第29話 『ソレ』

「ぐおっぉ」


ゴロゴロと勢い良く地面を転がる。


雨尾に投げられ宙を舞う事数秒、何とか受け身を取ることが出来た。


それでも、速度と高さが合わさり全身に痛みが走る。


「無茶苦茶しやがってぇ……」


草木に体を当ててなんとか減速し、恨み言を吐きながら『再生』で体を癒して立ち上がる。


大きなドラゴンは、大木の影に隠れて見えない。


雨尾が上手く引きつけているようだ。


文句は後で言うとして、早く合流を目指す。


『共光石』の輝きからして、そう遠くはないはずだ。






目覚めると、そこは見たことの無い深い森の中だった。


木々が立ち並び、先を見通せぬ大森林。そこで周囲を確認しても、仲間の姿は無い。


人差し指に嵌めた『共光石』を見て、まずは龍之介さんとの合流を決める。


「すぅ……」


大きく息を吸い、吐く。


……周囲に魔物の気配は感じられない。


槍を握りしめて、『共光石』が強く輝く方向に向かって歩き出す。




歩き始めて数分、私は違和感に気付きます。


余りにも、魔物の気配が無さすぎるのだ。


「…………」


不安に苛まれながらも、足は止めない。


少しずつですが、『共光石』の光が強くなっているからだ


確実に、龍之介さんとの距離は縮まっていく。


そんな時、直観的に小さな気配を捉えます。距離は遠く、しかし『共光石』の輝きを見るに龍之介さんでは無いようだ。


少し、迷う。


数秒考えて、先に小さな気配のする方に行くことを決める。


まだ龍之介さんとはかなりの距離があるし、私の実力では、もし『上位個体ハイ・エネミー』に出会ってしまうとそのままやられてしまう。


素直にやられるつもりは無いが、自分の実力を過剰評価は出来ない。


対『上位個体ハイ・エネミー』の即席パーティーの中で、一番自分が劣っているという自覚はある。


そんな私が無理を言って付いてきたのだ。足を引っ張る訳にはいかない。


なので、まずは誰かと合流しておきたいのだ。


私の小さな力が、少しでも皆さんの役に立つように。




小さな気配を辿り歩く事数分。


いつの間にか、大森林の中でも葉の生い茂った大木により陽の入らない、深い場所に来ていた。


魔物の気配などは感じられないが、そうだとしても薄暗く先の見えない森の中は心の中の不安を煽る。


溢れる不安を抑え込み、歩き続ける。そうして目的の場所までたどり着いた。


「……?」


……筈なのだが、そこには人影すらなかった。あるのは高く聳える木々だけだ。


確かに気配は感じられるのに、誰もいない。


まるで狐に化かされた様な感覚だ。


勘、違い……?


一瞬そう思ったが、そうではない。誰もいない事を確認して尚、確かに気配が感じられるのだ。


瞳を閉じて、意識を集中させる。


より深く、正確に気配の居所を探る為に。


鋭く、研ぎ澄まされた感覚が、目に見えない気配を辿って行く。


目を瞑り、極限の集中状態で歩き、そして気配の目の前に立つ。


「木……?」


目を開き、そして見たものはそこかしこにある何の変哲もない大木だった。


緊張と不安で自分がおかしくなってしまったのか、そう思い───信じたくない想像が頭を過る。


馬鹿げたた想像を否定する為に、ゆっくりと、薄く、皮を剥ぐように大木へ槍を差し入れて切り裂く。


「っ……!」


声にならない悲鳴が響く。


眼前にある、を見て、悲鳴をあげずにはいられなかったのだ。


大木の中に居たのは青年だ。どうやら大木の中身は広い空洞になっている様で、その中に囚われて居たのだ。


青年はダンジョンの中だというのに、なんの装備も付けておらず、代わりに体全身に植物の蔓が巻きつき、肌を突き刺している。


青年を刺している蔓は、身体中から血液を吸い取り、緑色ではなく赤い血の色に染まっていた。


それでも青年が死なないのは、口に無理矢理入り込んだ太い蔓のせいだろう。その太い蔓が栄養などを送り、決して死なない様に延命させているのだ。


やつれた体の、虚ろな瞳の青年の姿は、まさしく家畜の様だった。


怪物に飼われた、血液を生成するための家畜。


吐き気を催すような光景に口元を抑える。


震える手とうるさい程に恐怖で早鐘の如き鼓動の心臓を抑えて、青年に絡みつく蔓を切り裂いていく。


「大丈夫ですか!?」


蔓から切り離され、崩れる青年を抱きとめて息を確かめる。


息はある。心臓も弱々しくはあるが、確かに動いている。


「…………ろ」


青年が、掠れた声で呟く。


「だ、大丈夫です!もう大丈夫です!」


安心するよに、出来るだけポジティブな言葉で元気づける。だが、青年は首を振る。


「……がう…!」


「え……?」


「逃げろ……!!」


その言葉を理解するよりも早く、大地から複数の蔓が飛び出してくる。


「っ!?」


反射的に槍を振るが、複数迫る蔓の全てを打ち落とすことは出来ず腕に巻き付いてくる。


「このっ!」


蔓一本一本の強度はそう強くは無く、腕を振り回して引きちぎる。


だが、飛び出していた蔓は本命では無かった。


連鎖するように、地面から次々に蔓が飛び出している。


なんで!?


魔物の気配は無かった。いや、今でも感じられない。


だが、蔓は明確な敵意を持ち襲い掛かってくる。明らかに魔物の意思を感じる。


遠隔操作……!?


その事実に思い至り、そしてこの青年は釣り餌で罠に嵌められた事にようやく気が付いた。


雨の様に絶え間なく向かってくる蔓を切り払い、青年を抱えたまま即座に逃走する。


しかし、青年を背負った状態では逃げ切れるほど速度は出せない。


「俺を捨てろ……!」


青年が、力を振り絞り叫ぶ。


「嫌です!」


その叫びを全力で拒否する。


ここで誰かを見捨てれる訳が無い。見捨ててしまえば、龍之介さんに顔向けできない。驚くほどお人好しのあの人が許してくれても、私が許せない。


迫る蔓を切り払う。切り払い切り払い切り抜ける。


それでも、嬲るように蔓は少しずつ数を増して体に巻き付いてくる。


抵抗しても、数本の蔓が切れるだけだ。その間に切った数の倍近い蔓が巻き付いている。


完全に動けなくなるのに、数秒と掛からなかった。


「ぐっ……!」


最早、どれだけ力を入れても体を動かすことは出来ない。


そうして完全に拘束され、その時を待ったかのように『ソレ』は現れた。


『ソレ』は不定形の生命体だった。無数の蔓が絡み合い、結びつき、大きく長く形どる。大蛇の様に長く太い体、顔も目も口も、何も持たずただそこに在る姿は生命と呼ぶにはあまりにも常識外れだった。


どうやって生きているのか。そもそも生きていると言っていいのか。それほどまでに異様な存在だった。


上位個体ハイ・エネミー』。


他の魔物とは一線を画す、上位存在。


否応なしにそれを理解させられた。 


『ソレ』はゆっくりと、観察するように近づいてくる。


『ソレ』の先端、蔓が絡み合い丸くなった部分が開き、筒の様に体に空洞を作りそこから触手の様に新たな蔓が出てくる。


その蔓は他の蔓と違い、細く鋭かった。鋭利な刃物そのものだ。


刃物が近づき、すっと頬を撫でる。


「いっ……」


薄く、頬を切り裂かれる。


対して『ソレ』は、私の反応を見て体を揺らす。


……楽しんでいる?


人間を見れば即座に襲い掛かる魔物とは思えない思考。


余りに異端。


これまでの対峙してきたどの魔物とも違う。


それは悪意だ。他の魔物が持つ殺意では無く、人間を穢して凌辱し、喰い殺すドス黒い意志。


体が震える。


「ゃ……」


嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっ!!


体を捻り、逃げ出そうとしても動かない。


複雑に絡み合った蔓は鎖となって体を縛り付けている。


『ソレ』は容赦なく、蔓を動かす。


無数の蔓が、体に迫り、巻き付き締め付け体を覆っていく。


希望は無く、そのまま視界が覆われて─────『ソレ』の背後に現れるを見た。


『多衝棍』と呼ばれる奇怪な武器を『ソレ』にぶち当て吹き飛ばした男は、私に巻き付いた蔓を掴み力任せに引きちぎる。


「待たせたな、祈凛」


「龍之介さん……!!」




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