第10話 タスケテ、くっころが何処までも追って来ます

「勇者の剣を返せ!」


翌朝まで昏倒していた彼女は、その抜けるような青い目に怒りを浮かべて焚火のそばの倒木に他の者達と並んで座っていたカリアに向けて言った。


旗の布を巻き取った柄を腰に刺したままのカリアがその言葉に返した。


「あの剣はお前のものではないぞ」


「それは帝室の血筋のための剣だ! 大公女として私はその剣に対して権利がある!」


立ち上がったカリアに大公女を名乗った少女が身構えて一歩後ずさる。


「勇者の剣は、勇者の血筋の者で、その力を引き継ぐ権利のある者にしか抜けない。違うか?」


「当たり前だ! その子供が持っていて良いようなものではない!」


カリアがその小さな手を顎に当てるだけの動作に少女がピクリとする。カリアがその言葉に幾ばくか挑戦的な色を混ぜて言う。


「では、こう言う条件でどうだ。今ここで、お前が剣を持っていくことが出来たらそれはお前のものだ。だが、もしそう出来なかった場合は諦めろ」


少女はためらうことなく言った。


「望むところだ!」


その言葉を聞いて、カリアはアム少年に向き直って言った。


「自分の吐いた言葉には責任を持ってもらうぞ。では、我が君、お手を煩わせて申し訳ないが、その剣を地面に横たえてもらえるだろうか」


「あ、うん」


アム少年は意図が分からないままその剣を焚火から少し離れて舗装された馬車道の上に置いた。アムにしてみれば、その剣が持ち去られることも吝かではないので否はなかった。


カリアが金髪碧眼の鎧の少女に向けて言った。


「では、やって見るがいい」


少女は目でカリアを警戒したまま、石畳に置かれた剣の持ち手に手をかけた。


「ぬっ!」


剣はピクリともしない。


「こちらは食事にするとしようか」


カリアがそういうと、ココが紅茶の入ったマグと焼いていたソーセージをパンで挟んだものを配りだした。



「痛い! 痛い、痛い痛い!」


食事を終えた頃、金髪碧眼の少女が急に騒ぎ出した。ずっと剣を持ち上げようとしていた所、何とか指をその下に滑り込ませたものの、抜けなって石畳との間に挟まれる形になっていた。


「大丈夫ですか?」


そう言ってまだあどけなさをその面影に残す少年が、彼女の手を石畳に縫い付けていた剣を片手で持ち上げてその腰に差した。取り出した布で彼女の血のにじんだ手の甲を縛って血を止める。


「じゃあ、僕たちはこれで」


そう言って馬車へと遠のく少年の背中を見ていた彼女に亜麻色の髪の少女がマグに入った紅茶とソーセージを挟んだパンを渡してきた。


一度それを投げ捨てようとした彼女はひとしきり嗚咽を漏らすと、泣きながら呼吸に苦しんでパンとソーセージを紅茶で喉に流し込み始めた。


食べ終えると袖で口を拭い、マグカップを馬の背嚢に差し込んで馬車の後を追い始める。


あまり馬に負担をかけないよう気を配って馬車を追ってしばらくした頃、その影をようやく目にすることが出来た。



「馬車の者どもに告ぐ! やあ、やあ、我こそは、ペイリル王ヘンリー陛下の名代、シトリー伯爵リチャード・ネヴィルである! 直ちに勇者の剣を引き渡し、王の慈悲にすがるべし!」


馬車の行く手を塞いで大柄な男が馬上から馬車に向けて大音声で叫んでいた。


「ぬん!」


小さな影が馬車から飛び出したかに見えたが最後、大男が妙な声を漏らしてうつ伏せに落馬していた。自重があるだけに鎧がぐにゃりと変形し、そこから出るのが骨であることを彼女は見て取った。


大男の上には黄色い帽子と赤い背嚢を背負った少女が危なげなく着地していた。



「まだついて来るね」


山道に差し掛かったころ、アム少年は白馬に乗った金髪碧眼の少女を気にして言った。彼女がべそをかきながら迷子のようについて来るのでさすがに気の毒になっていた。


「この馬車にいつまでも付いて来れる訳でもない。どこかで諦めるしかないだろう」


それほど準備を入念にしてきたようにも見えず、馬に鎧を着せた状態で大した標高ではないとはいえ、山を越えることは困難なことは確かであった。


アム達の馬車は一見普通の二頭立ての幌馬車に見えるが、これは都市カリアティードの床から生えて来た物で、言ってみればナノマシンの集合体であった。馬の体力が尽きることもない。


カリアがアムに向かって続ける。


「そもそもその剣はホモサピエンス・サピエンスのDNAをキーに起動する反重力制御がなければ扱えぬ比重になっている。勇者とやらの代はどうか知らぬが、交雑が進んだ今となっては帝室とやらの誰であっても扱えぬだろう」


林で行く先の見通しが悪くなっていた場所を抜けると一見開けて見えた場所に出たが、それが落石と地すべりによる周りの立木が無くなったためであることが見えた。


結った髪がほつれ、目のクマと肌の汚れに疲れが見て取れる金髪碧眼の少女が白馬で追いついてあざ笑うように言った。


「先に進めねば簒奪もできまい! 数日すれば帝国の追ってが迫るであろうことを知れ!」


カリアは馬上でフラつく相手を気にした風もなくアム少年に言った。


「ところで、その剣には別の機能があるのだ」


「あ、どうも。 へー、そうなんだ」


アム少年は前半は馬上の少女に、後半はカリアに向けて言った。


カリアが頷いて続ける。


「あの地すべりの位置に剣先を向けて見て欲しい」


アムが言われたとおりに剣を抜いて先端を差し向ける。


「そのまま光魔法を使って見てくれ」


アム少年が言う通りにすると、たった数秒の間ながら甲高い音と共に周囲が光に白く染まり、目をしばたたかせて視界が戻ると、地すべりはどこへやら、かなり先の方まで馬車三台分はあろうかという幅で平地になっていた。


アム少年と馬上の少女が口をぽかんと開けたまま固まっていた。馬車が独りでに進み出す。


鎧を着せられたままの馬は、低く嘶いてその場に座り込んだ。



***



夜中に目が覚めたアム少年は皆で川の字になって寝ていた馬車の幌の中から外に出た。目をこすりながら火の番をしているカリアの横を抜けて、少し先の木の陰まで行くとズボンの前を下げて用を足し始める。


「ヒッ、ヒッ・・・・・・ヒッ」


最初は空耳か気のせいだろうと考えたが、明らかに微かな声が聞こえる。アム少年のそれは、最後まで用を足す前に止まってしまっていた。


振り返るか、カリアの所まで走って戻るかを真剣に検討し始めた時、耳元近くにその消え入りそうな細い声を聞いた。


「ヒィー・・・・・・」


口から心臓が飛び出しそうになるのをこらえて肩越しに振り返ると、そこには青白い影が立っていた。


装備はボロボロになり、乱れた髪には小さな枝が半本か刺さっまま、馬の背嚢のストラップだけを手に持った金髪碧眼の少女が泣きながらそこに立っていた。

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