第30話 『上位個体』
ようやく合流できたと思えば、まさか祈凛が襲われているとは思わなかった。
かなり追い詰められていたようで、全身に蔓を巻き付けられて拘束されている。
力任せに蔓を剥ぐと、祈凛の傍にもう一人青年が居る事に気が付いた。
……誰だ?
そう思いながらも、祈凛も青年もぐったりとして無事では無さそうなので話を聞くのは後にする。
それに、まだあの『
例え雨尾の『
せめて多少のダメージは入って欲しいのだが……。
今のうちに祈凛には逃げて欲しいが、そうはいかない。
草木の隙間から、ズルりと蔓がこちらを狙うように生えてきたからだ。
『ソレ』は学んでいた。
敵がどの程度の強さか。どんな能力を持っているか。どうすれば倒せるか。
『ソレ』は理解していた。
己一匹で倒せるのはせいぜい、最初からいた男と女の二人だけだと。
故に不本意ながら自らの箱庭に奴らを引き込み、分断させた。
策は上手くいき、多少の不意打ちを受けたものの、おおよそ理想通りの展開になっている。
では、この後はどうするか?
血だ。血を集める。
己の能力にはそれが必要で、敵対者を殲滅するために能力によって、新たな戦力を手に入れなければならないからだ。
生かさず殺さず、敵を捕らえて供物にする。
『ソレ』は学び、思考しその体を動かす。
「来るぞ!」
全方位から蔓が狙いを付けて襲い掛かる。
回避は不可能、迎撃を選択する。
しかし、全てを打ち落とす程の技量は俺にはない。なのでまずは祈凛と青年を守ることに意識を集中。
優先的に蔓を叩き落とす。そしてその合間を縫うように俺に絡みつく蔓は肉体の力のみで引きちぎる。
蔓の力はそう強くない。十分対応可能だ。
迫りくる無数の蔓を対処し、周囲を睥睨する。蔓では俺を倒すことは出来ないと、そう言い聞かせるように。
それが伝わったのか、はたまた強者の余裕か。『多衝棍』により吹き飛び姿を隠していた『
吹き飛ばす直前しかその姿を捉えてはいなかったが、やはりその姿は異様としか言いようが無かった。
蔓が絡み合って大蛇を形どったその姿は、魔物が地上の生物とは明確に違う怪物なのだと理解させるには十分だ。
体が小さく震える。
怯えか、武者震いか、それとも怒りか。全ての感情がない交ぜになって俺の体を揺らしている。
ようやく対面した。コイツを倒せば全てが終わる。
『
迷いなく踏み込み近づく俺と対照的に、ゆっくりとこちらに合わせるように『
『
絡み合い出来ていた頭部を太く深緑色の蔓に戻して射出する。
数十メートルの距離、数秒で走り切る距離。だが襲い掛かる蔓がその距離を果てしない距離にする。
速度、威力共に一階層で襲い掛かってきた植物人形が繰り出してきた物以上だ。
「オラぁぁぁっ!!」
叫びながら、真っ直ぐ正面に『多衝棍』を振る。
植物人形の蔓も細く出来なかったのだ。本体である『
故に、蔓では無く、『
読みは完璧だった。しかし、それだけでは足りなかった。
衝撃。
蔓と『多衝棍』が激突し、蔓を吹き飛ばすと同時に弾かれる。
そして俺の『多衝棍』は当然ながら一つ。対して向かってくる蔓の数は両手の指に収まらない程の数だった。
弾かれバランスを崩した俺に他の蔓が向かってくる。
「がぁっ!」
空中で無理矢理体を捻る。
向かってくる蔓の内最初に到達した数本を回避、そして追加の蔓を避ける様に俺の体が『多衝棍』を軸に跳ねる。
軽く地面を叩くことで『多衝棍』の性質を利用し、返ってくる激しい衝撃に体を軋ませながらも無理矢理飛んだのだ。
自分にも制御できない不規則な衝撃により、蔓を回避。そしてその勢いのまま『
「だぁぁっ!!」
勢いを殺さず活かす様に、全身を回転させて『多衝棍』を振り下ろす。吹き飛ばしてしまわない様に、上から下へと押しつぶす様に。
確かな感触と共に、『
いつも通り『多衝棍』は衝撃を発生させた。だが、ぐにゃりと『
衝撃を逃し、和らげるように。
「っ!?」
『
来ると分かっていても、俺の攻撃が届くほどの至近距離では回避など出来る筈も無かった。
トラックに轢かれるよう様な激しい衝撃が腹部を襲う。
「ああぁぁっ!!」
叫びを上げ、激痛に襲われながら、蔓を掴む。
避けれないのなら、受け止める。受け止めて隙を作る。
『身体能力強化』とダンジョンへの適応が進んだ肉体を酷使する、馬鹿げた策。だが、その作戦は上手くいく。
『
対して俺は、暴れるように『多衝棍』を振る。
そもそも圧倒的な実力差のある『
負傷覚悟で隙を作る事は頭の片隅にあった。覚悟があったから痛みに耐えて即座に攻撃に切り替える事が出来た。
この隙は、次は生まれない。
この『
故に全身全霊をもってこの隙を活かす。ここでコイツを倒す!
「オオおおおぉぉぉっ!!」
打って打って打ちまくる。
流麗さの欠片も無く、乱暴で粗暴に『多衝棍』で滅多打ちにする。
まさしく全身全霊の行動。しかし、『
暴れる俺から距離を取ろうと、打たれながらも蔓を振り回そうと体をよじる。
回避は出来ない。回避すれば距離ができ、千載一遇の好機を逃すことになる。
覚悟を決めて受け止めようとすると、見慣れた槍が、『
わざわざ確認しなくても、祈凛が援護してくれたのだと理解した。
「ゴオオオォォォォッ!」
『
俺は小さく笑みを浮かべ、思考を捨ててがむしゃらに『多衝棍』を振り下ろす。
打つ。打つ打つ打つ。打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打─────
「───?」
唐突に、感触が消える。
鳴り響いていた『
代わりに、少しの静寂の後に、背後でガンッと硬いものが落ちる音と、べちゃりとした、液体の詰まった物が落ちる音が聞こえた。
何故だが、戦闘中だというのにそちらに意識が奪われ、視線を向ける。
そこにあるものは、自分が良く知っていた。一番知っていると断言で来た。
だが同時に、ありえないと思った。
だって、それはそこに在る筈が無いからだ。もっと適切で、在るべき場所があるのだ。
それは俺と言う存在に常に共にある物だった。
それは、それは、それは───
─────それは俺の右腕だった。
「ぁ───」
『多衝棍』を握りしめたまま、どくどくと真っ赤な液体を流していた右腕。
それを認識するのに、どれだけの時間が掛かっただろう。決して短い時間では無かった。
そしてそれを見逃す程、『
視界がブレる。
体が宙を舞った。
悲鳴が聞こえる。
それが俺の悲鳴なのか、それとも別の誰かの物なのか分からないまま、俺の意識は暗い闇の中へと落ちていった。
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