第27話 失敗

「『上位個体ハイ・エネミー』の『恩寵ギフト』は間違いなく操作系。これだけ大規模な能力であることを考えれば儀式型の可能性が高いでしょう」


儀式系。つまり俺の『恩寵ギフト』のように、何らかの代償を払って発動する能力。


「防衛に当たっていた探索者を殺さず嬲っていた事から、使の可能性があります。凄惨な光景を見ると思うので、覚悟を決めておいてください」


「人間を、使う……?」


想像するだけで、怖気が走るような『恩寵ギフト』だ。そんな恐ろしい能力を持つ魔物が存在するのか。


「魔物の『恩寵ギフト』が儀式型の場合、よくある話ですよ。それと、能力の強度を鑑みるに即効性の無い『恩寵ギフト』だとは思いますが、『上位個体ハイ・エネミー』が不可解な行動をした場合気を付けてください」


「そういうものなのか」


「ええ。強力な『恩寵ギフト』には複数の縛りが付くことがあります。特に操作系はその傾向が強いです」


たしかに、無条件で相手を操作できるたのならどんな相手も楽勝だろう。


わざわざこんな風に魔物を操って攻めてくる必要も無い。


「代わりに本体が脆弱な可能性も高いので、『上位個体ハイ・エネミー』を見つけ次第、各々の最高火力で攻撃してください」


「分かった」


祈凛や揺路達も返事をする。


凡その説明は終わり、雨尾を先頭にして俺達は奥へと進んでいく。


歩き始めてから数分、雨尾の足が止まり、その数舜後に祈凛がビクリと肩を揺らす。


その反応から、魔物の気配が近い事を察知する。


足を止め、『多衝棍』を手にダンジョン奥の闇を見据える。


「来ますよ」


雨尾の警告と同時、種類は問わず、全面から押し出されるように魔物の群れが飛び出してくる。


対して俺達の中で、まずは揺路が動く。


「『最高に最悪な爆弾ボム・ボム』」


投げた長剣が爆ぜる。


激しい衝撃を放ち、魔物達の群れに穴をあける。


だが、『恩寵ギフト』による強力な一撃をもってしても多くの魔物達が群れ為している。


その魔物の群れに、迷いなく雨尾が駆けて


間違いなく『恩寵ギフト』。だが一体どんな能力だ?透明化?瞬間移動?


その答えが気になるが、今は目の前の魔物に集中する。


雨尾により隊列が崩れた魔物の群れへ、俺達も突入する。


「らぁっ!」


目を瞑っても攻撃が当たりそうな密集地の中で、巨体のオークに向かって下から上へ打ち上げる様に『多衝棍』を振る。


確かな衝撃と共に吹き飛ばし、宙を舞う魔物が群れの中に消えていく。


だが、振るった隙を狙い狼などの足の速い魔物達が迫る。


その隙を祈凛が埋める。


後ろから突き出される槍は、近づく魔物の首を正確に貫く。


俺が大型の魔物を吹き飛ばし、祈凛が隙を狙う小型の魔物を倒していく。


いつも通りに完全に息の合った連携で、周囲の魔物を蹴散らしていく。


ちらしと揺路と福宮を見ると、二人もお互いを補うように戦っていた。


ただ俺達と違い、容赦なく一撃で魔物を殲滅しており、戦闘と言うより虐殺に見える。


雨尾に関しては補足する事すら出来ない。


ただ、時折視界の隅でいきなり魔物の首が落ちるので戦って入るようだ。


打って倒し、時には数に押されながらも俺達は戦い続ける。


俺達は目の前の魔物に集中し、揺路は『恩寵ギフト』により効率的に殲滅していき、福宮は隙を見て俺達を癒す。


雨尾は魔物の中でも見たことの無い、強力そうな個体や、普通の魔物に紛れた植物人形を優先的に処理しているようだ。


どれだけ時間が経ったか。そう長い間戦った気はしないが、魔物の数はいつの間にか数えるほどになっていた。


「らぁっ!」


最後の一体。


ゴブリンを『多衝棍』が打ち抜き吹き飛ばす。そして壁に体を当て、ぐしゃりと嫌な音を立てて地面に落ち、灰になった。


周囲を警戒しながらも、ひと段落し息をつく。


周囲には灰と魔石が山のように出来上がっていた。


大した負傷もせず、魔物の軍勢を倒しきった。圧勝と言ってもいいだろう。


「……ふむ」


しかし、雨尾の表情は優れない。


「……何かあったのか?」


「何か───」


言葉を言い終わる前に、不自然に言葉が止まる。


それも当然だった。何故なら、のだから。


正確には、いつの間にか真っ黒に染まった地面に体が引き込まれていた。


「やられましたね」


雨尾が呟き、灰の中に紛れる魔物の影を見る。


「『『最高に最悪な爆弾ボム・ボム』」


迷いなく揺路が長剣を投げつけ爆発させる。


「─────」


しかし、灰が吹き飛び地面が抉れてもなお、そこには魔物の影があった。


正しく言うならば、


狼、のように見える。


ただし、口や目、毛皮に至るまで黒く、黒だけしかなく。例えるなら、影絵がそのまま実体を持ったような姿だった。


「クソ……!」


爆発に巻き込まれても無傷に見える影狼。


地面の影に体が溶ける様に張り付いてるそいつのがこの現象を起こしている事は明白だった。


どうにか影から体を引き抜こうと暴れるが、泥濘に嵌った体はどれだけ力を入れても抜け出せない。


ゆっくりと体が沈む中で、影狼は攻撃するでもなく、じっとこちらを見つめている。


「無駄ですよ。これは即効性と攻撃性を犠牲に、拘束力を上げた『恩寵ギフト』だ。恐らく、他にも一定時間同じ場所に相手を拘束しなければならない、なんて条件もありそうですが……今はどうでもいいですね。これからの事を話しましょう」


「これから!?」


沈みゆく中、冷静に雨尾が言う。


「これは転移系の『恩寵ギフト』だ。転移先では戦闘は出来るだけ避けて、合流を目指してください」


「て、転移!?」


「ええ、間違いなく」


「嘘だろ……!?」


混乱しながらも、雨尾の言葉に俺や他のメンバーも、思い思いに返事を返す。


「現状を見れば分かると思いますが、


それは、最悪の報告だった。


無数の魔物を支配する『上位個体ハイ・エネミー』だけでなく、最低でも影狼の一体。もしかしたら、転移先にも他の『上位個体ハイ・エネミー』が待ち構えているかもしれない。


それは、余りにも絶望的な状況だ。


「敵がどれだけの戦力を蓄えているか、どこに飛ばされるかもすらも分かりません。まさしく絶体絶命ですね。こんな罠に掛かるとは、我ながら随分と衰えたものです。ですが───」


そこで言葉を切り、全員を見回す。



「───私たちが勝ちます」



「……はっ」


全く持って、根拠のない自信。


敵の策略にまんまと嵌ったこの姿で、よくもそんな言葉が吐けるものだと笑ってしまう。


だが、


「当然だろッ!」


応じる様に、強く、大きな声で叫ぶ。


「ええ、ええ……!」


「私達が勝つ!」


「まだこんな場所で死ぬつもりはない」


体が影に沈んでいく。


誰もが叫び、戦意を吐き出し沈んでいく。


足が、腰が、首が埋まり、視界が影の中に入っていく。


真っ黒な影の世界に、全てが飲み込まれていった。

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