第1章:新聞部に忍び寄る陰謀

第2話:ヒモ系幼馴染は食らいつくす

 俺は一旦帰宅して、カバン等は家に置いてファミレスに来ていた。


「ご注文はいかがしますか?」


「山盛りフライドポテト1つ。ソースは日替わりと明太マヨで。あとドリンクバーを2人前、1人はあとから来るので」


 店員は注文を聞き終わると「少々お待ちください」と伝え、裏の厨房へ入っていた。ここのファミレスはファーストオーダーのみ店員への注文で、追加注文はタブレットから注文するシステムだ。


 俺はさっそく席を立ちドリンクバーへ向かう。

 グラスを取り、ドリンクサーバーからオリジナル野菜ジュースを注ぎ入れる。


 俺はドリンクバーでは氷を入れない派だ。味が薄まってしまうのもあるが、溶けた水でかさましされた分だけ飲む量が減ってしまい、元が取れていな気がするからだ。


 席に着くと程なくして、店員が山盛りのフライドポテトと小皿でソースを運んできた。


 今日の日替わりソースはどうやらハニーマスタードのようだ。個人的には当たり。

 最初はソースを付けずに塩で食べ、中盤から2つのソースを使い、最終的にはソースを組み合わせることで飽きが来ず食べ続け――。


「今日はハニーマスタードの日なんだ。ラッキー貰うねー!」


「ちょ、なんだよ、人が丁寧に食べようとしてたのに! それに立って食べるなよ!」


 テーブルの横に立った状態で人のポテトを奪い、ハニーマスタードにたっぷりつけて食べているのは、部活終わりの留衣奈だ。


 部室の時は体操着だったが、今は制服に着替えポニーテールだった髪も解いている。


「たかがファミレスのポテトで煩いなぁ~。好きに食べるのが正解でしょっ!」


 そう言いつつ対面の席へ着いた留衣奈は、注文用タブレット端末を手にする。そのまま慣れた手つきでタブレットを操作し、ハンバーグセットのページを表示する。


「今日も食べていくのか? おばさんは?」


「ん~今日も仕事で遅くなるみたい。冷蔵庫に材料はあるから、自炊してご飯作りなさいみたいに言われるけど部活後にやる気でないからさ」


「一人暮らしの社会人みたいなこと言うじゃん。あとお金は?」


「まぁ……いつもの如く?」


 そんなことだろうと思ってはいたが、これで累計1万円以上だぞ。


 あの日、俺の告白から逃げた。答えすらくれなかった。 そのくせ、金は俺に払わせる。 このアンバランスな関係こそが、俺たちの「今」そのものだ。


 思うところがないと言ったら嘘になるが、かといって変えることで何かもっと大きなモノが、変わってしまうことを恐れたような腐れ縁。


「来週……そう、来週は絶対奢らないからな? それに今まで奢り分はいつ返してくれるんだよ」


「はいはい、わかりましたよ。返済は……まぁそのうち返すから怒らないでよ~」


 そのうちと言われて早2年。半分くらいヒモみたいな生活してるなこいつ。そうこうしているうちに彼女は、目玉焼きハンバーグのセットの注文を終えていた。


「別にさ、奢るのは構わないんだけど遠慮するとかないの?」


「私と光樹の仲だよ? 今更遠慮することないじゃんかー」


 その仲が問題なんだろう。本当は聞きたいことが山ほどある。あの日の答えも、なんで今も平気で笑えるのかも。 でも、それを聞いたら、この「いつもの馬鹿話」をする日常すら、全部失う気がする。


 それをするくらいなら、昼間の思い出や感情はグッと奥底に押し込めておけばいいと自分へ言い聞かせた。


 ハンバーグセットが届くまでに、彼女はポテトをノンストップで消費していく。


「ご注文の品です、ごゆっくりどうぞ~」


 テーブルに目玉焼きハンバーグが運ばれてくると目を輝かせながら「頂きます」と手を合わせた。ナイフとフォークで目玉焼きハンバーグを頬張りながら、彼女は話しかけてくる。


「きょうあ、へんはい来なかったのぉ~?」


「食べながら喋るのやめなさい。あの後、少しだけ先輩も顔出しに来たけど、少し話してすぐ帰っていったよ」


「あ、そうなんだ……あのさ、先輩とどんな話した?」


「いや、大したこと話してないかな。明日部会が久しぶりにあるから、放課後集合ってことくらいで」


 本当はそれ以上にインパクトの強いトラブルもあったが、説明するとややこしいので触れないでおこう。


 それだけ言うと彼女はドリンクバーに飲み物を取りに向かった。いつも決まってメロンソーダを飲んでいる。いつものようにメロンソーダをコップに入れた彼女は席に座るとこう切り出してきた。


「先輩ってさ、恋愛相談というか占い? みたいなことしてるの知ってる?」


「あぁ、なかなか評判いいって自分で言ってたよ。今日も部活来る前に1件占いしてきたんだってさ」


「へぇ……どんな内容だったの?」


「確か、痴情縺れとかなんとか」


 彼女はそれを聞いて、少しむせてからメロンソーダをグイっと飲み込む。


「詳しくはあんまり覚えてないけど、一度はフってしまった相手と関係を修復したいとかだったかな? 本心でフったわけじゃない、からとかで」


「へぇ……で、先輩はなんて?」


「うーん、占いとしては『急ぐな、耐えろ』みたいな結果だって言ってたかな。俺としては逃げだと思うけどね」


「逃げって?」


「相手を傷つけた以上は、真っ向から謝罪するしかないと思うんだ。それを時間で解決しようとしても無理だと思うし、逃げなんじゃないかなって」


 「そっか」と興味ないような空返事を返した彼女は残りの目玉焼きハンバーグを平らげた。さらにメロンソーダを一気に飲み干し、コップを勢いよく「ガンッ」とテーブルに叩きつける。


「私は占いとか分からないけど、七沢先輩の恋愛相談は嘘っぱちだと思うな!」


「きゅ、急にどうしたアルコールでも入ってたか?」


「恋愛相談ってさ、相手を前向きにしてあげるものでしょ! 私も中学校の頃クラスメイトの女の子から恋愛相談されて、『絶対告白成功するよ!』なんて思ってもない事言っちゃったことがあってさ。それでも後押ししたことは後悔してないし、あの子も気持ちが伝えられてスッキリしてたし」


「へ~、留衣奈でも恋愛相談とかされることあるんだ。彼氏いないのに」


「彼氏いないは余計でしょうが!」


 彼女はムスッとしながらポテトを数本口に運ぶ。山盛りだったフライドポテトは気付かないうちにもう1本たりとも残っていなかった。


「俺、最初の2本くらいしか食べてない……」


「みみっちいこと言ってると、モテないよ!」


 追加注文も一瞬考えたがやめておこう。時間も時間だし、高校生という身分としては長居もできない。


「もう遅いし、そろそろ帰ろうか」


 彼女は頷くと立ち上がって鞄を肩にかける。俺も続いて立ち上がり、2人でレジに向かう。


 歩きながら財布を見ると1000円札が5枚と小銭が少し。足りなくないが、今月をこれで乗り切るのは心もとなさすぎる。


「あのさ、やっぱり奢り……?」


「それはもちろんそうだよ! お金全然持ってきてないし」


 潔いにも程がありすぎるのでは。

 お会計、2050円の出費。奢り額、累計1万1050円。

 高校生からすると大金も大金である。


 ニコニコした笑顔で会計する俺を見つめている彼女は、実質と言ってもいいのではないだろうか。


「今日もありがとうね!」


「奢ったことなら、いつか絶対に返してもらうからな! 今まで奢り額全部メモも取ってるし」


「違うよ~、今日も待っていてくれたこと!」


「それこそ今更だろ、家も近いし……それに夜道で女子が一人は危ないし……だろ?」


「あれ~? もしかして七沢先輩から女の子と扱い方でも教えてもらった?」


「べ、別にそんなことない。置いてくよ……」


 ニヤニヤしながら彼女は俺の後ろをついてくる。俺たち二人は、晴れた夜空下でたわいもない話をしながら帰っていった。

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