第20話 冥王──魂を喰らう王 ②

黒い闇圧が襲い掛かる。

存在そのものを押し潰す、形なき悪意。


体が震える。

恐怖のせいじゃない。

身体が――魂が――“喰われかけている”。


(やばい……!)


だが、退けない。

退いた瞬間、すべてを失うと分かっていた。


「ガルズ!」


「任せろ!!」


ガルズの漆黒の牙が閃く。

影を断ち切り、メオルへ迫る――

が、


「浅いな」


冥王はただ手を伸ばした。

それだけで空間が歪み、黒い雷が落ちる。


――ズガァァァン!!!


「ぐっ……!!」


ガルズの巨体が地へ膝をつく。

黒い焦げが皮膚に走る。

魂を直接焦がす、純粋な破壊。


その光景に、メオルは一切の興奮もなく赤い瞳を細める。


「魂の格が違う。

 その獣は良く鍛えられているが――

 所詮は門番。

 王の間には、遠く及ばぬ」


「黙れ!!」


俺は駆けた。

痛みも焦燥も関係ない。

ただ、アリスを救う――その想いだけが背中を押す。


黒鎌を振り下ろす。

ベルダの魂が叫ぶ。

斬撃は風となり、闇を裂く。


――ガキィィィン!!


「ほう?」


メオルの腕一本で受け止められる。

だが――


「重いな。さきほどよりも」


確かな手応えがあった。


(――通る!)


俺とベルダの魂が、強く結びついていく。

魂を喰らい、力を増すのではなく――

魂を“分かち合い”、強くなる。


《武装召喚・共鳴(コンコード)》


ベルダの声が、耳奥に響いた。


――《力を渡す。我は主と共に在る》


「いける……!」


「感情は力となる。

 良きかな。実に良きかな」


メオルの影が膨れ上がる。

無数の腕、牙、爪、触手――

見るたびに形を変える黒が、こちらへ殺到する。


「……っ!」


俺は大鎌を横薙ぎに振る。


――ズシャァァァ!!


影が裂け、霧散した。

しかしその瞬間、背後で囁き声。


――『おまえが憎い』


「……ッ!?」


振り向く前に、胸へ氷の刃が刺さる感覚。

影の囁きは、俺自身の記憶から生まれた“感情”――負の残滓。


メオルが問う。


「魂とは、不完全だ。

 弱さも醜さも、すべて抱えている。

 ――それでも戦うか?」


「当たり前だ!!」


俺は牙を剥いた。

胸を貫いた黒を、力ずくで引き抜き、叩き落とす。


「弱いから戦うんだろ!

 誰かを救いたいと思うから、前に進むんだ!!

 魂が不完全だって――

 それがどうした!!」


メオルの表情が、ほんの僅か揺らぐ。


「……ほう。

 面白い」


影が再び渦を巻く。

今度は、巨大な“死の口”へと形を変えた。


――喰われる。


そう悟った瞬間、

紅い光が飛び込む。


「レン!!」


声。

少女の声。


(……アリス!?)


胸が震えた。

涙がにじむ。


「たすけて……じゃない……

 ――“生きて”」


その声が、俺の魂を照らした。

黒が押し返される。


「アリス……アリス!!」


光が溢れる。

胸の奥から迸り、ベルダの魂と重なって燃える。


《魂装――解放》


黒鎌の形が変わる。

深紅の刃が、双翼を思わせる巨大な大鎌へ。


ガルズが低く吠える。


「主よ……その力……!」


「行くぞ、ガルズ!!」


「応!!」


俺たちの聲が重なり――

世界が震える。


冥王が笑う。


「来い。

 ――貴様の魂を、見せてみろ」


黒と紅が激突する。


冥府の深奥が、目を覚まし始めていた――。

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