第10話 魂喰らいの刃──友か、敵か
黒い刃が空気を裂き、一直線に蓮へ迫った。
金属音すらない。音よりも早い“死”の感触だけが迫る。
「――アジュダル!」
蓮が叫ぶより早く、黒き獣王は影となって蓮の前に躍り出る。
刃と爪が激突し、空間が震えた。
火花ではなく、“魂の粉”が散る。
「ほう……黒獣王。噂以上だな」
二宮は淡々と呟き、刃を押し込む。
黒い衝撃が広がり、周囲の木々が音をあげて吹き飛んだ。
アイナが蓮にしがみつく。
「れ、蓮さん……!」
「下がってろ。こいつは、俺が……!」
だが、二宮はそのやり取りすら興味がないように視線を流す。
「泣き叫ぶ女を守るか……勇者様は忙しいな」
「二宮……お前、何でこんな……!」
「理由なんて、一つで十分だ。
――俺は“生き延びたい”」
その瞳に宿るのは、本能だけ。
人間らしい情や迷いは、どこにもなかった。
◆
アジュダルが低く唸る。
「魂を捧げたか。人が成すには、あまりにも愚かだ」
「黙れ。俺は選んだだけだ。奪われるくらいなら――差し出せばいい」
二宮は笑う。
「その代わり、俺は強くなれた。
……“最強”の器にな」
蓮は拳を握る。
「だからって……殺していい理由にはならない!」
「理屈なんか要らないだろ。
王国が望んでるんだ。“お前の魂を回収しろ”ってな」
「……!」
言い逃れはできない。
王国はやはり、蓮の魂核を奪うつもりなのだ。
アジュダルが蓮へ囁く。
「蓮。あの男の魂は、すでに“外部”に縛られている。
すなわち――『王国の管理下』だ」
つまり、二宮は魂を差し出す代わりに、力を得た。
王国に使われる“兵器”として。
「二宮……お前……」
声が震えた。
かつて同じクラスで、愚痴をこぼし合った少年。
部活帰りにコンビニで馬鹿話した友達。
その面影は、目の前の彼からは消えていた。
◆
「話は終わりだ。――死ね」
再び黒刃が走る。
アジュダルが迎え撃とうとする――
「アジュダル、引け!」
蓮の叫びと同時に、影が消える。
蓮はスマホを構える。
「召喚――《影縫い(シャドウ・バインド)》!」
アプリが黒光し、地面から黒い鎖が噴き出す。
二宮の足を絡め、動きを封じた。
「ちっ――!」
蓮は叫ぶ。
「今なら、話せるはずだろ! 二宮!!」
黒鎖を砕きながら、二宮が冷たく笑う。
「残念だな。俺にはもう……話すことなんて、何もない」
刃が振り上げられる――
その瞬間。
「――《魔導結界・第四式》」
空間がきしみ、淡い光の壁が二宮の周囲を包んだ。
アイナが必死に杖を構えている。
「アイナ……!」
「少しでも……時間を稼ぐ……!」
だが二宮は、面倒そうにため息をつく。
「小賢しい」
黒刃が結界を叩く。
一撃でひびが入り、二撃目で粉々に砕けた。
「アイナ!!」
蓮が駆け出す。
だが――
「――動くな」
背後から冷たく低い声。
蓮は凍りつく。
いつの間にか、別の魔導騎士が背中に刃を突きつけていた。
動けば、アイナが――
動かなくても、アイナが。
「やめろ……っ!」
二宮の瞳が無感情に細められる。
「終わりだ。蓮。
お前の魂は、この世界に必要ない」
黒刃が、アイナへ向かって振り下ろされ――
「――《黒獣吼爪(こくじゅう・こうそう)》!!」
黒い閃光が横薙ぎに走った。
次の瞬間、二宮の姿は森の奥へ吹き飛ばされる。
アジュダルがアイナの前に立っていた。
「舐めるな。
我が主の“仲間”に手を出すな」
低く、唸るように言い放つ。
魔導騎士たちがざわめき、後ずさる。
蓮はアイナの横に膝をつく。
「大丈夫か!?」
「う、うん……ありがとう、蓮さん」
震えながらも、アイナは笑おうとした。
蓮は胸が締め付けられる。
◆
森の奥から、二宮が姿を現した。
黒い霧が身体を包み、損傷が瞬時に癒えていく。
「……面白い。
じゃあ、もう少し楽しませてもらうよ」
アジュダルが低く唸る。
「蓮。あれは“完全には人ではない”。
王国の魂術で、魂を半ば喰われている」
「……魂を……喰われる?」
「人としての形を保つ代わりに、魂を魔力へ変換する術だ。
長く続ければ、いずれ……“空”になる」
空――
すなわち、何も残らない。
二宮は笑っていた。
感情のない笑みで。
「蓮。
お前も“差し出せ”。
そうすれば……俺たちは同じだ」
「違う。俺は――」
「うるさい」
二宮が指を鳴らすと、空間が歪み、黒い霧が噴き出した。
数十の黒刃が、同時に蓮たちへ襲いかかる。
アジュダルが身構え、蓮はスマホを握った。
(こいつを……救えるのか?)
友か、敵か。
決める時間は残されていない。
「俺は……お前を――!」
蓮は叫び、召喚アプリを起動させた。
「――救う!!」
黒刃が迫り、獣が吼え、
魂が軋むほどの戦いが、再び始まった。
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