17 私がやります

 ミライは流れ続ける汗を止められなかった。

 こうなると在本君に秘密がバレるどころではない。全世界に、私の秘密が知れ渡る。

 私だけではない。全ての人がそれぞれ大事に抱えている秘密が、他人に調べられ閲覧される。そんな世界を想像するだけで寒気がする。

 一体どうすればいい? どうすれば、どうすれば――。


「ミライさん、聞こえるかい」


 加古川の声に、ミライは正気を取り戻した。

 深呼吸をして、思考を整理する。

 

 ミライは少し考えて加古川に言った。

「さっきある女の人と会ったんです。当選者の一人で、もっと平等な世界にしたいって言ってました。きっとあの人がやったんだと思います」


 加古川は合点を得たようだった。

「なるほど、当選者か。恐らくだけど、そいつはアカシックレコードで『全ての検索エンジンとアカシックレコードを接続する方法』を調べたんだ。だから逆に接続を切る方法を実行すれば解決できるんだけど……」


「あっ、じゃあ今スマホでそれを調べたら出てきますよね? それで――」


「いや、やってみたけど無理だった。接続を切るには会場にあるレコード本体を操作しないといけないみたいだ」


「なるほど……。とりあえず急いで会場に向かいます」


「すまない、大事な時にそっちにいなくて」





 ミライは、会場の入り口付近にいる警備員たちの元へ走った。


「止まりなさい」


 制止する警備員に、ミライは叫んだ。


「聞いてください! 今、誰でもアカシックレコードを見られる状態になってるんです! 急いでレコードを操作して今すぐ接続を切ってください!」


 しかし、ミライの主張を、警備員たちは「そんなことがあるか」と払いのけた。


「本当なんです! 当選者の一人がレコードを操作して……。ほら見てください! これが証拠です! だ、誰にも言ってない私の秘密がここに」


 ミライはやむを得ずスマホの画面を見せたが、それでも警備員は取り合わず、それどころかミライを不審者として扱うような目をしている。


 これ以上話しても無駄だと感じてミライはその場から離れた。


「やはりダメだったか。とりあえず僕が来るまで待って――」


「私がやります」


「えっ?」

 スマホの向こう側で加古川が素っ頓狂な声を出す。


「私が会場に侵入してレコードを操作します。この状況を知っている人の中で、一番会場に近いのは私です」

 ミライは覚悟を決めてそう言った。


「いやいや、それは危険だ。そもそも侵入する方法を僕もまだ見つけられていないのに、どうやって」


「それなら大丈夫です! 目には目を、アカシックレコードには……って感じですよ」

 

「……なるほど、そうか!」


 ミライは通話を切り、スマホの検索エンジンを開いて、

「大阪市民ホール 侵入 方法」と調べた。


「10件がヒットしました」


 検索結果にザッと目を通す。ほとんどが武力行使の荒っぽい入り方だ。しかし。


「あった、これだ」

 最後の方に一件、ミライの求めていた答えがあった。


「ホールから西に五百メートル離れた場所にホールに繋がる地下通路の入り口があり、そこから侵入できる」


 ミライはその場所に向かい、地面に設置されてある鉄製の錆びた扉を見つけた。それを開くと、地下へ続く階段が現れた。それを駆け降りていく。会場の入り口までダッシュし、ミライは息を切らしながら会場に侵入した。


 まずはサーバールームに向かう必要がある。ミライはそこまでの経路を検索して、それ通りに走っていった。

 サーバールームの前には屈強な警備員が二人いて、入れない。


 ミライは「大阪市民ホール サーバールーム 警備員 追い払う方法」と調べる。


「6件がヒットしました」


 ミライは一番上に出てきた方法を実行することにした。


「えっほんと!? 会場の外で大人気アイドル、冬原スズカが無料握手会してるって!」


 ミライが警備員たちに聞こえるように陰から叫ぶと、そのうちの一人がピク、と動いた。

「ちょっと俺外見てくる」

「はっ? あっ、おい待てよ!」


 取り残されたもう一人の警備員にミライは近づき、「あっ、後ろにヘビがいる!」と警備員の背後を指差した。   


「ひぃっ! ヘビ!?  俺はヘビだけは無理なんだ!!」

 そう叫びながら警備員は慌てて逃げてしまった。


 こんなに上手くいくものなんだな。アカシックレコード、恐るべし。


 ミライはその力の強大さに少し怖くなりながら、警備が誰もいなくなったサーバールームに入った。


 部屋の中には重厚な機械が並んでいた。その中央に、それらの制御装置と思われる、ボタンがたくさん備え付けられた機械があった。

 ミライはその機械まで走り寄った。


 検索するまでもなく、ひと際大きいボタンの上に、

「絶対押すな! 会場の全ての電源が切れる」

 という貼り紙がある。

 そのボタンを、ミライは躊躇なく押した。



 視界が闇に覆われた。

 スマホのライトを付け、その明かりを頼りに道に沿って歩いていく。


 やがて大きなドアがあり、ミライはそれを開いた。


 そこは大ホールだった。

 座席が手前から奥までずらっと並んでいる。そして、一番奥のステージ上に、ぼうっと光って薄闇に浮かび上がる大きな直方体がある。


 それがアカシックレコードだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る