第10話 魂喰らいの刃──友か、敵か

黒い刃が空気を裂き、一直線に蓮へ迫った。

 金属音すらない。音よりも早い“死”の感触だけが迫る。


「――アジュダル!」


 蓮が叫ぶより早く、黒き獣王は影となって蓮の前に躍り出る。

 刃と爪が激突し、空間が震えた。


 火花ではなく、“魂の粉”が散る。


「ほう……黒獣王。噂以上だな」

 二宮は淡々と呟き、刃を押し込む。

 黒い衝撃が広がり、周囲の木々が音をあげて吹き飛んだ。


 アイナが蓮にしがみつく。

「れ、蓮さん……!」

「下がってろ。こいつは、俺が……!」


 だが、二宮はそのやり取りすら興味がないように視線を流す。

「泣き叫ぶ女を守るか……勇者様は忙しいな」

「二宮……お前、何でこんな……!」


「理由なんて、一つで十分だ。

 ――俺は“生き延びたい”」


 その瞳に宿るのは、本能だけ。

 人間らしい情や迷いは、どこにもなかった。



 アジュダルが低く唸る。

「魂を捧げたか。人が成すには、あまりにも愚かだ」

「黙れ。俺は選んだだけだ。奪われるくらいなら――差し出せばいい」

 二宮は笑う。

「その代わり、俺は強くなれた。

 ……“最強”の器にな」


 蓮は拳を握る。

「だからって……殺していい理由にはならない!」

「理屈なんか要らないだろ。

 王国が望んでるんだ。“お前の魂を回収しろ”ってな」


「……!」


 言い逃れはできない。

 王国はやはり、蓮の魂核を奪うつもりなのだ。


 アジュダルが蓮へ囁く。

「蓮。あの男の魂は、すでに“外部”に縛られている。

 すなわち――『王国の管理下』だ」

 つまり、二宮は魂を差し出す代わりに、力を得た。

 王国に使われる“兵器”として。


「二宮……お前……」

 声が震えた。

 かつて同じクラスで、愚痴をこぼし合った少年。

 部活帰りにコンビニで馬鹿話した友達。


 その面影は、目の前の彼からは消えていた。



「話は終わりだ。――死ね」


 再び黒刃が走る。

 アジュダルが迎え撃とうとする――


「アジュダル、引け!」


 蓮の叫びと同時に、影が消える。

 蓮はスマホを構える。


「召喚――《影縫い(シャドウ・バインド)》!」


 アプリが黒光し、地面から黒い鎖が噴き出す。

 二宮の足を絡め、動きを封じた。


「ちっ――!」


 蓮は叫ぶ。

「今なら、話せるはずだろ! 二宮!!」


 黒鎖を砕きながら、二宮が冷たく笑う。

「残念だな。俺にはもう……話すことなんて、何もない」


 刃が振り上げられる――

 その瞬間。


「――《魔導結界・第四式》」


 空間がきしみ、淡い光の壁が二宮の周囲を包んだ。

 アイナが必死に杖を構えている。


「アイナ……!」

「少しでも……時間を稼ぐ……!」


 だが二宮は、面倒そうにため息をつく。


「小賢しい」


 黒刃が結界を叩く。

 一撃でひびが入り、二撃目で粉々に砕けた。


「アイナ!!」

 蓮が駆け出す。

 だが――


「――動くな」


 背後から冷たく低い声。

 蓮は凍りつく。

 いつの間にか、別の魔導騎士が背中に刃を突きつけていた。


 動けば、アイナが――

 動かなくても、アイナが。


「やめろ……っ!」

 二宮の瞳が無感情に細められる。


「終わりだ。蓮。

 お前の魂は、この世界に必要ない」


 黒刃が、アイナへ向かって振り下ろされ――


「――《黒獣吼爪(こくじゅう・こうそう)》!!」


 黒い閃光が横薙ぎに走った。

 次の瞬間、二宮の姿は森の奥へ吹き飛ばされる。


 アジュダルがアイナの前に立っていた。


「舐めるな。

 我が主の“仲間”に手を出すな」


 低く、唸るように言い放つ。

 魔導騎士たちがざわめき、後ずさる。


 蓮はアイナの横に膝をつく。

「大丈夫か!?」

「う、うん……ありがとう、蓮さん」


 震えながらも、アイナは笑おうとした。

 蓮は胸が締め付けられる。



 森の奥から、二宮が姿を現した。

 黒い霧が身体を包み、損傷が瞬時に癒えていく。


「……面白い。

 じゃあ、もう少し楽しませてもらうよ」


 アジュダルが低く唸る。


「蓮。あれは“完全には人ではない”。

 王国の魂術で、魂を半ば喰われている」


「……魂を……喰われる?」


「人としての形を保つ代わりに、魂を魔力へ変換する術だ。

 長く続ければ、いずれ……“空”になる」


 空――

 すなわち、何も残らない。


 二宮は笑っていた。

 感情のない笑みで。


「蓮。

 お前も“差し出せ”。

 そうすれば……俺たちは同じだ」


「違う。俺は――」


「うるさい」


 二宮が指を鳴らすと、空間が歪み、黒い霧が噴き出した。

 数十の黒刃が、同時に蓮たちへ襲いかかる。


 アジュダルが身構え、蓮はスマホを握った。


(こいつを……救えるのか?)


 友か、敵か。

 決める時間は残されていない。


「俺は……お前を――!」


 蓮は叫び、召喚アプリを起動させた。


「――救う!!」


 黒刃が迫り、獣が吼え、

 魂が軋むほどの戦いが、再び始まった。

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