第9話 王国の闇──失われた真相と魂の在り処
黒獣王アジュダルとの契約――その代償は、蓮の生命力の一部だった。
だがアジュダルは言った。
「貴様の“魂”は特異。失われてもなお、戻る場所を持つ」
意味深な言葉を飲み込みつつ、蓮は森を離れ、追手に備えて街道を進んでいた。
横にはアイナ、そして黒い外套をまとい人の姿を取ったアジュダル。
彼は、街中で無闇に暴走しないための術式を自ら施していた。
「……それで。貴様は、どうして俺を“主”と認めた?」
「理由は単純だ。貴様の魂は、この世界のものではない。そして……あの“光”に触れた」
「光?」
「魂を束ねる核。名を《魂核(ソウル・コア)》という」
聞き慣れない言葉。蓮は眉を寄せる。
「ソウル・コアは、この世界の“力の源”。通常は肉体の内に沈むものだが――
貴様のは、なぜか“外部”にある。まるで、誰かが意図的に外へ出したかのようにな」
外部――
蓮は胸の奥が冷えるのを感じた。
つまり、鑑定で無能とされたのは――
本来あるべき核が、“身体の中になかったから”ということなのか?
「……それを知ってたなら教えてくれよ」
「言ったところで貴様に理解はできぬ。だが、契約を果たした今なら、語る価値がある」
アジュダルは赤い瞳をわずかに細める。
「貴様の魂核は『どこかに保存』されている。
つまり奪われているのだ」
「奪われ……?」
アイナが震える声で呟く。
蓮は自分の胸へ手を当てる。脈がある。命もある。意識もある。
それでも、欠けているものがあるというのか。
「奪っているのは、王国だ」
空気が凍った。
「証拠はあるのか?」
「ない。だが、王国は“魂”に干渉する術を持っている。
それは古の魔族ですら持ち得なかった禁忌の技だ」
禁忌――
異世界、召喚、勇者。
そうした言葉の影に潜む、闇。
蓮を“無能”として追放した理由。
その裏に、魂核を奪う必要があったのなら……。
「つまり俺は……最初から利用されてたってことか?」
「可能性は高い。貴様だけでなく、他国へ送られた勇者たちも同じく。」
「……!」
蓮は拳を握る。
自分だけじゃない。
他にも召喚された者がいる。
その一部――あるいは全員が魂を奪われ、この世界に囚われている可能性。
(ふざけるな……)
胸の底で、熱が生まれる。
「アイナ、怖いか?」
「……怖いよ。でも、蓮さんはもっと怖い思いしてる。だから……私は、行くよ」
震える声で、それでもまっすぐに。
「ありがとう」
蓮は微笑む。
アイナの小さな手が、そっと服の裾を握る。
アジュダルが低く唸った。
「王国は“追跡者”をさらに増やすはずだ。
彼らの目的は、貴様の魂核の回収か――もしくは……破壊」
「破壊されたら?」
「貴様は『存在』を失う。魂は裂け、生まれ変わることも叶わぬ」
アイナの指先が、さらに強く蓮の服を掴んだ。
そんな時、森の外から複数の気配が迫る。
「来たか」
アジュダルが目を細める。
風がざわめき、土が震えた。
次の瞬間、街道先の木々が爆ぜた。
黒い鎧を纏った騎士団――
いや、鎧の奥に灯るのは、人のものではない赤色。
「……魔導騎士(まどうきし)」
アジュダルが低く呟く。
王国に古来封印された、魂を素材に作られる兵装。
目の前の騎士たちは、まさに人の姿を借りた“魂兵(ソウルドール)”。
先頭の騎士が槍を構え、重低音が響く。
「――篠崎蓮を、引き渡せ」
人の声――
だがそこには感情がなかった。
「拒否する」
蓮はスマホに触れる。
アプリが開き、黒いウィンドウが静かに輝く。
アジュダルもまた闘気を纏う。
「我が主の敵ならば、まとめて蹂躙しよう」
魔導騎士たちが一斉に動く。
森が裂け、空気が悲鳴をあげた。
蓮は叫ぶ。
「――
影が沸き、黒き獅子が咆哮する。
轟音が大地を揺らし、風を断つ。
『■■■■■■――――!!』
森中の魔物が逃げ出すほどの覇威。
対峙する騎士たちが明らかに怯んだ。
そのとき――
騎士団の背後に、白い外套の人物が姿を現した。
フードの奥から覗いたのは、冷たい金の瞳。
「久しぶりだな、篠崎蓮」
蓮は息をのむ。
声に聞き覚えがあった。
「……二宮(にのみや)?」
日本から召喚された、同郷の青年。
だが――彼の気配は、もはや“人”のそれではなかった。
「お前……どうして……!」
二宮の口元が、不快なほど優雅に曲がる。
そして淡々と告げる。
「王国は言ったろ?
――“無能は要らない”って」
「……!」
「俺は選んだ。
魂を差し出し、力を得る。
それで……ようやく、この世界で生きていける」
金の瞳が揺らめく。
そこに、“人間の意思”はわずかだった。
「だから蓮――
お前には、ここで死んでもらう」
空間が捻れ、二宮の手に黒い刃が生まれる。
アジュダルが蓮へ囁いた。
「……決断の時だ、主よ。
友を救うか。
それとも、この世界を敵に回すか」
蓮は歯を食いしばる。
(ふざけるな……!)
「俺は……どっちも諦めない!!」
蓮が踏み出す。
黒き獅子が咆哮し、魔導騎士が吠え、
かつての友が、無表情のまま刃を振り下ろした。
魂がぶつかり合う戦いの幕が、今、上がる。
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