第3話 報酬は「治癒」でも、世界は優しくならない

朝の空気は冬のように冷たかった。

るなは布団の中で、しばらく動けずに居た。

昨夜の夢ーーあれは夢だと言い聞かせても、

るなは納得する事が出来なかった。


「ヌング…レゾン…」


ぼそりと呟く。

反射的に影との出来事を思い出し、刺された太ももあたりに手を置く。


「痛くない…」


左太もも。

あの包丁が刺さった所。


赤黒い血が流れ、痛みで叫び、倒れた、そう感じたはずなのに。


〈現実世界にも何らかの変化が起きるでしょう。〉


レゾンの言っていた言葉が脳内に流れてくる。

触っても、押しても痛みがない。

薄暗い部屋の光で見ても、傷どころか、日常的に暴力を受けて残った青紫のアザまで消えていた。


「…全部、無くなってる……」


思わず息がつまる。


これは、夢で受けた 治癒 の影響じゃない。

夢と現実は干渉しないと、どこかで分かっている。

だからこそ、この現象に説明がつかない。


「どうして…?」


恐怖でもなく、喜びでもなく、

ただ、困惑だけが胸を占めていた。


るなは制服に着替え、自室の扉を静かに開け、足音を消して廊下を歩く。

母親はまだ寝室で眠っているらしい。

いつもなら怒鳴り声で叩き起される時間だった。


るなはそっと玄関のドアノブに手をかける。


「……行ってきます。」


誰も聞いていない、誰にも必要とされていない言葉を落とし、扉を開けた。



夏の朝はじんわりと暑く、セミの鳴き声が少しだけ五月蝿く感じてしまう。


学校へ向かう道は、るなにとって「処刑場への道」と同じ意味でしか無かった。

それでも歩かなくては行けない。

逃げ道など、どこにもない。


「レゾンが居てくれたら…」


昨夜の夢の中の私はあんなに動けていたのに。

思い出すほど、現実の自分は無力だと痛感する。


⬛︎学校にて


校舎に入った瞬間、3人の少女がるなに気づいた。


・髪をポニーテールにした、リーダー格の 高梨

・いつも人の悪口を囁く ミオ

・無表情で、ただ見下す眼差しの ユナ


「…あ、来た」


高梨が不敵な笑みを浮かべ、るなの靴箱の前へと滑るように移動した。


るなが靴箱を開けた瞬間ーー

鼻を刺す悪臭が飛び出した。


中には、腐りかけの給食の残りと、濡れた雑巾が詰め込まれていた。


「くさい……」


反射的に手で鼻を抑える。


すると高梨が、面白がるように言葉を発する。


「汚いからさ、掃除してあげたんだよ? 喜んでよ、月城さん」


ミオが続けて、わざとらしい声を出す。


「ねえねえ、なんでそんな顔してるの? 怒っちゃった? 怒る資格あると思ってんの?」


ユナは無言で、るなの表情を観察している。


るなは言い返さない。

声を出せば、もっと面倒になる事を知っているから。


濡れた雑巾を取り出し、汚れた上履きをぎゅっと握る。


「きもちわる…」


高梨が背後から小さく吐いた。


「それ履くの? うけるんだけど」


無視して、るなは上履きを履き替えた。

足元が冷たくて、湿っている。

夏の暑さをかき消すような気持ちの悪い感覚が体に染み込んだ。


(…早く教室行かないと。)


逃げるようにその場を後にして、るなは階段を上がった。


教室に入ると、静まり返っていたはずの空気がざわついた。


「…来た」


「また泣くのかな?」


「机、今日もやっとく?」


聞こえるように囁く声。

何度聞いても慣れない。

何度聞いても、心が削られる。


るなが席に近づくと――机の中身が全部床に捨てられていた。

ノートはびりびりに破かれ、教科書にはマジックで落書きがされている。


それを見た瞬間、るなの喉がきゅっと締まった。


高梨が近寄り、耳元で囁く。


「さっさと拾えば? 犬みたいに」


るなは言い返さず、ひとつひとつ拾い集めた。


授業が始まるころには、心の中は真っ暗になり、るなの瞳には、何も写ってなかった。



「月城、また教科書持ってきてないのか?」


先生の声が響く。

その声に教室中の視線が集まる。


(……ある。けど、使えない)


破かれた教科書を開くと、

重要なページは全部切り取られていた。

残っている部分にも落書きが描きこまれていて、読むことすら難しい。


「ご、ごめんなさい……」


掠れた声で答えると、先生はため息をついた。


「忘れ物の多さは自分の責任だろう? しっかりしなさい」


(……違う)


言いたかった。

でも言えない。

言えば、またいじめが悪化するだけだ。


背後から、押し殺した笑い声が聞こえた。


「サボりじゃん」

「また怒られてるよ」

「かわいそ〜」


胸の奥がひどく痛くて、涙がにじみそうになった。



ーーー放課後


帰りのホームルームが終わると、るなは急いで帰ろうとした。


が――教室のドアの前に、高梨たちが立っていた。

逃げ道が塞がれる。


「ねえ、ちょっと来てよ」


その言葉の意味を、るなは知っていた。

反抗などできない。

身体が勝手に従ってしまう。


廊下の端の、物置部屋に連れ込まれる。

扉が閉まった瞬間


ミオがるなを押し倒した。


「あーあ、ほんと弱いよね」


ユナは無言でるなの制服を握り――

ビリッ。


胸元の布が破れる。


「や……やめて……! やだ……!」


声を出した瞬間、高梨が頬を叩いた。


パァン!


「あんた、黙ってればいいでしょ?」


ビリ……ビリ……


スカートの裾も破られ、糸くずが床に散らばる。

るなは必死に制服を押さえた。


「お願い……やめて……っ」


その願いは届かない。

ミオが笑いながら言う。


「泣くの遅いんだよ、つまんない」


ユナがるなの胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。

ドンッ!


呼吸が止まった。

高梨は、楽しそうに、ゆっくりとるなの首元を指でなぞった。


「帰り道、どうやって帰るの?」


笑顔は美しいのに、目は氷のように冷たい。

るなは、何もできず、ただ震えた。

制服も心も、ぼろぼろになりながら。



汗ばむような夕方、夕焼けが少女の肩を照らす。

夕焼けが滲んで見える、涙が止まらなかった。


「……なんで……」


夢の世界では、母親の影を倒せた。

恐怖に勝てた。

レゾンがそばにいてくれた。


なのに。

現実世界の自分は、こんなにも弱い。


「……会いたいよ……レゾン……」


力が使えたのは 眠っているときだけ。

それが、るなの世界の理。


だからるなは、震える手で制服を押さえながら、

ただひとつの希望を胸に家へ帰った。


今夜もまた、あの世界へ行けますように――と。



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なにもない です。

ここまで読んで下さりありがとうございます。

拙い文ですが誰かが応援してくれる、いいねしてくれるって凄い力になる事に気づきました。

内心すごい喜んでます!(笑)

月城るなちゃんが今後どうなっていくのか皆さんで見守ってあげてください。

次話では最後にキャラクター紹介的なやつを載せたいと思っています。


不定期投稿ですが、よろしくお願い致します。

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絶望値:Eの魔法少女 なにもない @nimonai

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