第2話 失ったロウソクの火
「ツクシ…恋をしてしまってすまなかった…。」
自室の机に肘を置き、どうにか威厳を汚すことのないように、もし部屋に誰か来てもすぐ親父みたいに凛々しい表情ができるために手で顔を覆い、泣いていることを悟られない程度に肩を震わせる。
私にとっては貴族に生まれたということに後悔している。しかし、家族仲を後悔しているのではない。最低でも家族みな、嫌いだという感情は一切ない。子供の時は怒られれば腹を立てることはあったが、それは気の迷いということにしよう。しかも私にとって親父は憧れだ。あれほどの完璧な貴族はほかにいない。経済においても武道においても長けており、なにかする隙も弱みもない。
……さきほどのあの揺れた感情は弱みなのだろうか。はたまた家族思いとして発せられたものなのか。今の私ではその決定打になる言葉が見つからない。しかし、親父の本心であったことは確かだ。あの親父がそのような言葉を口にしたことは今までに決してなかったからだ。私はどちらにしても嬉しいものだ。弱みを見せたということはそれほどに私を信頼し、信用している証拠。また、家族思いであればこんな私を見捨てることなく、愛情を注いでくれている証拠。どのような回答でも受け入れる準備は整っている。
しかし、現実はそう簡単にはいかない。扉を叩く音が私の耳元に大きな衝撃を与えた。扉を叩いた主は、きっとそう強く叩いていないと主張するはずだ。だが、今の私では心臓が飛び、瞬間の電撃を浴びるような感覚に襲われた。
「は…入れ!」
呼吸と威厳を整えたせいで、言葉が強くなり怒鳴ってしまった。だが、扉の主がうろたえるそぶりはなかった。
「失礼致します。今晩の夕食でお父様が舞踏会の詳細を話したいとのことです。」
──やはり、それか。
伝えに来てくれたツクシにそれ以上詮索せず、そうか。と話を流した。
ツクシが去ってからはもう考えないように違う話題を考えた。
そういえば、町で新しい店ができたとか。しかもこの世界では見たことも感じたこともない触感をする食べ物らしい。きっとツクシを誘ったら……。
最近流行な服があるそうで、メイドたちが盛り上がっていたな。それも和服?という華やかな服らしい。ツクシが着てくれたら似合うだろ……。
そして私は考えることを放棄した。いや、正確にはもう終わった仕事なのにその仕事を見直した。しかし見直しても完璧すぎて直しどころかすぐに終わってしまった。この時だけは完璧な自分を悔やんだ。
だが、時間は有限であるため、あっという間に夕食の時刻になった。いつもよりも早く食事場に行き、メイドや執事が食材の乗った食器を並べている最中に、席に着いた。
まだ、親父たちは来ていないのか。
私がソワソワと心揺さぶらせているうちに親父とお袋が共に椅子に腰かけた。今見ても仲が良いなと尊敬する。昔から二人は仲が良く、しかし周りに気遣うのかイチャイチャと花を咲かせることは一切していなかった。いつも近くにいるはずなのにその時まで貴族としての礼儀がなっていて私もアベリアも関心と敬意を募らせていた。
「ホオズキ、さきほどにも言ったがリンドウ家の舞踏会は約二週間後に開催される。服装、髪型など身だしなみは整えておけ。」
その言葉に頷きで返答する。お袋もその言葉に助力する形で物申した。
「今回の舞踏会は、お見合いのようなものだと聞きました。きちんと良い嫁を捕まえてくるのですよ。幸運を祈ります。」
親父とお袋の言葉に敬意を表し、その場に立ち上がり、手を胸に当て、「ありがたいお言葉、このホオズキの胸に刻みます!」と、食事場全体に響く良い声が出た。周りを横目で伺うとメイドや執事は、親同然の満面の笑みを私に向けている。ここで一つ確信した。
私は良い環境で育ち、周りに恵まれている。
思いを加える形で胸に刻み、溢れ出そうになる涙を堪えた。その後は何度か話を交わしたが、断続的に続く話だったため、すぐに食べ終わってしまい、親父とお袋よりも早めにその場を後にした。自室に向かう最中、背後から聞きなれた声がして振り向く。
「旦那様、さきほどの食事場でのこと、胸に沁みました。舞踏会…頑張ってください!」
なぜかその言葉を素直には受け取ることができなかった。昔ならば、ありがとう。と簡単に言えたはずなのに…。
ホオズキにとってこの気持ちが何なのかはわかるはずがない。いや、今の状況では分からないだろう。それほどまでに緊張と困難が積み重なっている。
「…ツ……ツクシはどうなんだ。好きな人はいないのか?」
咄嗟に放った言葉。これは私にとって気になっている質問。ツクシが真面目に答えるかは彼女次第だが
どうせなら聞きたい。
「好きな人…ですか。……。」
少しの沈黙のはずなのに私の中では長く感じる。これは沈黙の時に聞こえる時計の針の音のせいなのか。いや、なのかではない。そうに違いない。
「…ふふ、いますよ!」
なんだ今の笑みは…!不敵な笑みというわけではなかったが私からしたら怖い。
「…そうなのか。」
悲しそうに発したが、ツクシは気づいていない様子。私はその状況に安堵しつつ、聞いた私がばかだった…そう自分に言い聞かせて話題を変えようと精一杯思考を動かした。
しかしさきほどのツクシの言葉はホオズキにとって一撃が強く、、まるで先端が細いが尾にむかって太くなっているものが心臓を貫く。そして瞬きをする間もなくその鋭い槍はホオズキの心臓を通り抜けた。実際には何もないがホオズキの心はそれほどの穴がポッカリと開いている。
黙っている私に疑問を抱きながら少し頭を傾げるツクシは痺れを切らして自ら話題を振ってくれた。
「旦那様はリンドウ家の舞踏会は楽しみですか?」
その質問に瞬時に答えることはできなかった。しかし息を吞み、覚悟を決めて「あぁ、楽しみだ。」とツクシを悲しませないようにした。その悲しませないという意志に至ったことは決して、もしかしたらツクシは私のことが好きなのかと心に花輪咲かせて迂闊な考えをしていたわけではない。
その言葉にツクシも悲しみを隠すように頭を傾げたが、ホオズキは気が付くことができなかった。
ツクシがホオズキに抱く思いと同様に。
「旦那様が良い方と出会えるよう幸運を祈ります。」
「ありがとうツクシ。」
ツクシはお嬢様のようにスカートを指でつまみ、礼儀正しくお辞儀をしてから部屋の扉をゆっくりと音もたてずに去った。
その背は、その顔は、雰囲気は、悲しそう。
でもどうしてもホオズキは気付かなかった。鈍いにもほどがあるが、それほどの覚悟を決めたと捉えたほうがよさそうだ。
ホオズキにも余裕がないのだ。貴族であるからではなく、一人の男としてだ。自分に向けられている思いすら気づかないほどには鈍感だ。ツクシもそれを理解したうえで恋心を打ち明けない。
そんなことを考えているうちに、もう大人も寝なくてはならない時間まで経っていた。
その現状をホオズキは自室の時計を横目で確認して、寝床にゆっくりと思い鎖にでも縛られているように足を運んだ。
そして倒れるように体を倒し、ホオズキの体や心よりも温かい毛布に全身が安心に包まれたのか眠りついた。
ホオズキが目を覚ましたのは、まだ日の光が人類に一日初めの挨拶をする少し前。普通ならば、みな眠いと体を丸めるか寝続けるだろう。
しかし、ホオズキは起き上がり、幼少期から決してやめることのなかった習慣がある。
それは剣術だ。
ホオズキはほかの誰よりも覚えるのが早いがそれを実践するとなると話は別だ。そのため、剣術を磨くためには動き続けるにほかはない。
庭に赴き、愛用の木刀で素振りを行う。最近は仕事の量が増えてしまい、腕を使うことも多くなった。素振りをするときは歯を食いしばって同じ動作をする。単純かもしれないが長く続けることが難しい。それにホオズキにはツクシの件や嫁の件など、多くの問題を抱えているため、腕の疲れより今後に人生のほうが重い。
逃げたくても逃げることができない。
だが、実際にはホオズキはいつでも逃げることができる。なぜ逃げないかは言うまでもない。
「親父たちが食事場であれほど真剣な顔で言うんだ。」
あの二人が今まで食事場では、無言ではあったがそういった話はしてこなかった。それもあり、ホオズキは逃げることができない。しかし、逃げたい気持ちはホオズキのほんの一握りの思い。そのほかは末代…いやそれ以上までにこの家系を続けていきたい。親父たちが続けてくれたように。そう考えている。
「よし、覚悟を決める!」
決意の代わりに素振りを休んでいた手を動かし、痛みに耐えるのを条件に覚悟を決めた。
素振りを終えて周りを気に掛けるとすでに日がホオズキの身長より高く昇って余裕の笑みをこぼしているようだ。
「旦那様、お疲れ様です。もうすぐ朝食ですのでお迎えに参りました。」
背後から聞こえる声はいつも呼びに来てくれるツクシがいた。
「分かった、ありがとう。」
やはり慣れない。
もう何度も呼びに来てくれるのだが、ツクシということもあって毎回剣術を行うときは上半身裸になる。好きな人に見られるのはいつになっても慣れない。
しかし、それを表には出していけない。ツクシも私に興味がないのか、無表情のまま下向いて平然としている。
呼びに行くついでにツクシが着替え用の服を持参してくれ、その服に速攻で着替えて、食事場へ向かった。
すでに親父たちがそこにいた。すぐさま自分の席に座り、食べ物を口に運ぶ。
「ホオズキ、昨夜の話の続きだが当日は馬車を用意するから、それに乗ってリンドウ家の舞踏会に向かってくれ。」
一旦、食べることをやめ、了承しました。という意を見せるために相槌を打ち、再び食べ物を食した。
その後はいつもと変わらず、運ばれてきた自分のできる仕事を熟し、暇の時間にツクシが用意してくれた茶を飲み干し、再度仕事に戻る。
そして食事の時間では食事場に赴き食べ、自室で寝て起きたら剣術を行う。
それを舞踏会前日まで続けた。
少し隈が目立つ。しかし、何とかツクシが自慢の化粧で補ってくれた。
ありがとう。と軽く相槌をしてなるべくツクシの顔を直視しないように心掛けた。
もう出発の時間になり、親父が準備してくれた馬車に駆け込むように乗って執事やメイドたちが手を振って出発を出迎えてくれた。家が見えなくなるくらいに薄っすらと玄関から出てくる親父たちがいて、見送ってくれなかったな。と悲しみに暮れ、ゆっくりと座り直す。
しかしホオズキはキチンとみていなかった。実際、親父たちは見ていた…いや覗き込むように玄関の扉から目を向けていた。
ローリエ家の領土からリンドウ家の領土まで数時間はかかる。それまで馬車の中…ホオズキの頭の中はツクシのことでいっぱいだった。決意を固めたからと言ってホオズキも一人の男だ。すぐに諦めることはできない。
だがもし仮にツクシよりもいい人を見つければどうだろうか。男とは言え、性欲には勝てない。魅了されてはなすすべなし。
時間はあっという間に今回の会場が見えてきた。もう外は夕方になりかけ、舞踏会の食事は夜食として代用できそうだ。数時間も馬車を運転してくれた者に謝礼をして、綺麗ないろんな色があちらこちらに彩って美しいという言葉が似合う扉を押し、夜とはまた別な大きなシャンデリアに光を当てられ、眩しいと感じ、手を目の先に光を遮るように耐えた。
「まだ、主役のヘリオトロープ女公爵はお見えではないのか?」
世界一の美貌を持つと貴族の中では噂されているヘリオトロープ女公爵が今いる全体に対し半数の男がどよめいていないということはいないと考え着くだろう。
「しかし、ヘリオトロープ女公爵という者、一回でも目に入れたいと思っていた。」
早速、長机に置かれた食事を一つずつ取り、健康にも気を付けた。
「今回は娘主催の舞踏会に来ていただきありがとうごさいます。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます