第21話 冥王──魂を喰らう王 ③

闇がうねり、光が裂ける。

冥府の大地が悲鳴を上げるかのように、黒い砂が舞い上がった。


刹那、メオルの影が収束し、槍となって迫る。

ただ伸びた“黒”――にもかかわらず、重力すらねじ切る一撃。


逃げ場はない。


「ガルズ!」


「心得た!」


巨獣が咆哮し、腕を交差。

黒い弾丸を受け止める。

だが――


――ズガァァァン!!


衝撃が闘域を貫き、ガルズは大地へ叩きつけられた。

冥府が割れ、魂灯が千切れる。


「……っ!」


強すぎる。

正面から受け止められない。

深紅の大鎌を握りしめ、俺は踏み込む。


「はぁああああッ!!」


紅の斬撃が冥王へ――


「浅い」


メオルの指先が軽く弾く。

その瞬間、刃は霧散し、逆流した衝撃が俺の胸を焼く。


「ぐ、おっ……!!」


肺が潰れ、視界が白く染まる。

肉体より“魂”が痛んでいる。

深く、鋭く、抉られている。



――『苦しい?』

――『怖い?』

――『やめればいいのに』


囁きが、足元から絡む。

過去の声。

弱さの影。


――『どうせ守れない』

――『諦めろ』

――『死ねば楽だ』


「……黙れ」


声が震えた。

けれど、消えない。


メオルがあざ笑う。


「魂とは、欲と恐怖の結晶だ。

 特に貴様の魂は――雑味が酷い。

 良い素材だ。喰えば、さぞ濃厚だろう」


黒い影が舌を伸ばす。

這い、絡み、俺の魂へ触れようとする。


その瞬間――


――光が奔る。


「っ!? これは……!」


胸奥から溢れる紅い炎。

影を焼き払い、囁きを断つ。


声が響いた。


――《我は在る》

――《主の隣で、剣となり》

――《魂を断つ》


ベルダだ。


(ベルダ……!)


《我は喰らわれぬ。

 喰らう〈獣〉は――我らだ》


魂が共鳴し、暴れだしそうな熱を生む。

紅黒が入り混じり、視界を染めた。



「行くぞ、メオル……!」


紅い霧が噴きあがり、身体を覆う。

それは鎧にも羽にも炎にも見える――

魂の形。


メオルの目が僅かに見開かれた。


「なるほど。

 魂装を、ここまで……」


そして微笑む。


「美しい――破壊する価値がある」


影が荒れ狂う。

猛獣の牙、死神の鎌、亡者の腕。

何千という殺意が俺へ。


「喰らえ――」


メオルが手を振る。


冥影劫火アビス・インフェルノ


闇が燃えた。

黒炎が薙ぎ払う。

触れれば魂ごと焼き切られる――

圧倒的な死。


「レン!! 退がれッ!!」


ガルズが吠える。

だが――


「退かないッ!!」


俺は飛び込んだ。

深紅の刃を振るう。


「ベルダ――!!」


《任せよ!》


紅黒の大鎌が、黒炎を喰らい――

そのまま引き裂いた。


――ゴォォォォオオオ!!


冥府が鳴動する。

魂灯が激しく揺れ、悲鳴を上げる。


メオルの口元が上がる。


「良い。

 ますます欲しくなる……

 その魂も、力も――」


瞬間。

影が凝縮し、メオルの手の中で槍となる。

長く、鋭く、ただ“貫く”ための凶器。


黒い地鳴り。


「――来い」


冥王が消えた。


「――っ!」


気づいた時には、目の前。

黒槍が心臓を狙う。


(速い――!)


魂が悲鳴を上げる。


だが、身体は動いた。

ベルダの力が、俺を押し上げる。


――ギィン!!


深紅の刃が、黒槍を受け止める。

火花が散り、空間が裂ける。


「ほう」


刹那、メオルの影から“もう一本”槍が生まれる。

側面から――死角。


(――くる!)


だが、その刃が届く前に――

ガルズが割り込んだ。


「ぐぉおおおおッ!!」


黒い腕が、槍を掴み折る。

魂を焦がしながら。


「門番風情が……」

「風情で結構!!

 我が主に指一本触れさせはせぬ!!」


焦げながらも叫ぶガルズ。

その声が、俺の血を燃やした。


「ガルズ!! 一緒にいくぞ!!」


「応ッ!!」


俺の魂と、ガルズの魂が混じる。

炎のように、竜のように、獣のように。


《共鳴率――上昇》


《魂飽和――警告》


(関係ない!!)


「喰らえ――

 紅獄・斬魂(クリムゾン・リーパー)!!」


大鎌が弧を描き、冥王へ――


だが、


同時にメオルの影が膨れあがる。


互いの力が衝突し、炸裂した。


――ズドォォォォン!!!


暴風が冥府を抉り、魂灯が千切れて舞う。

叫び、光、闇。

視界が融ける。


その爆音の中――

確かに聞こえた。


――『レン……』


アリスの声。


「アリス……どこだ……!?」


闇の中で、淡い光が揺れる。

小さな灯火。


その奥へ伸ばした手を、

影が掴んだ。


「――ッ!!」


メオルの低い声が囁く。


「もう遅い。

 あの魂は、私の“器”に――」


その言葉をかき消すように、

胸が灼けるほど怒りが燃えた。


「まだ終わってないッ!!!」


再び、闇を裂き――

俺は光へ手を伸ばした。

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