エッセイ

@Chamisuke

父さんに向けて

 2025年11月7日、父親が亡くなりました。享年64歳でした。照れ屋なもんですから、ほとんど自分の話をしてくれず、まともに会話した記憶も数回程度です。家ではずっと自室にこもりきりで、何を考えているのか分からん父親でした。私や兄が部活をしてても、応援に来たことはほとんどありません。おれに愛情なんてあるのか?なんて思いながら、なんだかんだと面倒を見てくれるからまあいいか、なんて思っていました。

 ただ、一度だけ真剣に私に向き合ってくれたことがあります。私が大学4年生の時です。


 当時私は就職活動が終わり、やっとこさひと安心という時期でした。私は就職活動がうまく行かなかったものですから、選考期間ぎりぎりに職を得まして、ほとんど拾ってもらったようなものです。兄はそこそこ有名な企業に入っていましたが、私は小さい30人程度の会社でした。入社してからとても良い経験をさせてもらいましたが、失礼なもので決して自信を持って入った企業ではありませんでした。

 父親もその気持ちを察したのでしょう、私を自室に呼び出しました。そんなこと今まで全くありませんから、私は緊張しながら、父の部屋に入りました。そこには見たことないくらい真剣な顔をした父がいました。私より10cmも小柄で細身な父がとても大きく感じます。少し足がすくみながら、父親の前にある椅子に座って様子を伺います。少し沈黙が続いた後、父は口を開きました。


「なんでその会社に入るんだ?」


 聞かれたくない質問です。嫌々ながらも就活で話していたことを言ってみます。何度も話してきただけあって、そこそこ上手く話せたかなと勝手に安堵してるところ、また質問が来ました。


「で、ユウ(仮名)はさ、結局何がしたいんだ?」


 言葉に詰まります。ついさっき答えたつもりが同じような質問を投げられました。父親の求めている正解を探すように色んなことを伝えます。


「えっと、ここの会社は、30人くらいだから、その、裁量とか得やすいらしくてーーー」

「投資家向けの広報を支援するから、あの、色んな企業のことを、なんていうかその、深く知れるというかーーー」

「ベンチャー企業だし、その、経験がさ、その、、ーーー」


 なんとなく、こういうことじゃないんだろうなとわかりつつ、しどろもどろに答えました。話せば話すほど、自信がなくなり口の動かし方が分からなくなります。父は何も言わず、頷きもせず、真剣な眼差しで私を射抜きます。とうとう答えを見失った私を見て、ゆっくりと話し始めました。


「俺も会社で新卒相手に面接官やることもあるからさ、分かるよ。ユウが本音で喋ってないってことくらい。」

「家族なんだぞ、本音で話してみろよ」


 戸惑いを通り越して腹が立ちました。本音も何も何度も答えてるじゃないか。今さら口を出されてももう就活は終わってるんだ、これ以上の答えを出したって意味がないじゃないか。大体この答えで就職できてるんだ、十分じゃないか?なのになんで本音なんてよく分からないものを求めてくるんだ、父さんが納得いかなくても十分立派な答えじゃないか!

 

 でもなんで、俺は反論しないんだ?


 自問自答を何度も繰り返しました。口が渇ききって喉が痛く呼吸が浅くなります。うるさいくらいの沈黙の中で、素直な私は父さんの言う私の本音を探していました。

 とうとう私は泣きながら、口に出すべき思いを見つけます。吐瀉物を吐き出すように、嗚咽混じりに私は答えました。


「父さんごめん、俺は本当にやりたいことが一つもないんだ」


 胸がやっとスッキリしました。溢れる涙をそのままに、また話します。


「それが、恥ずかしくて、悔しくて、、、」


 口に出したら身体が崩れてしまうと思っていましたが、私の身体は確かにそこにありました。そう、私はやりたいことが何もないのです。小さい頃から兄の後ろについていって、困ったことがあったらなるべく隠れていました。最初は兄の、小学校辺りからはなんとなく周りの雰囲気に合わせるよう努めました。中学生になってから段々と自分で決めなきゃならないことが増え、意志があるフリを精一杯していました。でも、それが上手くいかずお世辞にも友人が多い方ではありません。

 自分はなんと出来の悪い人間なのか。意志を持てず、やりたいことが見つからないつまらない人生だと嘆きました。やりたいことがはっきりしていて、夢がある人達は輝いていて羨ましく、同時に自分が辱めを受けている気分にもなります。兎にも角にも私は自分を情けのない人間だと思っていました。

 やりたいことが一つもない、という本音を聞いてさぞ父はがっかりしたろうと思いました。しかし、物心ついてから初めて父さんが笑顔で私の頭を撫でてくれました。


「ユウ、本当の気持ち伝えてくれてありがとうな」


 そこから何分も私は泣き続け、父さんに抱きしめてもらいました。奥にしまっていた感情が嬉々として涙となって外に躍り出ていきます。胸は軽くなりようやく落ち着きました。

 そこから父が語りだしてくれました。


「俺もな、ユウみたく自分は何がしたいんだろうって悩んだ時があったんだ。」

「40歳になるまでダンサーを目指しててな、毎日のように踊って、昼仕事した後夜は稽古して舞台にも出てた。ボロアパートに住んで何とか日の目を見れないかって思っていたけど、結局はうまく行かなかった。」

「ユウとタケ(仮名)も生まれててな、仕方なしに正社員として働こうと思って入ったのが今の会社だ。」

「その時、俺の人生なんだったんだろうって思った。ダンサーになるために色々やってきたのに結局やるのは会社員じゃないか。俺のやりたいことって何なんだよって心の底から悩んでた。」

「でもな、それでも、俺のいる部署、会社の中でこれだけは俺にしか出せない価値があるんだって、自負を持ちながら仕事をしてる。だからユウもな、何をやってもいい、何になってもいい。ただ、自分を表現できるようになりな。」


 またしても私は溢れる涙を止められませんでした。空っぽな自分を無理に取り繕うのではなく、そんな自分も素直に表現できるようになろうと思えました。臆病で見栄っ張りな私は今でも自分を表現するのに苦労します。本当の自分を見せなければ真に傷つくことがないからです。ですが、父の言葉が私の背中を押し、少しずつ自分を表現できているのかなと思います。


 父が真剣に私に語りかけてくれたのは、後にも先にもこの時だけです。たった一度だけですが、父の信念を感じられた良い時間でした。この話をした後、父へのリスペクトは甚だ大きくなりましたから、なんとか昔話が聞けないかと何度もチャレンジしましたが上手くいきませんでした。

 そうこうしてる間に父は喉の癌になり、摘出手術をした関係で声が出なくなりました。ますます話を聞く機会は少なくなり、3年の闘病生活を経て旅立たれました。


 もっと話しておけばよかったなと思いますが、それ以上に向き合ってくれたことが嬉しく、感謝しています。旅立った先で、思う存分踊っていることを信じて、私は私を生きていきます。

 お父さんありがとう。

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