第11話 タスケテ、くっころが子種とかいいはじめました
「我こそは、アークトゥルスの誇り、サー・ウィリアム・マーシャルなり! 貴殿が、ただの簒奪者でないというのなら、その盾に描かれし紋章の名を明かせ! さすれば、この剣の錆にしてくれようぞ!」
馬車の御者台から少年が降りる。そこは街はずれではあったが、ちらほらと人影のある場所であった。遠巻きに様子を見るギャラリーが数人ほど出来ていた。
「光の勇者、アム推して参る」
少し恥ずかしそうに言ったその小さな少年に完全武装の騎士が笑いを浴びせた。
「わっぱめ! 笑わせてくれる! よかろう、その意気に免じて、一撃入れさせてやろう!」
「あ、はい。じゃあ、お言葉に甘えて」
少年は歩み寄ると片脚を上げて剣を振りかぶった。完全な素人の動きだ。兜の隙間から見える男の口が笑みの形に歪む。
少年が振った剣の腹が男の鎧に当たると、金属同士の激突する轟音と共に質量を無視しするかのように男が十メートル程転がって古い石垣に叩きつけられて止まった。
少年が御者台に戻ると馬車がゆっくりと走り始める。ぐったりとした鎧の男のそばを通る時アンは心配になってカリアに聞く。
「大丈夫かな?」
「昏倒しているだけだ、心配ない。悪いが、相手には全員生き恥をさらしてもらわなければならないのでな」
心なしか無表情のはずのカリアのそれが意地悪にアムには見えた。
カリアの考えでは、来る相手を倒せば倒すほど、『光の勇者』とやらの名声が上がるという考えらしい。
「名声を上げて行ってどうするの?」
何度か撃退を繰り返したアム少年の頭に疑問が浮かんでいた。
「折角名声を上げる機会が向こうから来てくれるのだ。利用しない手はない。光の剣の真なる担い手が我が君であることをこの地に知らしめれば、継承者を名乗る皇族とやらへ周囲の貴族や他国が疑問を持つようになるであろうからな。敵はこれを分断せよ、だ」
アムが慣れない佩刀を煩わしく感じてその剣を馬車の荷台に置いた。そこにはあの金髪碧眼の少女が大人しく座っていた。
ココとアンが彼女の紙を整えて編み込んでいる。
「私は、ジュヌヴィエーヴ・エレオノーラ・ド・ヴァロワ」
彼女はその剣に視線を向けたまま、唐突に名乗った。
「男児の生まれなかったヴァロワ家で、子供の頃から親の期待を受けて剣士として育てられた。血と鍛錬によってこそ、勇者の剣を手に出来ると教えられていたし、そう信じていた」
血が滲んだ布を巻いた手でその柄に触れる。カリアがその言葉に応える。
「血、という部分は合ってるな。正確には勇者の剣、とやらは完璧に純粋な血筋の者が継承できる、だ」
少女の目から大粒の涙が零れ落ちた。アンの表情がつられて雲り、袖でジュヌヴィエーヴの涙をぬぐった。
「ヴァロワ家は、私の曽祖父の頃までは、勇者の血を最も濃く引き継ぐ血筋として皇帝を輩出していた。それすらも嘘だというのだろうか?……」
「嘘という訳では無いだろう。ただ、世代を経て血が薄くなったというだけだ」
少女の青い瞳からはとめどもなく涙が流れ、彼女は血のにじんだ布でそれを拭い続けていた。
「ヴァロワ家は、二度と帝統に復することは出来ないのだろうか。そもそも値する血筋なのだろうか」
少女は答えが得られるのかすら分からない問いを誰へともなく口にしていた。
「確かに少し気になるな。どれ、調べてみるか」
そういうとカリアは御者席から荷台に移動してジュヌヴィエーヴの目をのぞき込んだ。
「少しの間だけ、瞬きをしないように」
その目に明滅する光点が宿る。
次から次へとあふれる涙にカリアが焦れる。
「そんなに泣いては虹彩が読み取れん」
そういうとその金髪の後頭部に手を回して唇と唇を合わせる。
「なっ! んっ! ん!」
塞がれた口から少女の声と湿った唇の音がする。一度放してカリアが苦情を述べた。
「歯を閉じるな」
「なっ!」
言わせてもらえたのはそこまでだった。カリアがジュヌヴィエーヴの鼻をつまむとまた唇を合わせに言った。
幾ら鍛えてるとはいえ、十代の少女である。都市AIのあやつるアンドロイドに力で勝てるはずもなかった。押し返そうと腕に力は入るが、岩のようにピクリとも動かない。
少女の荒い息だけがしばらく続き、時間が経つにつれて段々とその動きが緩慢になる。
カリアがジュヌヴィエーヴを開放して言う。
「比較対象が無いからなんとも言えぬが、系統ということは間違いが無いな」
涙に濡れて真っ赤に泣きはらした目でぐったり力なく横たわる少女は実際にあった出来事よりとんでもない経験をしたかのように見えた。
「きもちかった?」
アンが横たわったままのジュヌヴィエーヴそう問う。ココはカリアに聞いた。
「お薬とかいる?」
「至って健康だ。だが目から水分を失っているので水を飲んだ方が良いかもしれん」
アムはカリア達の反応にうすら寒い物を感じた。彼にはその三人が、まるで人の形をした人ではない存在のように思えた。
「だが、ジュヌヴィエーヴとやら」
カリアは御者席のアム少年の隣戻ると後ろを振り返って言った。
「お前の血統の血をより濃くする方法ならあるぞ」
それまで放心状態で横たわっていた少女の目に急激に焦点が戻ると、その体がバネ仕掛けのように起き上がった。
「そんな方法があるのか!」
膝で御者台の方ににじり寄って来る。
「ああ、ある」
「焦らさないでくれ剣士殿! 是非とも教えてもらいたい!」
ジュヌヴィエーヴの中ではカリアは剣士らしかった。
「なに、簡単なことだ。そなたは女であろう。より濃い血を持った者からその血統を分け与えてもらえば良い」
彼女は一呼吸程固まったあと、その視線をアム少年へ真っすぐに向けて来た。アムはどこか隠れるような所が欲しい気がしたが、馬車の上でそんな場所があるはずもない。
彼女は頬を染めながら切り出して来た。
「あの、どうだろうアム少年。私はこれでも良く周囲からは美女だと評してもらえるのだが、私に少し子種を分けてもらえないだろうか?」
「カリア!!!」
アムに大声を浴びせられたカリアはこともなげに口をひらく。
「皆が得をして、誰も八方丸く収まる案を出したのに叱責を受けるとは心外だ」
ジュヌヴィエーヴがカリアとアムの間に入り、御者台に腰を下ろした。
「剣士として育てられたので私はそういった作法には疎いので、そこは申し訳ないのだが、男性は大きい胸も好きなのだろう? も、もちろん年相応でしかないが、同世代の中では中々のものだと言われているのだ」
アム少年は一度相手に向かって口を開いたものの、頭の中の渋滞で言葉を発することが出来ずにいた。ジュヌヴィエーヴが一度目をそらして戻し、頬を染めながら言う。
「私は未経験なので、人に聞いた話になるが、どうもとても気持ち良いことらしいので、不快なことにはならないはずだ。以前親友に聞いた話だが、その時に男性に言ってはいけない言葉と言うのも教えてもらったので、その辺りは心配しないでくれ!」
彼女は思いついたように付け加える。
「あ、もちろん一度だけでも嬉しいのだが、出来れば子を孕むまで定期的に閨を共して子種を分けてもらえればと思うがどうだろうか? 未経験とは言っても色々聞き及んでいるので安心して欲しい。私は覚えが早いと先生方にも評判なのだ!」
アムはジュヌヴィエーヴがまくし立てる中、他の三人が通常運行を続けるのを見て、この世界では自分だけが限りなくアウェーであることを悟って少し泣きそうになっていた。
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