虚愛物語〜汚れた愛〜

花魁童子

第1話 貴族社会への思い

 ──この長年継がれてきたローリエ家も、私の代で終わるのだろうか…。


 実際このようなことを考えるほど私の領土は荒れ、貧乏な暮らしを強いられている。ローリエ家は代々植物に対する知識を生業にし、暮らしてきた。


 しかし最近は医学が発展。植物での治療も減っていき、現在では加工物での医療が盛んだ。


 私(ローリエ家)が見たところ、加工物での医療では副作用を引き起こしたり、別の病気にかかったりなどの可能性が考えられる。


 けれど民衆どもは、加工物という新しいものに目がくらみ、本来の用途を忘れ洗脳されてしまった。


 そのせいで植物での医療が衰退しつつある。


 私の代では絶対に終わらせたくはない。だが、原図を見るとそれもまた難しい。代々続いてきた先代方が編み出した技術を途絶えるわけには……。

「旦那様。お父様がお呼びです。」


 そう放った者はここの専属メイドであるツクシという女性だ。大きな部屋の扉を気品良く開ける仕草はまさに可憐で美しい。彼女は私が若い頃から共にいて幼馴染という言葉に適している関係だ。あの頃の関係からもう15年。私もそろそろ25歳を迎える。親父の言いたいことは、「嫁を作れ。」だろう。最近はそのことしか口にしない。そろそろ耳にタコができて飽き飽きしている。


 だが、親父の言うことにも共感はできる。嫁を作らなければもし仮に私の代が続いても後継者がいないと技術を受け継ぐこともできない。

「伝達ありがとうツクシ。すぐ向かうよ。」

 一つのお辞儀と共に部屋の扉を閉め、去っていった。


 そういえば、幼少期の話だが、親父からツクシを嫁にしないかとニヤニヤと揶揄うように問いかけてきたが、その時が幼少期ということもあって軽いノリで答えるつもりだったが心がその行動を拒否した。なぜなら、これは私だけの問題ではなく、ツクシの意志もあるからだ。


 ツクシは私よりも地位が低いとはいえ、私の言葉一つで嫁にすることができるがそんなこと…強制はさせたくない。だからこそ、真剣に考えるべきなんだと気が付いた。その気持のおかげでその日は軽いノリではなく、さりげない返事とともに愛想笑いをして逃げることができた。


 しかし今でさえ、ツクシの意志を聞けないまま、俺よりも何倍も生きている親父でさえ人生の中で本の数秒のことは覚えていないみたいだ。案の定、その頃と同じことで今もなお悩んでいる。


 幼少期の私はあの頃に何でも言える状態であればこう言うであろう「ツクシと結婚したい。」と軽口をたたくくらいには偉そうに。だが今考えれば言わなかった現実に安堵している。それほどまでに親父は行動力が高く、きっと…いや必ずツクシに迷惑をかける。あとツクシは子どものころから私のことを恋人としては見ない…というか見ることができないだろう。一番の理由は貴族と専属メイドで地位の差が激しい。あの時の親父は冗談をよく言う人だ。おおよそ、あの時も冗談で口にしたのだ。きっとそうだ。


 だが、あの時の親父の言葉は嬉しかったな。冗談でも嬉しい。現実を見たら絶対に叶わない希望にすぎない。希望を持っても叶うかはその場次第。大人になるまでの経験で得た知識だ。希望を持ったところで環境、考え方、接する相手によって決まること。最初は貴族なんかと思うことも少なくなかった。


 だが、貴族の家系に生まれてしまったからには受け入れるしか方法はない。これも人生を経て得た知識だ。大人になれば知識も広がると教えてくれた家庭教師がいたが、大人になる前の方が得る知識が多い。貴族社会でやっていける確率は、今は高いかもしれないが子供の時の私のままでは、霧に隠れた花と同じ。気づかれずに踏まれるのが運命というやつだ。抗うにはその甘い考えをやめろ…。親父の言っていた言葉は大半が合っていて少し怖い。やはり、理想と現実は異なる。どうしても無理なこともある。悲しいことだ。


 この考えていることを口で喋れば何十分もかかることなのに不満が溜まっているせいでたったの数分し経っていない。


 不満をいつまで言ってもキリがない。そう心に刻み、重い部屋の扉を堂々と開き、親父のいる書斎に足を向け歩んだ。


 正直、「嫁などいらない。」


 つい口に出てしまったが、恋愛などくそだ。ローリエ家を支えるという目的で恋愛はしたくない。きちんと愛したいと思った人を愛したい。


 しかし、どう抵抗しても未来は未来だ。預言者だの予知者だの未来を見ることができる者がこの世にはいる。しかし、私からしたら未来は見ても見なくても変えることは不可能。未来を変えることなどできるはずがない。


 そう考えているうちに親父が呼びつけた書斎に着いた。さきほどの感情やいつの間にか荒れていた呼吸を整え、扉に手を掛けた。

 扉を開いたとき、部屋には、一面に分厚い本がびっしりと綺麗に汚れや乱雑ではなく並んでいた。その扉の正面奥に親父が眼鏡をかけて何か資料を書いていた。何度見ても、何年も見ても、親父の服にはしわ一つなく、感情にも怯えや緊張というものはないのだろう。

 立ち振る舞いや凛々しさが姿をこの目で見た瞬間から素人でも伝わってくる。前にチューターが言っていた言葉を思い出した。


「礼儀作法というものは己問わず相手の尊厳を守るために使用するものだと考えます。したがって、服装や表情、姿勢、言葉使いなど、日常で何気なく使われるものでも、己や相手の尊厳を守るためには工夫が必要です。本だけを見て書かれていることをそのまま行うことはいけません。自ら工夫し、相手の立場になって考えることも時には大切です。ホオズキさんはお友達がおられますよね。その方にも礼儀を忘れてはいけません。いいですね?面倒だと感じることもあるかもしれません。しかし、ボロが出てしまえば、そこに付け込まれ利用されることも少なくありません。ですので、対策をするのも大切ですし、信用のある方を作るのも一つの手です。あなたは次期にここの領主になる方。尊厳を無くしてはいけません。……さぁ、ホオズキさん。少し休憩を取り、次はお茶会の練習を致します。もし、お誘いをいただいた際に粗相があってはいけません。なので今のうちに身につけておきましょう。」


 チューターであるアベリアは、教育においては厳しい者だがどうしても授業以外の姿も知っているため、苛立つことができない。

 授業終わりは大抵、昼食のころだから誘ってみると笑顔を崩さず「お言葉に甘えさせていただきます。」と言って了承してくれる良い人だ。

 だからこそ、話していて楽しい。アベリアは決して自慢をしない。自分語りをするにしても私が問わなければ話すことはない。

 しかも大体は、私が口走って話し込んでしまう。だがアベリアはその笑顔という表情を全く変えることはない。私もその笑顔は心地よかったし、これが礼儀作法の授業で受けた表情の大切さなのかと授業の振り返りにも繋がって、礼儀作法が楽しいと感じた。


 そして今もなお、そう思う。今目の前にいる親父は表情一つ変えず、厳しく真剣で集中している顔だ。その顔は幼少期から見ていて、かっこいいと顔をキラキラと輝かせていた。それなのに、今になっては恐れ怖がっているのだ。

 幼少期など、出来事一つで思いが変わるはずだ。今は出来事一つであらゆる思いやその後を想定して、怯え、怖がり、何もかもを恐れてしまう。

 これが大人という者だと学んだ。それがローリエ・ホオズキの人生だと。

  

「お父様、呼ばれて参りました。どうなさいましたか?」

 少しの沈黙と共に親父は、書類に使っていた書く動作をやめ、ペンを置き、手を組みながら私の顔を睨みつけるように見てきた。

「前々から言ってきたが、そろそろ真面目に嫁を作れ。」

 はぁ結局、その話か。もう聞き飽きた。

 しかし、大事なことだからこそ何度も聞く。トラウマ…というほどではないが、私の聞きたくない言葉の一つだ。威圧的な親父とその者から飛ばされた言葉。怯える条件が揃ってしまった。心は恐れていたもののアベリアの教えや今までの貴族社会での苦労を思い出して何とか体だけは正常でいられた。魂のない人形のように無感情を心掛けた。


「申し訳ありません。何分恋愛をできる関係ではなかったもので。」

 言い訳を吐きながらも親父の言葉を否定しない程度に反論をした。いつもならば、このまま悩む態勢になるはずの親父が今回は違っていた。なぜなら…。

「では、今度隣の町のリンドウ家が舞踏会を開くと小耳に挟んだ。お前には、その舞踏会に出席してもらう。これは拒否権がないと思え。」

 荒々しく話す言葉を否定する気にもなれなく…いや、心のどこかでは恋愛のできる環境が欲しくて、この話はその気持にとっては良いことだと考え、親父とは二つ返事で了承をした。


 そして、書斎を出る扉の方に手を掛けると背後から「ホオズキ、お前の子が早く見たいぞ。」顔を見ていなくても分かる。悲しく懇願している。この約25年間、親父の弱いところなんて見たことも聞いたこともない。ましてや親という言葉に甘えず、厳しく𠮟ってくれ、ある程度の距離感があり、周りから見れば親子関係とは到底思えない。しかし今、親父は親父としての言葉を話してくれた。親父としての気持ちを向けてくれた。その言葉、声色すべてが私にとっては嬉しかった。

 長年、貴族だから、親だからと感情を殺していた親父が、親父としてそこにいる。部屋の扉を閉めるまでは威厳を保つ。しかし長くは続かない。扉がキーっとゆっくり閉じた瞬間、感情が溢れ出てきた。

 気づけば、下を向き、声を発することなく泣いている。


 そこへ、ゆっくりと優しくツクシが寄り添ってくれた。ポケットから温かいハンカチを持ってきて目元を拭いてくれた。その雰囲気は親父といたときとは真逆。ほんのり甘く優しく温まる感じ。恋する愛情とはまた別で親密だけど一定の距離にツクシはいる。貴族だからこそ、威厳を保ちたいのに……その時はツクシにはありがとうとだけ発して去った。


 だが、ツクシも理解をしているようで、「では。」と私の威厳を保とうと努力してくれた。ツクシのもとから離れて言えなかったことを心の中で呟く。

  

 ──ツクシ、ありがとう。私のそばにいてくれて。


 その後のことはあまり覚えておらず、確実なのは泣くことをやめて自室にそそくさと戻ったことのみ。あまり覚えていないというのは、記憶をなくしたいからなどと戯言ではない。正しくは考え事をしていて己の行動したことを覚えていない。覚えていてもすぐ忘れるだろう。


 そして考え事と言うのは三つ。

 一つはさきほどの嫁についての話。

 もう一つはリンドウ家のヘリオトロープ女公爵について。

 そして最後の一つはツクシについて。

 嫁については前に不満を爆発させて、再発したため。

 リンドウ家のヘリオトロープ女公爵については、ヘリオトロープという女は世界一の美貌を持つと貴族の中では噂になっている、私も男であるから気になりはする。しかし、反対に悪い噂も存在する。それはヘリオトロープという女は、わがままで自分勝手、おまけにヘリオトロープの父親があまり良い人とは言えないこと。

 そして最後にツクシについて。貴族と専属メイドで地位の差が激しいからと言って恋をしてはいけないわけではない。私は幼少期のころからツクシに思いを馳せている。しかしどうしても思いを伝えることができず、そして男というのに奥手ということもあり今の今まで叶うことがなかった気持ちだ。


 幼少期のころは叶ってほしいと何度も思ったものだ。だが、貴族社会を考えれば不可能だと確信できるほどには情がうごめき、入れ違いなど日常茶飯事。自分の意志に背くことがあれば、手段を選ばない。いや、選ばないという状況にしか発展しない。


 上手くいったとしてもどちらかが負担をし不満を持つ。それが情を交えるというもの。そんなところにツクシを連れて行くわけには行けない。

 するのであれば、同じ貴族の者。または精神が維持できる者。幼少期では、結婚というのは幸せになるものと思いがちだが、私たち貴族にとって国の発展の一つに過ぎない。言わば、その結婚に愛や恋などの思いがなくても成立する。


 そんな誰もが嫌だと思う状態にツクシを道連れしたくない。恋がどれだけ大きかろうと上手くいかないことは目に見えている。

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