Episode 1-2

 ──死束アルメ、彼は死術師だ。


 授業中。窓際一番前、転入生の少年が天井を仰いでいる。授業を聞いているのか、聞き流しているのか。いずれにせよ、理解はしていないようだった。


「……三度目」

 スミカは鳥肌が立つたび、彼に目を向けていた。

 専門外──”死術師”の彼には分かるまい。短絡的で結論付けたスミカは、ようやく窓の外に目を向ける。

 やはり、来ていた。

 ”霊術師”のスミカには分かる、不可思議な気配。

 それは近づいている。ゆっくりと、しかし確実に。

「……なんで?」

 確実に”悪霊”だ。

 だが、人気ひとけの多い街中、それも真っ昼間。経験のない事案だ。

 それでも、仕事の性質上、突発的な任務の多い彼女は焦らず、一度深呼吸をした。

 階段を使う時間はない。人目を気にする余裕もない。

 床を蹴って立ち、並ぶ椅子たちの後ろを走り抜け、開いた窓から飛び出した直後。

「──頑張れ。霊術師さんっ」

 彼が、術師が、死束アルメが、──こちらに笑いかけていた。

 驚きを発露する時間もなく、そのままスミカは落ちていった。


 ──霊術師。

 名の通り、霊の専門職。

 その職務。それは、悪霊と対話することではない。

 和解することでもない。

 体内を流れる”霊気”を操り、──祓うことである。


 流れる風を受けながら、スミカは腰に手をかけていた。

 くるっと一回転して軽く着地した直後。肺に溜まった空気を吐きながら、つかをゆっくりと引いた。

「『霊刀』──!」

 無から雪のように白い刀身が現れ、同時に若干の白いもやが溢れ出す。

 完全に”錬成”された霊刀を、スミカは少し低く構えた。目線の先は、今、校門を抜けた一体の悪霊。

 黒髪の男だった。

 黒の着物と羽織、そして灰色の袴。

 両手を袖に隠しながら、歩幅は小さく、しかし確実に距離を詰めていた。

「──おいおい! いるじゃねぇか霊術師!」

 足を止めると同時に、男が痰を吐くように笑った。もちろん、霊体から痰は出ないが。

「B子のやつだよなー! ぜんぶあいつのせいだよな!? ムカつくなー!」

 さらに尖ったガラガラの声は、思わず鼓膜を搔きむしりたくなる。

「……ただの悪霊……?」

 スミカは刀を握る手を強める。鋭い目で男の霊を睨みながら、その口を大きく開く。

「そこの悪霊! 投降しろ! 今すぐ投降しろ!」

「やだね!」

 即答。その瞬間、悪霊は右足を一歩引いていた。

「……!?」

 少し腰を落とした時には、短刀がスミカの頬を掠っていた。

 それを追いかけるように、男は一気に距離を詰める。正面に構えられた刀をさらりと横にかわし、手に持ったもう一本の短刀でスミカの心臓を突き刺す──。

 ──その間際、目の前で白い霧が爆発した。

 スミカが、霊気を全身から放ったのだ。

 男は発散された霊気に吹っ飛ばされ、彼女のすぐ横に倒れた。

「……おぉ、やる」

 小さく呟きつつ、男はすでに新しい短刀を錬成していた。

「……まさか」

 ──勝負はすでについていた。

 スミカは刀を振りかぶっていた。

 その影を隠した手は、すぐに切り裂かれる。


 ──溶けていく霊体を前に、スミカは一歩、足を引いた。そして空を見上げる。

 静かな風が吹き抜け、雪だるまを塵と化した。

「……疲れたな」

 無機質を体現した瞳。

 どこか遠くに向けて。


 その頃、死術師の少年は教室にいなかった。

「……終わったかな。あいつ」

 日の差す男子トイレ。

 小便器の前に立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死術師アルメ☆リア イズラ @izura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ