第28話 大森林

視界に広がる闇が晴れる。


「うっ……」


強烈な光が目を焼く。


いや、光一つない影の世界から抜け出した故にそう感じただけで、実際にはそう強い光ではない様だ。


ゆっくりと瞳が光に適応する。


そうして正常な視界で周囲を見回す。


そこは、転移前の薄暗い洞窟では無かった。


眼前に巨大な、天を貫く木々の並び緑溢れる広大な樹海、大森林だった。全方位全てに緑色の景色が広がっている。


しかし、それよりも俺の意識を奪ったモノは空にあった。


「太、陽……?」


空高くに、燦燦と樹海を照らす真っ白な球体とその背景として青い空があった。


眩さに目を凝らしながら、じっと見る。


……少し、小さい?


よく見れば、太陽のサイズより、一回りも二回りも小さかった。太陽そのものでは無く、太陽に似た別の何かだ。ただ、その後ろの空の景色は終わりが見えない。


一体何処まで続いているのだろうか。


そんな事を想像しながらも、意識を現実的なものに戻す。


周囲を改めて確認する。それは当たりを見渡す為では無く、仲間を探すためだ。


だが、周りに他の人間の気配はなく、どうやら雨尾の予想通り分断されたようだ。


かと言って、魔物が待ち伏せしているような気配も無い。


理由は分からないが、待ち伏せが無いのなら都合がいい。当初の目的通り、仲間との合流を目指す。


そう決断して、俺は手元を見る。


そこには、淡い光を放つ鉛色の鉱石が嵌った指輪があった。祈凛から渡された『共光石』だ。


『共光石』は、二つセットの『迷宮鉱石』であり、距離に応じて光の強さが変わる。


見通しの悪く、近くに他の仲間が居るか分からないこの場所でも、『共光石』が道標になる。


前後左右に体を動かし、僅かに光が強くなった方向に向かって俺は歩き出す。




一人きりになり、冷静に周囲を探索しているとある事が再び気になりだす。


それは頭痛だ。


波のように強弱はあるが、第五層の逃走劇から居間に至るまで、常に頭の中で弾けるような頭痛があるのだ。


福宮の『恩寵ギフト』を受けても、頭痛の解消には至らなかった。


このことは、誰にも言っていない。


言っても『恩寵ギフト』で治らなかったのだから言っても無駄だと思った事もあるが、なにより、下手に負傷者と思われて『上位個体ハイ・エネミー』との戦いについていけなくなる事を避ける為だ。


……自分らしくは無いと思うが、たとえ小さな戦力だとしても、一刻も早くこの戦いを終わらせたいと思ったのだ。


だが、祈凛を巻き込んでいるこの現状は不本意だ。


早めに合流して安全だけは確保したい。


俺だけでは戦力的にも不安なため、他の仲間全員と合流するのがベストだ。


幸い今は頭痛が随分とマシになっており、他の負傷は『再生』と福宮の『恩寵ギフト』で完治している。


ほぼ万全な状態だ。無理にでも魔物を蹴散らして移動を優先させたい。……そう、思っていたのだが。


……静かだな。


風に吹かれて草木の揺れる音が聞こえる程度で、魔物どころか虫一匹の存在も感じられない。


始めてくる場所だが、いつもこんなに静かな場所だとは思えない。


意識が鋭くなっていく。


やはり、あの影狼の『恩寵ギフト』を食らったというのに、その後になんの策も用意して無いとは思えない。


その時、背後の草木が揺れる音がした。


「っ!」


先手必勝、確認よりも早く、『多衝棍』を振る。


その一撃は、空を切る。


当たらなかったのでは無く、避けられた。


何かが飛び出して来たという直観は正しく、草木から影が飛び出していたのだ。


だが、飛び出して来たのは魔物では無かった。


「雨尾……!?」


出てきたのは中世的な容姿のレンタルショップ店員、雨尾だった。


雨尾はしゃがんで『多衝棍』を避けており、ばねの様に跳ねて俺を俵の様に担ぎ出す。


「ちょっ!?」



「は!?」


あれ程強気だった雨尾が、圧倒的な実力を持つはずの雨尾が言い出したとは思えない言葉に驚きを隠せない。


俺を担ぎ、目にも止まらぬ速さで駆けだした雨尾。


その時、大きな影が俺達を覆った。


「なに───」


瞬間、


灼熱の炎が大森林を焼いていく。その一撃は揺路の『恩寵ギフト』すら凌駕し、半径数十メートルの大地を瞬く間に灰にする。


絨毯爆撃の如き広範囲攻撃、それを俺達はギリギリの所で回避していた。


「危なかったですね」


攻撃の起点、そこがもう少しずれていたなら丸焦げになっていた。


まさしく紙一重の回避に心臓が縮み上がる。


「クソ、こういうのばっかだな!」


叫び、大きな影を作り出して大地を焦がした敵を見る。


それは二対の大きな翼を持ち、瞳は爬虫類のように鋭く、鋼鉄を容易に切り裂く爪を携えた四足と、太く長い尾を生やし、その全てが光沢を放つ鮮やかな紅鱗に覆われた生物。


古今東西、ありとあらゆる伝承に語られ、そして最強の存在として描かれていた、空想から這い出た怪物。


その名は、


「ドラゴン……!!」


ドラゴンは悠々と空を舞う。


天空の覇者として地上を見渡し、白亜色の牙の生えた口から小さな火を零す。


「不味い……!」


ドラゴンが口を開き、最も得意とする一撃、『竜の息吹ドラゴンブレス』を放つ。


再度、灼熱の業火が大地を包み燃やし尽くす直前、俺を抱えた雨尾の体が不自然に加速し空を飛ぶ。


「のぁ!?」


木々の隙間を通り、破壊の渦から逃れる。


……糸?


空を飛びながら雨尾の手を見ると、目を凝らさなければ見えない程細い糸が指に複数巻き付いていた。


どうやら糸を適当な木に巻き付け引っ張ることによって加速させたようだ。


「揺路さんと合流出来ればよかったんですけど……この騒ぎで合流できないことを考えると、かなり距離があるようですね」


確かに揺路の『恩寵ギフト』ならば、空を飛ぶドラゴン相手に有効な火力となるだろう。


逆に、近接攻撃しかない俺では、空飛ぶドラゴンに傷一つ与える事は難しい。


「それで、あのドラゴンどうする!何か策はあるのか!?」


「あるにはありますが……私一人で十分、というか他の人は揺路さん以外は要らないんですよね……」


「……もしかして、俺って邪魔な感じです?」


「……取り合えず、龍之介さんは他の仲間と合流を目指してください」


「やっぱり要らない感じかよ!」


どうやら完全に邪魔者の様だ。ちょっとショックだぞ!


「では、取り合えず適当な場所で降ろします、いいですか?」


「待ってくれ、『共光石』がある。まずは祈凛と合流したい」


「成程、良い物を持ってますね。方向はどっちですか?」


「あっちだ!」


斜め後ろを指差す。


「分かりました。ドラゴンは私が引き付けるので安心しておいてください」


そう言った後、雨尾は呟く。


「『虚数ノ世界バッド・ワールド』」


「……?」


雨尾の『恩寵ギフト』だ。今まで使っている様子だったが、ハッキリと目の前で使われたのは初めてだ。だが、発動しているはずなのに何も感じない。


特に周囲にも、雨尾自身にも変化は感じられなかった。


「私の『恩寵ギフト』は気配操作です。自分の存在を誤魔化したり、逆に存在しない場所に居る様に誤認させることが出来ます。今は龍之介さんの気配を出来る限り薄くしました。これで自分から攻撃するまで見つかる事は無いです」


「どうりで……」


不自然に魔物が攻撃を外したり、逆に見失ったりする筈だ。


「では準備が出来たのでね」


「飛ば……?」


迷わず、雨尾は人間離れした身体能力を持って、俺を全力で空に投げた。


「ちょ、はぁぁぁぁぁああ!?」

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