長男の手紙

 2025年11月7日、俺は死んだ。やーーーーーーっと終わった。癌しんどすぎない?終わりかけの時は意識なくなって痛みなくなるのかと思ってたのに、全然痛いわ。身体も動かんし声も出せんし、もうしんどすぎ。最後ら辺は、生きた心地がしなかったなぁ。なにはともあれ、終わってよかった。痛みがないだけ今のほうがぜんぜんマシだ。


 ただ、ユキコ(仮名)には随分迷惑かけたな。入院して延命治療なんてごめんだから、無理して自宅療養してたが、最後の1ヶ月は付きっきりで介護してくれた。俺が死んだ瞬間、「がんばったね、お父さん」なんて泣きながら言っていた。おれは寝てただけなのになぁ。最後にしたLINEも大したこと言えなかった。どうも上手く言葉にできなくてな、困ったもんだ。喉の癌になって手術したせいで声もでないし、右半身が麻痺したせいで文字打つのもしんどいし、手話なんて覚える気が起きないし。こんなことならもっと沢山喋っとくべきだったかな。


 息子達もよく泣いてるわ。あんま子育てなんてしてこなかったのになぁ。俺がやったことなんてほとんどないし、そんな泣く必要なんてないのにな。ユウには一度だけちゃんと話したが、それ以外は上手く話せなかった。子供の価値観って分からんのよ。小中学生のあいつらなんて会話にならんかったからな。仕事も忙しすぎて遊ぶ暇もほとんどなかった。

 それなのに「向こうでは沢山踊ってね」だってさ。おれの事なんて心配しなくていいのに。勝手に踊るし。もっと話してやればよかったかな。


 タケの奥さんもよく俺のこと看病するよなぁ。こんな死にかけの爺さんなんてほっときゃいいのに。孫達が一番大事なんだから。孫達は可愛くて可愛くてこの子達が最後の癒しだった。タケの奥さんも孫達も財産だったな。俺の存在なんて不気味そのものだったろうに、タケの奥さんも泣いてくれてるわ。生きてたって迷惑だったろうに、悲しむ必要なんてないのに。

 俺が話さなかったのが悪いのに、ちゃんと話せなかったこと後悔して葬式に動画作って来てくれてるよ。タケもいい奥さん見つけたよ。生きてるときにもうちょい話しておけばよかったかな。


 おいおい、懐かしい面々も来てるわ。昔ダンスやってた時のメンバーだ。こいつらにも迷惑かけたな。リーダーやってたけど、俺が才能ないせいで大して上手く行かなかった。10年も一緒に夢見て結果出してやれなかったんだ。俺が死んだくらいで泣くなよ。今の生活の方が大事なんだからさ。

 あの時俺についてきてくれたこと、もっと話しておけばよかったかな。


 思えば色々あったのに、全然話せなかった。何度か話そうとしたのに、洒落た言い方しようとしてたからチャンスをほとんど失ってしまった。簡単な言葉でよかったろうに、全然言えなかった。


 でも、長男のタケが葬式のスピーチで全部言ってくれた。


「ーーー。私は大学生のときに、お父さんは定年したら、 何をするのかな?してくれるかな?と実は楽しみにしていました。

私が生まれたことで、選べなかった選択肢を少しは取り戻して欲しいと思っていました。

そんな矢先に病気を患い、できないことが増えてしまいました。周りからは、孫もいて沢山の家族に囲まれて幸せだねとよく言われますが、本当に幸せな人生を送れたのかな? と思っていました。

しかし、こんなにも多くの家族と夢を追った仲間を集め、昨夜も昔の話を聞くことで、熱い情熱をもち、太い人生を送った父は幸せだったんだと確信することができました。ーーー」


 幸せだったんだ。もちろんそう単純じゃない。ダンスもしていたかった。子供ができ、家族を養うために夢を諦めるのは身が引き裂かれる程辛かった。自分の人生はとても空虚で無味乾燥に感じた。ユキコに尻を叩かれてなんとか仕事もしていたが、根っこの部分でやりたいことはやれなかった。やっと暇ができたと思ったら癌で身体の自由が奪われていく。怖かった。痛くて苦しかった。こんなことならと思って、最後にしたユキコへのLINEは簡単な言葉で終わらせてしまった。もっと他の言い方があっただろうに。


 でも、タケが確かに伝えてくれた。俺は幸せだったんだ。ユキコは可愛くて息子達の成長には感動した。タケが結婚した人がこんなにも良い人で自分のことのように嬉しかった。孫達が可愛くて頑張っていて、生きる楽しみが増えた。離れ離れになった仲間達が頑張ってるのを聞いて勇気をもらった。

 俺は最後の最後まで伝えられなかった。でも、ちゃんと伝わっていた。そして言葉にもしてくれた。

 俺の人生は幸せだった。

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