

「そこはくすぐったい」

 しゃーないからゆりの背中を歩かせてたら、ダンテが言うた。

「ミランダは何の薬やと思うん?」

「ヘヴンとか? ルノがああなってるように、役立たずにするくらいの効果はあると思うで」

 名前を呼ばれたから、俺は顔を上げた。

「俺が何?」

「遊んでて」

 冷たくそう言われて、悲しくなった。

 その場に座って出てきそうになった涙を堪えてたら、ゆりがこっちを向いた。

「ちょっとどうしたんよ?」

「だって、俺」

「ルノ、どうなってんの?」

 焦った様子のゆりに、ミランダが言うた。

「あの薬、感情の起伏が激しくなって、情緒不安定になるんよ。ゆりちゃんが飲んだのはただのラムネ」

「どういう事なん?」

「ルノに演技させてもすぐバレるからな。ゆりちゃんはそのルノをよく観察して、ヘイリーの前ではそんなふうに演技して」

 ゆりは困った顔をしながら、俺の頭を撫でた。

「こんな子どもっぽくなんの?」

「ルノは小さい頃、あんまり遊んだ事ないみたいやから、そうやって遊ぶのが楽しくてしゃーないんやろ」

「つまり、自分が好きな事がもっと楽しくなる薬って事?」

「他にも、ちょっと悲しかっただけでそうやって泣いたりするようにもなるし、嬉しかったら死ぬほど嬉しく感じたりもする。シモンのアホがルノに倍の量を飲ませてたから、ちょっと効きすぎてそんなんなってんねん」

 ミランダがそう言うと、ゆりを見た。

「大丈夫、死にはせん」

 頭がくらくらする。

 泣いてたら、ゆりがぎゅって抱いてくれた。

「何が嫌やったん?」

「だって俺だけハミゴ」

「ハミゴにしてへんよ」

 ゆりはそう言うと、俺の頭をゆっくり撫でた。

 あったかくて気持ちいい。もっとしてほしいけど、そんなんよぅ言わん。ゆりの背中に腕を回してくっつくのが精一杯。

 すぐ近くで話すダンテとミランダが、こっちをちらちら見てる。

「でもルノがあんなふうになるまで、そこそこ時間かかったやんか」

「他の薬を併用すれば、なんぼでも出来る。特に今、ヴィヴィアンは痛み止めを飲んでんちゃうんか?」

「そうやけど」

「薬の量を調整したら、ヴィヴィアンかて簡単にああなる。難しい事ちゃうんよ」

 なんか難しい話して、俺の事ハミゴにしてる。全然分かれへんから、寂しくて胸が苦しくなった。ボロボロ出てくる涙を両手で拭いたけど、もう全然あかん。

 目の前のゆりにくっついたら、また心臓をぞうきん絞りされてるみたいに痛くなってきた。今は夢を見てる訳やないのに、なんでこんなんなんの?

 つらくて苦しくて、自分でもどうしてほしいんか分からん。楽になりたい。もう嫌や。

「ルノ、ギャレットで遊ぼうや。泣かんとこっち向いて」

 ゆりはそう言うと、体をちょっとだけ離して顔を覗き込んできた。

「ムーランいてないの、寂しい」

「でもジュラ男おるやんか」

 そしたらミランダが溜息をついた。

「あかんな。バッドトリップしてる」

「何それ、怖い」

「ルノが飲んでた鎮静剤が効くかもしれん。持ってない?」

「飲ませて大丈夫なん?」

「少量やったら大丈夫」

 そう言うと、ミランダはこっちに近寄ってきた。

「ほれ、大丈夫やから口開けてみ」

 怖くて体が震えてくる。頭がズキズキして、息が苦しくなってきた。口開けたくないのに、息が出来ひんから口を開けるしかない。

 ミランダが持ってるんは、ただの錠剤で芋虫ちゃうのに。

 首を横に振ったら、ゆりが言うた。

「ルノ、こっち向いて」

 ちょっとだけ顔を上げたら、ゆりが笑顔で白い錠剤を持ってた。ゆっくり口を開けると、奥の方に入れられる。

「飲んで」

 夢で唾飲まされた時より、ずっと優しくて暖かい声で言うた。急に涙が止まる。心臓がうるさいけど、言われた通り薬を飲み込んだ。

「よしよし、飲めたやん」

 頭を優しく撫でられて、ほっとした。

 ダンテとミランダがこっちを見ながら、ちょっと心配そうな顔をしてる。でも涙が止まったのを見ると、また二人で話を始めた。

「ヘヴンで美味しい物食べさせて調教するってフレッドが言うてた。そんな事出来んの?」

「薬飲ませて楽しい経験いっぱいさせれば、相手の事が嫌やなくなる。それを上手にやればなんぼでもホレさせたり出来るんよ」

 俺は座ったまま、二人を見た。ミランダは真面目な顔してて、ダンテは困った顔してる。目の前で俺の事を見てるゆりは、優しく笑って俺の頭を撫でてくる。

「ルノは虫で脅せたけど、ジジは似た薬を小さい時から飲んでて効果ないんよ」

「じゃあどうすんの?」

「弟を使って脅すしかないやろ。ランボルギーニはジジが大人しく従ってる限り、ルノを殺しはせぇへん。目の前で虫を食わせて拷問するためにな」

 俺はミランダの方を見た。

「姉ちゃんおんの?」

「おるよ。このビルのどっかでルノに会わせろって騒いでる筈や」

 ゆりとダンテが顔を見合わせた。

「それやったら協力して逃げた方がええんやないの?」

「そんな状態のルノを連れてか?」

「もうちょっと落ち着いたら」

「あと二時間も経ったらシモンがヘヴン持って戻ってくるわ。多分、ジジにルノの状態を見せつけるために連れて来る」

 俺はゆりのシャツを引っ張った。

「俺、姉ちゃんに会いたい」

 止まった筈の涙が出てくる。

「姉ちゃんに会いたい。もう一人嫌や」

 ゆりがぎゅってしてくれた。

「ルノは一人ちゃう。うちもダンテもいてるやろ? ギャレットとジュラ男かていてるやんか」

「それに、ジジがここに来るって事は、お前に虫食わせんねんぞ。分かってんか?」

 ミランダの声が聞こえた。

 怖くて小さくなったら、ゆりが頭を撫でてくれる。

「大丈夫。そうとは限らん」

 それから俺のほっぺたにふわふわしたのをあてた。

「ほら、ギャレットがルノの事心配してんで」

 目の前に出てきた黄色い頭にちょっとだけ安心した。

「ルノさん、大丈夫ですか?」

「ギャレット」

「ぼく、ルノさんが心配です。泣かないで下さい」

 ギャレットを両手で抱いたら、また別のふわふわしたのがほっぺたにあたる。水色の恐竜や。

「ぼくも心配でーす」

 顔を拭いたら、ゆりが言うた。

「ほら、みんな心配してるやろ。笑って」

 すぐ横でミランダが不思議そうにダンテに訊いた。

「あいつあんな事して遊んでんか?」

「ルノだけやない。結構いろんな人がおもちゃにしてる」

 ギャレットとジュラ男さんにくっついてたら、ゆりが笑った。

「ぼく、早く彼女に会いたいな。どんな美人なんだろ」

 俺は目の前のジュラ男に言うた。

「食いしん坊やねんで」

「ルノさん、どんな方ですか?」

「黄緑色の肉食系」

 ゆりが笑った。

「ルノ、それ意味分かって言うてるんか?」

「肉食やんか」

「女の子の肉食系って言うたら、めっちゃ積極的なタイプの事やんか」

「せっきょくてきって?」

「うーん、自分から誘いに行く感じ」

 確かにそういう女、たまにいてる。向こうからぐいぐい来るんよ。俺やジャメルにはあんまり寄って来ぇへんけど、ダンテみたいな大人しそうな男によく寄っていく気がする。ヴィヴィアンとかモロそういうタイプやん。

 確かにジュラ子さんはそういう事しそうな気がする。

「ジュラ子さん、ジュラ男さんにめっちゃアプローチしそうやから、肉食系やろ?」

「せやな」

 楽しそうに笑って、ゆりは俺の膝の上をジュラ男さんに歩かせた。

「ぼく、襲われちゃうんですか?」

「ジュラ男さん、そういうタイプ嫌いなん?」

「ぼくはそれくらいの女性の方が好きです」

 楽しくなってきて、俺は笑った。

 横でダンテとミランダが真面目な顔をする。

「ジジの事、どうしたらええの?」

「どうにも出来ん。ジジは強いし、割と賢いから放っといても大丈夫や。そんな事よりそこで遊んでる弟の方が問題やろ」

「オレ、ここにルノを置いて行くしかないん?」

「今はそうやな。うちには見張ってる事しか出来ひん。多少は手助けしてあげられるけど、ランボルギーニに怪しまれたら危ないからな」

 膝の上を歩いてるジュラ男さんを見ながら、俺はギャレットを動かした。

「ジュラ男さん、あの危険人物と、仲良くして下さいね。ぼく、食べられたくありません」

 ゆりがちょっと恥ずかしそうに笑った。

「それ、ジュラ男はすぐにヤられてまうんちゃうんか?」

「ジュラ男さん、襲われるかもしれんな」


 ゆりにもたれてあくびをしてたら、ドアが開いた。

 びっくりしたけど、よぅ見たら姉ちゃんやった。髪の毛を低い位置で一つにくくってて、黒い服を着てる。

「姉ちゃん」

「静かにして」

 姉ちゃんはドアを閉めると、真っ直ぐ俺の前まで来てしゃがんだ。

「大丈夫か? 怪我してないか?」

 会えたのが嬉しくて泣いてたら、ゆりとダンテが姉ちゃんを見てびっくりした顔をした。

「どうやって来たん?」

「脱走したに決まってるやろ。立てるか?」

 そしたらミランダが姉ちゃんの前に立った。

「ジジ、なんで逃げたりしたんよ」

「お前こそ、ルノに虫食わせて楽しそうやったな」

「しゃーないやろ。ランボルギーニに怪しまれたらどうすんの?」

 なんか姉ちゃんと虫女は仲が良さそうや。なんで? なんで姉ちゃんはミランダと顔見知りなん?

 ぼうっとしてたら、姉ちゃんが俺の前に来てしゃがんだ。体をぎゅうっと抱きしめられて、俺は姉ちゃんにもたれた。

「ルノ、お前立てるか?」

「立てる」

「よし、ちょっと来い」

 ミランダが迷惑そうな顔をして、姉ちゃんを見る。

「ジジ、何のつもりや」

「ジャメルが薬でおかしなって動かれへんねん。うち一人じゃここまで連れて来られへん」

「あの黒人か?」

 ミランダがちょっと悩んだ顔で、腕を組んだ。ゆりとダンテが呆然と姉ちゃんとミランダを見上げてる。

「せや。なんかいい方法あるん?」

「ジジへの嫌がらせって事にして、目の前であいつを誘ってここまで連れてくるとか、いろいろやり方はあるやろ。ジジはとにかく元おった部屋に戻って」

「ミランダって賢いな」

 俺から離れて、姉ちゃんはミランダに言うた。まだ離れたくなくて、俺は姉ちゃんにしがみつく。今日はあの嫌な香水の匂いせぇへん。懐かしくなって、ちょっとだけ涙が出た。

「うちはあんなデカいだけの黒人に興味ないからな。本気にしてキレんといてや」

「でもキレたフリはせなあかんやろ」

「本気にすんなって言うてんの」

 姉ちゃんはこっちを向くと、俺の頭を撫でた。

「ごめんな、ルノ。姉ちゃん戻るわ。ミランダのいう事ちゃんときくんやで」

「行かんとってよ。俺の事、一人にせんといて」

「大丈夫、ルノは一人ちゃうで」

 姉ちゃんはそう言うと、俺をそのまま置いて立ち上がった。泣いてる俺をそばにおったゆりに押し付けると、ダンテの方を向く。

「ダンテくん、あとお願いな」

 それから姉ちゃんはこっちを見た。

「ゆりちゃん、任せたで」

「うん」

「ルノの顔、見られてよかった」

 姉ちゃんはそれだけ言うと、部屋を出て行った。

 置いて行かれて、めちゃくちゃ悲しかった。涙が止まらんくって下向いてたら、ゆりがぎゅってして言うた。

「ルノ、大丈夫やから」

 でも悲しくて苦しくて、どうしてもしんどい。心をぐしゃぐしゃに丸められて、ビリビリに破かれた気分。どんなに頑張って伸ばしてもきれいに戻れへんねん。ゆりがテープで繋ごうとしてるみたいやけど、もう無駄。元には戻れへん。

 泣いてたらゆりが頭を撫でながら言うた。

「少なくとも、ジャメルさんがここにおって、まだ生きてる事は分かったやんか」

 ジャメル、ここにいてんのか。

 ちょっとだけほっとした。せや、ジャメルがここにおる。ちゃんと生きてて、姉ちゃんと一緒にいてた。俺の大事な親友は今頃何をしてるんやろ。

 ゆりとダンテが目の前で話を始めた。

「ジャメルさんもルノと同じ状態って事やろか」

「でもルノはこんなんでも自力で歩けるで」

 そこにミランダが混じってきた。

「あの黒人、左足折られたんよ」

「なんでそんな事されたん?」

「ジジが殺せんとか言うからや。目の前でな、派手に折られてん。撃たんねやったら、次はこいつの頭蓋骨かち割るってな」

 俺はゆりにしがみついたまま、大人しく聞いてた。

 ずがいこつって、何? でもきっとそれ折られたら、ジャメルは死んでまうんや。姉ちゃんに何があったんやろ?

「ヘヴンと痛み止めでラリって、自力で動ける状態やない筈や」

「それ、大丈夫なん?」

「死にはせぇへんよ」

「ジジを一人にして大丈夫なん?」

「一人の方が動きやすい筈や。足手まといになるからな」

 ミランダはそこまで言うと立ち上がった。

「とりあえずルノとゆりちゃんのそばに、あの黒人連れてくるわ」

 不安そうな顔したダンテが、ミランダを見上げてる。ゆりは俺の事を抱いたまま、全然動かへん。

「ゆりちゃん、ヘイリーが来たら下手に抵抗せんと甘えるんや。ええな?」

「分かった」

「アカデミー賞レベルの演技、期待してんで」

 ミランダはそう言うと、ゆっくりドアを開けた。ドアを閉めると、かちゃんって音がして鍵が掛かったのが分かった。

 ダンテが俺とゆりのそばに座ると、ジュラ男さんをひょいっとつまんだ。頭をもふもふしながら、なんも言わんと黙ってる。

 しんとした部屋の中で、我慢出来んくって二人に言うた。

「姉ちゃん、いい匂いした」

 不思議そうな顔する二人を見ながら、俺はギャレットを両手で抱いて言う。

「香水してなかった」

「そういえば、今日はしてへんかったな」

「そうなん?」

 全然分かってなさそうなダンテが、俺にくっついて座った。

「ルノは香水嫌いなん?」

「姉ちゃんはテレピン油の匂いする方がいい」

 ゆりが不思議そうな顔をした。

「それどんな匂いなん?」

「マニキュア落とすやつみたいな匂いすんねん」

「除光液やん。あっちのが臭くない?」

「でも姉ちゃんって感じする」

 俺がそう言うと、ちょっと疲れた顔のダンテが言うた。

「オレ、あの匂い嫌い。一回ヴィヴィアンがマニキュア塗ってて楽しそうやから、塗ってもらった事あるけど、落とすの臭すぎてずっとつけぱにしてた事ある」

 ゆりが笑った。

「なんで塗りたくなったん?」

「オレ、十歳やってんもん。ヴィヴィアンの爪がキラキラなん、羨ましかったんや」

「それ、ヴィヴィアンが塗ってくれたん?」

「ルノのお母さんと二人で面白がって、レインボーにして楽しそうやった」

 おかん、ダンテにマニキュアなんか塗って遊んでたんか。アホなんちゃうかな? 少なくとも、あの人がジャンヌの指にマニキュア塗ってるところは見た事ないで。俺が下手過ぎて、姉ちゃんが塗ってた。

 思い出したらちょっと楽しくなって、俺は笑った。

「どうしたん?」

「俺、マニキュア塗んの下手でジャンヌにめっちゃ怒られた事あんねん」

「ルノがジャンヌちゃんに塗ってたんか」

「はみ出しまくるから、姉ちゃんが塗った」

 だってジャンヌの手、小さかってんもん。マニキュアのハケより小さい指に塗るの、難しいやん。姉ちゃんは器用やから、めっちゃきれいにしてたけど。

 ヴィヴィアンは上手にダンテの指をキラキラのレインボーにしたんやろか? 慣れてそうやから、上手な気がする。

 笑ってたら、ダンテが赤くなった。

「ルノはやった事ないの?」

「料理すんのに邪魔やんか」

「他にもオレ、ヴィヴィアンの口紅で遊んだ事あるで。真っ赤なやつ塗った」

 楽しそうに笑ってたゆりが、ダンテに向かって言うた。

「ダンテって、意外とヴィヴィアンと遊んでたんやな」

「だって遊び相手、他にジェームスしかいてへんかってんもん。一回だけ女装して遊んだ事もあるで。クラリスとヴィヴィアンが二人で楽しそうにオレに化粧してた」

 小さいダンテがそういう事してたら、普通に可愛かったんちゃうやろか。なんか面白そうな事やって遊んでんな、ヴィヴィアンとおかん。面白そうやから、俺も普通に混ざりたいんやけど。

「ルノのおかん、そんな事してたん?」

「よくヴィヴィアンと一緒におったで。恋愛の話ばっかりしてた」

「仲良さそうやん」

「ヴィヴィアンはそういうの、クラリスにしか話されへんって言うてた」

 ヴィヴィアンは友達少なそうやもんな。男の友達はいっぱいいてそうやけど、女はマジで全然いてへんのちゃうん? 女同士でしか出来んような話もいっぱいあるやろし、支部長はあの鈍さやし、愚痴りたくもなったんちゃうやろか。

 おかんがどうやったかなんて、俺はなんも知らんけど、二人が楽しそうに話してるのはなんとなく想像がついた。少なくとも、おかんはフランスにそういう友達はいてなさそうやったから、おとんの愚痴はヴィヴィアンにしたんやろな。

 ヴィヴィアンがおかんとどんな話をしてたんか、気にならへん訳やない。

 もし無事に帰る事が出来たら、ヴィヴィアンにおかんの事訊いてみよかな。

 そんな事を考えてたら、鍵の開く音がした。

 顔を上げてドアの方を見たら、ミランダがジャメルを抱えて立ってた。

 立ち上がってジャメルを支えると、ゆっくり奥まで連れて行った。床に座らせると、ジャメルが呟く。

「最高の気分だ。ジジとヤりてぇ」

「俺の前ではやめてくれ」

 口から酒の匂いがする。目がうつろで、どこ見てんのかよぅ分からん。左のすねが腫れてて、青くなってる。

 ちょっと怖くなって、俺はジャメルの肩を揺す振った。

「おい、しっかりしろや」

「ルノ、一緒に飲もうぜ」

 ジャメルはそう笑うと、もたれかかってきた。ボサボサの黒い髪を撫でつけると、赤くなったほっぺたが分かる。正直ちょっと重いけど、ジャメルが生きててほっとした。

「どっか行かんとってぇや。怖かったやんか」

「パリの悪魔のルノ様が何言ってんだ? オレら二人に怖いもんなんかねぇだろ」

 自分もおかしいのは分かってる。

 でもジャメルの方がイカレてるのが急に怖なった。心配で涙が出てくる。

 泣いてたらミランダが俺の肩を叩いた。わざわざ日本語で言うた。

「大丈夫や、ちょっと酔ってるだけ。すぐ落ち着く」

 デッカイジャメルの体にしがみついてたら、ミランダが笑った。

「心配症やな。大丈夫やって」

 ジャメルにくっついて泣いてたら、またドアが開いた。顔を拭いてドアの方を見ると、ちょっとおしゃれに着飾ったヘイリーが立ってた。ドアを閉めると、中に入ってきてゆりの前にしゃがむ。

「どう? ちょっとは薬が効いてきた?」

 ミランダが面倒くさそうに言うた。

「ゆりちゃんやったら、ほどよく効いてきたところやけど」

 赤い前髪を耳に掛けて、ゆりはとろんとした目をヘイリーに向けた。

「気持ちよくしたらな、ゆりちゃんは余計にお前が嫌になる。優しくせぇ」

「ふーん」

 ヘイリーは不思議そうにそう言うと、ゆりのほっぺたをゆっくり撫でた。ゆりはその手に甘えるように目を閉じると、ほっぺたをくっつけた。とろんとした目をヘイリーに向ける。

「あれ? お前……」

「ヘイリーって呼んでくれる? 君、本名はゆりちゃんって言うの?」

「そうやで。ヘイリー」

 ダンテが不安そうにヘイリーに言うた。

「何するつもりなん?」

「悪いようにはしないよ」

 そう言うと、ゆりの手をそっと握った。

「二人っきりになりたいな。おいで」

 ミランダがヘイリーに言うた。

「お前、気ぃ早いねん。ゆっくりやれ」

「オレ、こういうの経験ないんだもん。どうやってやるの?」

「まずは抱きしめて、優しく撫でたれ。二人でおる事に慣れさせて、仲良くなってからやないとキスとかしたらあかんで」

 ヘイリーはそんな当たり前の事すら知らんのか?

 女は男みたいに簡単にはその気にならんから、仲良くなってからやないとキスしたって嫌がられるだけや。酒で酔わせる時もそう。まずは仲良ぅなってからや。ちょっとずつボディタッチ増やして、距離を詰めていく。相手が安心してきたらきつい酒に変えて、どんどん迫っていく。

 そんなに難しい事やないと思うんやけどな。

 俺はそんな事を考えながら、ジャメルの肩越しにヘイリーを見てた。

 ヘイリーはたどたどしくゆりに体を近寄せると、まずはそっと抱きしめた。背中を撫でながら、ゆりのうなじの匂いを嗅いでるみたいや。

 見てるとキモいな。ジャメルが女口説いてるところを素面で見せられてる気分。酔ってな見たくない。

「ゆりちゃん、すっごく可愛いよ」

 ヘイリーはそう言うと、ゆりの髪の毛を撫でた。長い髪の毛を撫でながら、嬉しそうに笑う。ゆりの顔を覗き込んで、ニヤニヤ下心丸出しの顔で笑ってる。

 正直、見ててキモイ。慣れへん事してるからか、なんかカクカクしてて変やし。こいつ、もしかして童貞か? そんな顔してたらキモがられるやろ。もうちょっと下心は隠しとけよ。

 そんな事を考えてたら、ゆりが恥ずかしそうに下を向いた。

「嬉しい」

 ミランダが溜息をついた。

「お前、もうちょっと上手にやれよ。キモいで」

「二人っきりだったらもう少し上手にやれるよ」

「ホンマか? ルノやそこの黒人のが上手いと思うで」

 腹を立てたんか、ヘイリーはゆりのほっぺたを撫でると言うた。

「また後で来るよ」

 ゆりが顔を上げた。ちょっとだけ寂しそうな顔をする。

「行ってまうの?」

「ごめんね。そこのクソ女のせいで二人っきりにはなれないみたい。また後で」

 立ち上がると、ヘイリーは部屋を出て行った。

 ドアが閉まるなり、ゆりがこっちを向いて体をぱんぱんはたいた。

「キモすぎる」

 ミランダはそんなゆりを見て笑った。

「上出来や。主演女優賞はゆりちゃんのもんやな」

「映画俳優って、こんなんに耐えてんの? 吐きそう」

「少なくとも相手はもっとイケメンやからな。そこまでキモくはないんちゃうか?」

 ゆりは俺とジャメルにくっついてくると、呟いた。

「キモいキモい。ちょっと浄化して」

「じょーかって何?」

「ルノは黙ってて」

 意味の分からん事を言いながら、ゆりは俺とジャメルにくっついて、ぐりぐり頭をこすりつけてきた。

「大丈夫?」

 ダンテが心配そうにゆりに言うた。

「あいつキモすぎひん? 二人になんの嫌すぎる」

「出来るだけまだ早いって言うけど、多少は我慢してぇや」

 ミランダはそう言うと、ゆりの肩を叩いてからダンテのそばに座った。二人が難しい話をしてる間、ゆりはずっと俺の背中に頭をこすりつけてた。

 こすりつけながら呟いた。

「あんなんもう嫌や」

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