しりとり告白

桜森よなが

しりとり

 視界すべてが真っ白になるくらい、激しく雪が降る日。

 僕と彼女は、二人だけのバス停にいた。


「まさか、今日、休校だったとはねー」


 塗装がところどころ剥げた青いベンチに座って、彼女は足をぶらぶらとする。

 なんとなく、僕も同じように軽く足を揺らしてみた。


「知らなかったの、僕たちだけだったみたいだな」

「うん、学校来たら、誰もいないんだもん、驚いちゃった」


 どうやら担任の先生から家に電話があったらしいけど、僕と彼女はそれが来る前に、家を出てしまったようだ。

 

「毎日、僕と一緒に学校行こうとしなくていいのに。そうしたら、美優は今日、こんなことにならなくてすんだかもしれないし」 

「それはそうだけど、でも……もう、バカ!」

「なんで怒ってんの?」

「あなたのそういうところに怒ってるの!」


 ふんっと言って顔をそらす美優。

 意味が分からない。

 僕、なにか不快にさせるようなこと言ったか?


 美優は幼馴染だが、彼女のことを理解できたためしがない。

 小さいころはよく一緒に遊んでいた。

 下手くそな絵を描いたり、歌を歌ったり、かくれんぼをしたり、おにごっこをしたり、しりとりをしたり。

 だけど、中学生になると、そういうことはしなくなった。

 僕の方から彼女と離れたのだ。

 だって、僕は男と遊んだほうが楽しいし、彼女も女と遊ぶ方が楽しいと思ったのだ。


 でも、遊ばなくなっても、彼女は僕と一緒にいようとした。

 一緒に登下校をしようとしてきたり、お昼ご飯を食べようとしてきたり。

 美優は同性の友達が多かったので、その子たちとご飯を食べたり、一緒に学校に行けばいいじゃん、と言うと、彼女はすごく怒ってきた。

 本当にわからない、美優のことが。女の子はみんなこうなのだろうか?


 そんなことを考えていると、はぁっと大きなため息が隣から聞こえてきた。

 なんだか少し重たい空気になってしまい、そんな場の雰囲気を壊そうと、僕は口を開く。


「バス、なかなか来ないな」

「一時間ごとにしか来ないもの。当たり前じゃない」

「そうだけど、でも、都会はさ、一つ逃してもあっという間に次が来るらしいよ」

「なに、あなた、もしかして都会に行きたいの?」

「うん、高校は都会の方にするかも」

「ふーん……」


 と手袋で覆った手を頬に当てて、どこか遠い目をする彼女。

 それから、しばらく会話がなかった。

 積もった雪の重みでぎしぎしと鳴っているバス停の庇の音だけが、ただ聞こえてくる。


「暇だね」


 沈黙を破った彼女の言葉はそのような簡素なものだった。


「そうだね」


 と僕もつまらない返答をしてしまって、またお互い長いこと無言になってしまった。

 しかし数分後、突然、彼女がこんなことを言いだした。


「ねぇ、久しぶりにさ、しりとりしない?」

「しりとり? まぁいいけど」


 正直あまり気乗りしなかったけど、まぁ他にすることないしいいか、と思って了承した。


「じゃあ、私から、しりとりの『り』からね、リンゴ酢」


 なんでリンゴ酢なんだろう、リンゴでよくない? まぁいいけど。


「『す』か……スイス」

「好き」

「へ?」

「だから、好き」

「あ、ああ、好きね、『き』か……」


 一瞬、好意を伝えられたのかと思ったよ。

 僕の目を真っすぐ見つめて言うから、勘違いしちゃったじゃないか。


「き、き……希望」

「嘘」

「そ、そ……ソーダ」

「大好き」

「へ? あ、ああ、大好きね、うん……」


 また僕の目をまじまじと見つめて言ってくるもんだから、少し動揺してしまった。

落ち着け、これは単なるしりとりだ、告白とかじゃない。


「き……き……金庫」

「コンロ」

「ろ、ろ……ロシア」

「愛してる」


 とまた彼女は僕の目をじっと見つめて言ってきた。

 ちょっとドキッとしてしまった。

 なんなんだよ、さっきから、わざとやってるのか?

 落ち着け、冷静に冷静に……しりとりの続きをするんだ。


「る、る……留守」


 と言ったが、彼女の反応がない。

 僕が訝しんでいると、


「なんでよ……」


 と呟いて、彼女は身体を突然プルプルと震わせ出した。


「え、ど、どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ、なんで私の告白をさっきからずっと無視するのよ!」

「へ、告白? え……まさか、好きとか大好きとか愛してるって言ってたのってそういうこと?」

「そうよ、ばかぁ! このにぶちん!」


 と叫びながら、ポカポカと僕を殴ってくる。

 え、えー、わかりづらっ!

 普通にしりとりしてるだけかと思ったじゃないか!


「わ、悪かったよ、気づかなくて、ごめん」

「謝罪なんていらない、それより、返事は?」


 返事か……どうしよう……。


「早くしなさいよ」

「と、とりあえず、しりとりを続けないか? 返事はその後ということで」

「ええ……もうしかたないわね……」

「僕がさっき留守って言ったから、君は『す』からね」

「す、隙間」

「ま、ま、豆」

「め……メシア」

「愛してる」


 美優の目を直視しながら言うと、彼女はきょとんっとした後、かぁっと顔を赤くした。


「そ、そ、それって……」

「うん、僕の君への気持ちだよ」

「わ、わかりづらいわよ、このばかぁ!」

「君がそれ言う!?」


 ポカポカと殴ってくる美優。

 彼女が落ち着いたのは、それから十分後だった。

 お互い疲れ果てて、しりとりを続ける気にもならず、ベンチに座って、ただぼーっと雪景色を眺める。


「バス、まだ来ないのか」

「あと三十分ね」

「そんなに先か……」


 ふぅーふぅーと手に白い息を吐いていると、彼女が手袋を一つ外して、僕の方に差し出してくる。


「はい、片っぽあげる」

「いいのか?」

「うん」

「でも、片方だけ温かくなってもな……」


 と言いながら、手袋をはめると、美優がこう言ってきた。


「もう片方はほら、こうすればいいじゃない」


 彼女が手袋をはめていない方の僕の手を握ってくる。

 

「うん、そうだね」


 彼女の手を強く握り返した。


「ね、高校、一緒の所に行こうね」

「……うん」


 凍えるような雪の日なのに、彼女とこうしていると、全然寒く感じなかった。

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しりとり告白 桜森よなが @yoshinosomei

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