第3話:叩き付けられた廃部届

「という訳で、次号の新聞は読者アンケートを取ることに決まりました!」


 突拍子もない話題からスタートした新聞部の部会。


 部室のホワイトボードには1枚の紙が貼りつけられており、部長が注目しろと言わんばかりに指さしている。


 その質素な掲示物には『校内新聞の読者アンケートのお知らせ』と書かれていた。


 新聞部では半年に1度、校内新聞を発行し掲示している。だが今まで読者アンケートなど取ったことはなかったはずだ。


「なんでアンケートなんか取るんだよ? たまに発行している校内新聞貼るだけじゃダメなのかよ」


「ほんとアンタは文句ばっかりねぇ~。少しは読者のこと考えてさ?」


 普段から好き勝手に恋愛コラムやら、占いやら好きに書いている人の、どの口が言っているのだろうか……。


「いやいや、一番好きかってしてるの部長のお前だろ!」


 同じツッコみを思い浮かべてる人が隣にいた。

 彼は3年生の富士崎ふじさき永一えいいち先輩。カメラが趣味で新聞部のカメラマンとして、学校の風景写真や行事ごとの写真など、様々なところで活躍してくれている先輩だ。


「そうですよ、第一俺たちの校内新聞だって読んでる人がいるのかってレベルですし」


「流石にそれは言い過ぎでしょ! 私の恋愛コラム待ってる女子も多いのよ?」


 自慢ではないが、新聞部が定期発行している校内新聞は正直面白みに欠ける。


 学生新聞だから仕方ないと言えば仕方ないが、とにかく部員が少ないせいで情報量も少なく記事自体が足りてない。


 ただ部長が言うように、七沢蒼葉の『恋愛コラム』には一定層の女子人気があるらしい。


「とにかくよ! 私もやっぱりこのままじゃいけないと思うの。だからこそ、改めて民意を問うために……」


 まるで読者に寄り添った編集者を装って入るが、言葉に演技感が滲み出ている。そして明らかに、回答の歯切れが悪い。


 適当な部長のことだ。わざわざ手間のかかるアンケートを取ってまで、内容を大きく変えることは考えずらい。となると、何か隠しているに違いない。


 部室の中へ異様な空気が流れる。

 その時、突然部室の扉が勢いよく開いた。


「フハッハハハ、もう仲間割れか? 新聞部の団結力も大したことないな!」


 空いた扉の前には、高身長で真面目そうな眼鏡女子と、スマホを片手に前髪を弄っている女子が立っていた。


 2人の胸には生徒会の徽章がつけられており、右腕に付けた腕章には生徒会執行部の文字が縫い付けられている。


「新聞部の活動監査に参りました、生徒会副会長の西森にしもりと申します」


 高身長の眼鏡女子は自己紹介をした後、軽く頭を下げて会釈する。そして隣の白髪女子も追って、自己紹介する。


「書記の猫西でーす。部の実績を確認させてもらいましたが、ちょっとキビシーですね」


「新聞部には特別処置を取らせて頂く予定ですので、確実な実績の提出をお願いします」


 話置いてけぼりの俺と富士崎先輩を他所に、部長は副会長たちに啖呵を切る。


「西森さんに、猫西こにしさん。わざわざ部室までご足労頂きありがとう。でも私たちはキッチリ、実績を上げるから問題ないわよ」


「勿論、ただ実績は会長を納得させられるものにしてください」


「フハッハハハ、そうだぞ蒼葉! いくら自己満足に実績を上げたところで、この私を納得させないとだからな!」


 さっきから時たま、高笑いが聞こえてくる。だが姿が見えないのは後ろにいるのだろうか?そしてよく見ると、2人かと思ったが間に小さな女の子が立っていることに気づく。


 おおよそ小学生くらいの身長なので、正直全然気づかなかった。


「なんだ少年? 私のことをマジマジと見て」


「誰かの妹さんかな? 今何年生?」


「3年生だ、なぜそんなことを聞く? あと2人とも私の部下で妹でも、姉でもないぞ」


 妹じゃないなら、学校見学にでも来たのだろうか。大きいリボンのついたカチューシャに袖を余らせた制服と……生徒会の腕章?


 なぜだろうか、この子うちの制服を着ていて生徒会の腕章までつけている。袖が余っていることから考えて借りた可能性もあるが、それにしては自然に着こなしすぎている。


「七叶……あなたその喋り方辞めた方がいいわよ? 生徒会会長だからって、大して偉い訳でもないんでしょ?」


「蒼葉の方こそ、さっきの大口はどうした? 『新聞部の実績で目に物を見せてやる』だったよな〜?」


 七沢先輩の顔色が少し悪くなっている。だが、それより気になったのは生徒会長と呼ばれた存在。先輩と会話しているのは明らかに、先ほどの少女だ。


 もしかしてこの小さい、小学生みたいなのが生徒会長……。でも今年の入学式で話していたのは、後ろの副会長さんだったような。


 生徒会長の見た目に気を取られていたが、気になる言葉が耳に残った。

 


 先ほど生徒会長は『私を納得させられなければ廃部』とか言ったような……。


「少なくとも、校内新聞の読者アンケートは取るわよ。それ次第で私がファミレスでドリンクバーを奢ることになるか、それとも七叶が私に土下座して謝罪することになるか」


「え、チーズインハンバーグを奢るはずだろ! 騙したな、卑怯者!」


 いや、気にするところそこではないだろ。 廃部の話をしているのに、なぜこの二人はファミレスの賭けみたいな茶番を演じているんだ。だが、冗談で脅しているようにも見えない。だとした、もしかして生徒会長の真意は他にあるのかもしれない。


「ナナちゃんせんぱーい、そろそろ時間ですよ~」


 後ろにいた書記の女子が、スマートフォンから目を逸らさずに言う。


 副会長の方はバインダーで、部活動のリストのようなものを見ていた。おそらくこの後も、廃部の対象になっている部活を回るのだろう。


「細かい条件に付いてはこっちから後日伝えよう、それじゃあな! 蒼葉と少年と少年2よ。あ、そうだ!」


 生徒会長はそう言いつつ、俺の近くまで歩いてきて顔を近づけてくる。口に手を当てながら他の2人に聞こえないように小さい声で言ってくる。


「蒼葉はあぁ見えて悪女だから気をつけろよ?」


「ちょっ、それってどういう……」


 生徒会長はそれだけ言うと、軽やかにスキップしながら部室を出ていった。


 副会長は軽く会釈し、書記の女子は相変わらずスマートフォンから目を離さなかったが、目立たないように小さくピースサインをこちらに向けていた。


「……あ、そうだ、昨日の女子!」


 昨日部室の前に倒れていた女子生徒だ。何故だか彼女は俺に向かって見せるように、小さくウィンクをしてから部屋を後にした。


 急な出来事にあっけを取られていると、富士崎先輩が呆れ顔で部長へ詰め寄る。


「なぁ七沢。お前、また榎南えなみさんと張り合いしてんのかよ。別にそれ自体はいいけどよ? 廃部を賭けるのはどうかと思うぜ」


「そんなわけないでしょ! 廃部は私情関係なく生徒会全体で決定したことなのよ。私が賭けたのはドリンクバーと土下座だけよ」


 やっぱり聞き間違いではなかったようだ。今回実績を上げて、生徒会を納得させないと新聞部は廃部。


 この新聞部は別に、思い入れが強い部活というわけではない。


 だが部室の居心地は悪くないし、PCをいつでも借りられるというのはかなり助かっている。新聞部が廃部になると、それすらできなくなる可能性がある。何より自分の所属している部活が廃部になるというのは、あまり気持ちいものじゃないし。


「廃部の危機というのは分かりましたけど、部長はどうするつもりなんですか?」


「校内新聞の現状について整理するところから始めようと思うのよ。とりあえず今まで掲載してきた記事を各々まとめてみましょう」


 俺が今まで担当してきた記事というと、体育祭での成績まとめ表、文化祭での演目紹介リスト……あとは校内新聞のデザイン。


 我ながら中身のない記事しか書いていないと逆に感嘆する。ロゴデザインは結構自信があるが、ロゴデザインで読者は増えないし満足度も伸びない。


「俺は写真くらいしか挙げてなかったからな……あ、そうだ。去年のあれは反響良かったぞ」


 去年の新聞で先輩は野球部の練習風景写真を撮影して、部活の活躍紹介として記事を書いていた。


 野球部のただの守備練習を撮影した写真のはずだった。だが、大きな反響を呼んだのは練習風景ではなく、練習風景の後ろにたまたま写り込んでいた2人。野球部のキャプテンとマネージャーのキスシーンがたまたま写り込んでおり、それを気付かずそのまま掲載したのである。


 本来はあまり褒められた写真ではないが、青春の一ページを閉じ込めたような一枚は反響を呼びまくった。


 校内では写真をホーム画面に設定すると、恋愛運UPなんて噂が立ったくらいだ。


「確かにあれは反響ありましたが、意図して撮れる写真じゃないですからね」


 そもそもあの写真は半分盗撮みたいなものだ。


「恋愛写真……いや、ゴシップ――それよ! 私の書いてる恋愛コラムと合わせて、校内の恋愛事情をゴシップ記事にするのよ!」


「いやいや、それって倫理的にどうなんですか……」


「全然大丈夫よ! 所詮学生同士の恋愛なんか、一時的に周りに弄られて、飽きたら別れて終わりだもの」


 この人正真正銘のクズだ。


 仮にも恋愛相談をよくされる人間が行っていいセリフではないだろう。それに今どきゴシップ記事なんてリスクのあるものを、全校生徒が見る校内新聞で取り扱うなんて教師陣が許すのだろうか。


「ともかく、アンケートを取る今回だけでも、ゴシップ記事の1つや2つがあれば一気にひっくり返せるかもしれないでしょ!」


 まるで人の不幸を金に換える汚い大人を見ているようだ……。


「訴えられない範囲なら何してもOKだから、それでお願い!」


 それだけ聞くとグッドサインをした富士崎先輩は『それじゃ、バイトがあるから』と言って部室から出ていった。


「それで、的部君は何かいいアイディアはあるかしら?」


 それがあったら苦労はしないのだが。


 改めて先ほど書き出した記事の一覧を見てみるが、やはり高評価を得られそうな記事は見当たらない。ゴシップ記事には表面上は反対こそしたが、実際そこまで魅力的なモノを他に提示できる自信はない。


「正直……あまり自信はないです。今までデザインメインで手を付けていたので、記事もつまらないものしか」


「まぁそうだと思ったわ、そこで1つ相談があるわけ」


 七沢先輩は眼鏡をはずしてグイっと顔を近づけてきた。部長は眼鏡を外すといつものイメージとは違い、何故か妖艶な空気を纏う女子なのだ。


 そして何より――必然と元から大きな胸元がより強調される。


 これが普通の男子生徒なら堕とされているところだぞ。


「新入部員を探してきてくれないかしら?」


「新入部員……ですか」


「部員が増えれば単純に手数も増えるし情報源も増える。それに私たちじゃ書けないような、刺激的な記事を書いてくれる人もいるかもしれないでしょ?」


 確かに部長の言うことも一理ある。だが、そんなに簡単に入部してくれる生徒がいるだろうか。


 今はもう5月下旬だ。部活に所属しようとしている生徒は、4月下旬には入部届を出しているはず。今更、部活に入ろうとする帰宅部員もないだろう。


「もちろん簡単なことではないでしょうけど、あなたの肩に部活動の運命がかかっているのよ」


「わ、分かりました。やるだけやってみますけど、期待はしないでくださいよ」


 こういう推しに弱い自分へうんざりする気持ちもあるが、多少なり女子から頼りにされて嬉しくない男子はいない。ましてやこの先輩からお願いされて断れる男子は存在するのだろうか。


 この廃部騒動が、俺たちの学園生活を大きく揺るがすことになるとは、この時は思いもしなかった。

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生徒会の美少女書記は、ナゼか俺の幼馴染(トラウマ)を克服させたいようです; 雨雪 みかん @Mikan_AmeYuki

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