第46話 魂喰らいの行軍──黒衣の討伐隊

――地鳴りが近づいてくる。


石造りの地下通路に、低い轟きが反響する。

その震えは、ただの軍勢ではない。

意思ある殺意が、這うように満ちていた。


ミリアが短く息を吐き、蓮の腕を引く。


「行こう。ここはもう持たない」


「……あぁ」


胸の奥が、焼けるように痛む。

魂を掻きむしられるような感覚。

あの“影”の囁きが、耳の奥で微笑む。


――もっと……喰わせろ。


蓮は歯を食いしばる。

聞こえないふりをしなければ、沈む。

ミリアの手を離せば、戻れない。


地上へ続く階段を駆け上がると、

石扉が破裂するように砕け散った。


黒い羽織。

仮面。

無音で歩む、黒衣の兵。


彼らの胸元には、

王国の紋章――ではなく、

黒い“縫われた口”が記されていた。


ミリアの肩が震える。


「……魂喰いの印……

 冥王に仕えた、古い異端の兵……」


蓮が呟く。


「つまり、王国軍じゃない?」


「……王国が

 “闇”と手を組んだ……ってこと」


黒衣の兵が、一斉に振り向いた。

その目穴は虚無を映し、

ただ“獲物”だけを捉えている。


刹那、

影が地を走った。


蓮はスマホを握りしめ、

強く念じた。


「――来い、“骸狼”!」


影から躍り出る骸狼が、

黒衣の兵へ食らいついた。

しかし、兵の一人が囁くだけで、

骸狼はたわむれのように吹き飛ばされる。


重い衝撃が胸に返る。

蓮の魂が、引き裂かれるように悲鳴をあげた。


「ぐっ……!」


膝を落とす蓮の背を抱え、

ミリアが必死に支える。


「ダメ……召喚の負荷が

 魂の侵食を早めてる……!」


「……っ、でも……戦わないと……!」


「戦えば、あなたは……!」


ミリアの叫びを、

黒衣の刃が遮った。


音もなく迫る黒閃。

ミリアが身を捩って避ける。

石畳が裂け、黒い煙が溶け出した。


蓮の視界が揺れる。


黒衣の仮面が、

すぐ目の前にある。


 ――“喰わせろ”。


囁きと同調するように、

蓮の心臓が脈動する。


反射的に右手を掲げる。

影が手から伸び、

黒衣へ喰らいついた。


呻き声。

そして、溶ける。


黒衣の兵が、影へ飲み込まれていく。

その魂が、蓮へ流れ込んだ。


甘く、毒のような熱。

胸が裂け、

喉が震え、

呼吸が凍る。


ミリアが叫んだ。


「蓮! ダメ、抵抗して!!

 その魂は……呪われてる!」


蓮は自分が笑っているのに気づく。

笑いたくないのに、笑う。

それは影の意志。


 ――もっと。

 もっと喰わせろ。


「……っ……!」


蓮は地に拳を叩きつけ、

自分の意識を奮い立たせる。


黒衣がさらに迫る。

数は十、二十……

這うように増え続ける。


ミリアが震える声で囁く。


「蓮……逃げよう。

 わたしが封を施す。

 だから――

 あなたを失う前に……!」


蓮は息を荒げながら、

その手を掴んだ。


「……ミリア。

 俺はまだ……俺だ。

 だから……」


黒衣たちが一斉に駆ける。

影の刃が雨のように降り注ぐ。


蓮は叫ぶ。


「――リリア、来いッ!!」


影が弾け、

少女の姿が現れる。


リリアが、

無音で黒衣たちへ突っ込んだ。

魂を削る白刃が舞い、

影と影が激突する。


ミリアが息を呑む。


「リリア……!」


リリアは微笑みもせず、

ただ戦う。

その眼は、蓮だけを見ていた。


――守る。


黒衣の群れを押し返しながら、

蓮たちは地下通路を駆ける。


と――

背後から、微かな声が飛ぶ。


「……こっちだ」


息を呑む。

黒衣でも、王国兵でもない。


蓮はミリアと視線を交わす。

リリアも動きを止めた。


闇の中、

フードを被った影が立っている。


「急げ。

 ここはもうすぐ、封鎖される」


その声には、

緊張と、焦りと、

そして――

“味方の色”があった。


ミリアが小声で呟く。


「……内通者……?」


蓮は決断する。

影の囁きが、胸を掻きむしる。


――もっと喰え。

――選べ。

――闇へ堕ちろ。


蓮は、その声を噛み殺しながら言った。


「……行こう。

 ここで死ぬのは、まだ早い」


影の手招きが、

彼らを暗闇へ導く。


それは救いか、罠か。

魂の侵食は、

もう誰にも止められない。


だが、進むしかない。


彼らの未来は、

“選んだ先”にしか存在しないのだから。

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