10 早バレってそんなに恐ろしいのか


 ミライは唖然とした。

「喜ぶ? とんでもない。そんなことが起きたら、毎週のカミアドを楽しみにしているたくさんの人が悲しむ。世界が、めちゃくちゃになってしまう……!」


 加古川がつぶやく。

「早バレ、か。僕は食らったことがないから分からないけど、はた迷惑な行為だな」


 それにアスヤが反応する。

「早バレを食らったことが無いのは幸運だな。一度食らったことがあるが、あんなに恐ろしい体験は二度とごめんだ」


 アスヤの足はがくがくと震えている。


「そんなに怖いことなのか……。早バレを食らったら一体どうなるんだ?」


「知らんのか。血を吐く」


「血を吐く!?」


「最悪の場合、ショックによって死に至る」


「マジで!? 早バレってそんなに恐ろしいのか」

 加古川は驚きのあまり叫んでしまった。


 ミライはうんうんと頷く。

「そんなに恐ろしいんだよ、加古川さん。私も毎週カミアドを読んでいるけど、もし早バレされたらって考えるだけで落ちこむよ。ましてや、最終回なんて早バレされたら、どれだけ悲しいか。そのくらい、皆カミアドに人生を支えてもらってるんだ」


「なるほどな。それは絶対に阻止しなくちゃならないな」


 加古川がそう言った瞬間、高瀬は腕を振り上げた。


「ッ! 攻撃してくるぞ! 気をつけろ!」


 高瀬が指をぱちんと鳴らすと、ヘリコプターから大きな布のようなものが下がってきた。よく見ると、それは大きなプロジェクタースクリーンだった。


 ミライが呆気に取られていると、アスヤが叫んだ。


「下を向け! あの画面を見るな!」


 切迫した声に、ミライと加古川は咄嗟に地面の方を見た。


「あ、あれはいったい?」


 ミライの戸惑う声に反応したのは高瀬だった。


「後悔したくなければ前を見るなよ。今このスクリーンに映っているのは来週のカミアド最新話の早バレだ」


「ッッ!? なんてものを!」


「あいつは外道だ……! こうやって早バレを利用して戦いを有利に進めるんだ」


 視界を奪われ身動きが取れない二人を横目に、加古川が飛び出した。

「僕には関係ない! 読んでないからな!」


 前が見えないミライにも加古川の鬼気迫る様子が伝わってくる。

 「うおおおお」という加古川の雄叫び。

 次いで「爆裂大蛇拳ばくれつだいじゃけん!」と高瀬の声。

 そして「ぐああっ」という加古川のか細い叫びが聞こえ、どさっという音が弱弱しく響き、周りは静寂に包まれた。


「もしかして加古川さんやられた!? 弱っ!」

「アクションシーンは苦手なんだよ……」

「これであと二人だな」


 ミライとアスヤは下を向いたまま後ずさった。


「ミライ、スクリーンを背にして逃げろ! そうすれば早バレを食らうことも無い。さあ行け!」


 しかしミライは動かない。


「おい、どうした? 攻撃されるぞ! 早く!」


「アスヤ君を置いていけない! それに、私だってあいつを野放しにできない。私もカミアドが大好きだから」


「ミライ……! っ来るぞ!」


 足音が近づいてきたと思った瞬間、ミライは背中のあたりに強い衝撃を受ける。

「うわあっ!」


 間髪入れずに次の攻撃を受け、身動きが取れなくなる。


「やめろ高瀬! 烈風十束斬れっぷうとつかざん!!」


 アスヤが刀を構える。それを高瀬が手で制する。


「やめとくんだなアスヤ。視界が奪われているこの状況で俺に攻撃すればコイツも巻き込んでしまうぞ」


「いや、大丈夫だ」


 一閃。アスヤの斬撃はミライに掠ることすら無く、高瀬に直撃した。


「ぐうっ‼」

 高瀬はうめき声を上げた。

「なぜだ。こちらが見えていないはずなのに……」


「お前の早バレ攻撃対策で、周りが見えなくても微かな音や気配で存在を感知できるようになったのさ」


「くそっ、なんて奴だ。だが……フフ、これはどうかな?」


 高瀬は何かを取り出した。キイイーンという甲高い音が響く。


「そ、それは……」

「拡声器だ。これから早バレの内容をこれで喋る。お前らは耳を塞ぐしかない。視覚と聴覚両方奪われても反撃できるかな?」

「くっ……!」


 アスヤは高瀬が喋り始める前に斬りかかろうとしたが一歩遅く、高瀬は話し始める。アスヤは刀を落とし、空いた両手で耳を塞いだ。


 視覚と聴覚を奪われ、静かな闇の中、自分が受けている熾烈な攻撃だけが感覚として残る。


 くそ、くそ、俺はなんて無力なんだ。早バレさえなければ、こんな奴にはすぐに勝てるのに。このままやられてしまうのか……。



 どれくらい経っただろう。いつの間にか、攻撃は止んでいた。

 アスヤは不思議に思い、恐る恐る目を開けた。

 そして、その目を疑った。

 そこには、うずくまっている高瀬と、その前に立つミライの姿があった。

 アスヤはミライに駆け寄ったが、すぐに彼女の異変に気付いた。血を吐いている。

「ミライ! まさか、早バレを食らったのか……!」


 ミライは膝をつき、ゴフッと喀血かっけつした。倒れないようにアスヤが支える。

「こ、このままじゃやられると思って、意を決して目を開けたんだ。あの高瀬って奴、びっくりしてたよ、ふふ……。私の『カウンター烈風十束れっぷうとつかざん』、どうだったかな。って、アスヤ君は見てなかったか……」


 そう言ってミライはがくっとうなだれた。


「ミライ! くそ、意識を失ってる」


 焦るアスヤに、高瀬は震え声で言う。

「大丈夫さ、死にはしない。最後のシーンは見てないようだからな。それにしてもビビったぜ。まさか早バレ覚悟で目を開けて戦うのを選ぶとはな。大した奴だ。そいつに免じてここは退散するとしよう」

「待て高瀬!」


 アスヤが追おうとするも、降りてきたヘリの風圧で近づけない。高瀬はヘリに乗り込み、アスヤ達を一瞥して上空へと羽ばたいていった。



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