第12話 タスケテ、謎国の国王にされてしまいます
「我が君、これから街に入るが、これから私が良いというまで、外部の人物がいる時は自主的な発言を控えてもらえまいか」
草原地帯の遠くにあった岩山が近くなり、カリアが急にそう切り出して来た。そこはセオデン・カッサール辺境伯の統治する首都、タシュケントであった。
岩山を掘削した天然の要塞に加え、帝国風の石造りの建物と遊牧民の天幕が入り混じった独特な活気のある街並みだった。
「え? なんで?」
「ここは辺境伯のおひざ元だからな。少し予想することがあるのだが、その時言質をとられたくないというのがある」
「カリアが話をしてくれるってこと?」
「ああ、任せてもらいたい」
バザールの中心からそう遠くない場所に馬車を停めると、まるで事前に打ち合わせていたかのようにココとアンが杭を地面に打ち付けて膝の高さで広めの部屋くらいの範囲を縄を囲って行った。
ココとアンが馬車の幌の中から一枚ずつプラカードを手に取ってそれを掲げ始めた。挑戦者参加費用、一帝国銀貨、賞金、十帝国金貨。
ジュヌヴィエーヴがその囲われた縄の中に入り、剣を抜くと杖のように地に突き立てて両手をその上に添えるように休めた。アム少年に振り返って言う。
「私は中々強いぞ! 子供を産ませる母体としては文句無しなくらいにはな!」
アムはこっち見ないで欲しいと思ってしまった。その声をきっかけに周囲の中高人からの注意が集まり始める。
「うぇーい! 我こそはってやつ、いる? 腕に自信あんだったら、マジで挑戦しに来なよ!」
ハロウィンの魔女コスプレでアンが声を張り、ココは器用に片脚でプラカードを頭の上に乗せてバランスを取ってクルクルと回っていた。
ざわざわと人のざわめきと、遠巻きに見る人影が増えだす。ジュヌヴィエーヴが焦れたように大声で言う。
「なんだ、辺境伯の元に集うは精強と聴きしが偽りであったか! 我はジュヌヴィエーヴ・エレオノーラ・ド・ヴァロワ大公女である! この百合の紋章に土をつけることが出来ると思うものは中に踏み入れよ!!」
ジュヌヴィエーヴは悠然と周囲を見渡した後、再び口をひらく。
「草原の男は腰抜け揃いか!? かつての騎馬軍団が、エピシュウェームの蛮族を退けたは法螺話か!」
その場が水を打ったかのように静まり返った。目の座った男たちの視線に空気にピリピリとしたものが走る。
「そこまで言われちゃあ、黙ってる訳にはいかねぇな」
そういって大柄な男が投げたものをアムが空で受け止める。それは一枚の帝国銀貨だった。
「はいはーい、ピンのお客さん、こっちどーぞ!」
男は縄を跨ぐと地に唾を吐いて言った。
「お嬢ちゃんよぉ、超えちゃいけない一線を越えちまったな」
「御託はいいから来い」
ジュヌヴィエーヴが相手の口上を遮ると、男は不機嫌を隠さずに剣を抜き放って言った。
「死ね! 小娘が!!」
男の剣が振り下ろされるより早く、ジュヌヴィエーヴが距離を詰めて相手の顔面に籠手をめり込ませ、怯んだ一瞬で肘と手首に手をかけると関節技で相手を地に押し付けた。
「ガーッ!」
ジュヌヴィエーヴが体重をかけると男が叫んだ。アンが男に向かって言う。
「てか、これ以上やったら二度と踊れなくなっちゃうけど、いーの? 降参するなら今のうちだよ?」
「参った! 参ったから放してくれ!」
ジュヌヴィエーヴが男を放すと、彼はすごすごと消えていった。
「いいぞ、ねーちゃん! 口だけ野郎はやっちまいな!」
周囲に笑いが起こる。興が乗ったのか、一人縄の囲いの中へ前進鎧の男が入って来た。銀貨が放物線を描いて案へと飛ぶ。
「ラダイアサのガンギルモだ。ゆくぞ!」
男が言うが早いか、ポールアームを突き出す。ジュヌヴィエーヴがその一撃を剣でいなすと、男は付きを戻すはずのタイミングでもう一段突いてきた。
ジュヌヴィエーヴは胸部を守るアーマーで相手の穂先を滑らせると、相手の体重が乗った膝を思い切り踏み抜いた。
獣の断末魔もかくやという苦痛の叫び声が木霊する。
そのプレートアーマーごと膝が少なからず逆に向いて曲がっていた。男の口からは泡とうわ言とも取れる声を漏らす。
「は? ギブなん? そんな蚊の鳴くよーな声じゃ、わかんないんだけど?」
ジュヌヴィエーヴがアムに向かって興奮した子供のような口調で言った。
「どうだ!? 中々のものだろう! これはかなり孕ませ甲斐があるのではないか!?」
アム少年は幌の中に隠れようか迷ってすこしキョロキョロとしていた。
僧侶服のココが担架を抱えて縄の囲いの中へと入り、男の横にそれを広げながら声をかける。
「はい、外に出て膝もどしますからねー、今は我慢してヒッヒッフー、って息してね」
アンと二人で男を外へ連れ出す。それまでに小さな列を作っていた男たちが散り散りに去っていき、一人だけが残った。
「ノルト・グラスランドのマカパインだ」
そう名乗った男はアンの手に銀貨を押し付け、縄を跨いで囲いの中へと踏み入れた。
「ジュヌヴィエーヴ・エレオノーラ・ド・ヴァロワ大公女殿下、剣を交える栄誉を賜りたく、このノルト・グラスランドのマカパイン、急ぎ馳せ参じました」
軍服を隙無く身にまとったその男は静かにそう告げた。
「うむ、相手にとって不足なし! 参られよ!」
男は礼をして剣を上段に構えた。
先に動いたのはジュヌヴィエーヴだった。突きと見せてマカパインの剣が降りて来ると、その手首へと剣漸が翻る。男が潜り込むように肘で彼女の剣の束を抑え込むと体の側面をそのままぶつけて来る。
ジュヌヴィエーヴは後ろへ飛び退るが、男は勢いを殺さず彼女の持ち上がってしまった腕を下から押し上げる形で逆手に持った剣を彼女の胸めがけて突き立てようとした。
あわやという瞬間に男が後ろへ素早く下がった。そこには二人の間にしたから滑り込んだカリアが、旗を持った腕を男に向けて伸ばしていた。
「そこまでだ。これはお前のものだ」
男に向かって金貨の入った袋を投げた。
「ち、違うんだ! 三人目になっていたので不利になっていただけだ! 母体としては優秀なのだ!」
などとジュヌヴィエーヴはアムに向けて意味の分からない供述をした。男がカリアへ向けて金貨の袋を投げ返す。
「この賞金は返上する。その代わり、そちらにおわす光の勇者との手合わせを願えないだろうか」
彼の剣先がアムに向けられる。
カリアを見ると、彼女はアムに向けて目で頷いて見せた。
アムがロープの囲いの中に入ると、カリアがすれ違いざまに彼に言う。
「被害が出ないよう上向きに加減してやってくれ」
中央近くまで行き、剣を構えると男がアムに向けて言った。
「かたじけない。では、行くぞ少年!」
男が素早い身のこなしで彼に迫る。本来なら素人のアムに捉えられる相手ではなかった。だが、そのマカパインと名乗った男の剣先が本来なら胸に刺さる所、彼に届く手前で火花を散らしながら横へと滑って行く。
「おい、嘘だろ、本物かよ……」
独り言ちの男の言葉にアムは内心謝りながら勇者の剣を下から上へ振り上げた。この剣には力や技は関係が無いのだ。
男は諦めの薄笑いを浮かべてその剣を体に受けていた。
まるでバットに軽いボールがあたった程度の感触で宙に舞う。頑張って加減したアム少年だったが、それでも二階建ての屋根くらいまでは飛んでいた。
***
辺境伯セオデン・カッサールは髭を蓄えて堂々とした美丈夫だった。
「砂漠に国ですと?」
驚いて目を向けたアム少年の視線の先で、カリアがしれっとして相手にこたえる。
「である。我が国アクティナは、光の勇者であるアム様を頂点とする国家であり、これを隣国である帝国へ告げるものである」
アム少年の口が開いたままになった。
セオデン辺境伯の執務室であるその場には、マカパインと名乗った男が薄い苦笑いを浮かべて同席している。彼から顛末はきいているようで、本来なら一笑に付される話が奇妙な現実味を帯びて目の前に提示されていた。
辺境伯の目がアム少年とカリアに交互に目を向けた後、ジュヌヴィエーヴへと向けられる。
「ジュヌヴィエーヴ大公女殿下、これは、相違ございませんでしょうか?」
ジュヌヴィエーヴが深刻な顔で辺境伯へこぼす。
「うむ。私もアム殿へ輿入れとまでは言わなくとも、子種を分けてもらいたいのだが未だ色よい返事がもらえていないのだ。辺境伯は何か良い案は無いだろうか?」
辺境伯はいよいよ混乱した表情になり、一度何かを言おうとしたらしい口を閉じた。
アム少年はカリアの横顔を見た。今になって気が付いたが、彼女は『我が君』と常に言っていたではないか。彼は今になって自分の迂闊さを思い知った。
発言を控えて欲しいと言われたのはおそらくこの場を予測してのことであろう。何かを言っても何も言わなくても状況がこじれそうな事態に、彼はカリアがわざと左右が崖になっているような逃げ道の無い一本道を作り上げているのではないかと思えてならなかった。
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