第2話 クロスクロムガーデン
クロスクロムガーデンは美波里がハマっていたゲームで所謂、乙女ゲームというジャンルらしい。
人族と魔族が争いを繰り広げる世界で、魔族の魂を浄化出来る聖女とそんな聖女の盾であり剣である聖騎士。
物語は主人公であるマリー(デフォルトネーム)が聖女見習いとして魔族狩りを育てる名門校、クロスクロムに入学してくるところから始まる。
異能や剣術で物理的に魔族を殺すことが出来る騎士と違い、魂を浄化し魔族が転生し蘇ることを防げる聖女は貴重な存在で。
騎士見習いである男子学生にとって聖女と特別な絆で結ばれた聖騎士は憧れの存在。
マリーは学生生活を通して騎士見習いの少年たちと絆を結び、やがて自らのパートナーに選んだ聖騎士と共に何千年に及ぶ人族と魔族の戦争に終止符を打つため奮闘する。
というのがクロスクロムガーデンの大まかな内容だ。
ちなみにタイトルのクロスクロムガーデンはマリーが自らの聖騎士となる少年と学園の庭で契約を結ぶことからこの名が付けられているんだとか。
(そして俺は、マリーの同級生であるレティシアの義兄ユリウス……を騙る悪魔に転生したわけか)
マリーと同じ聖女見習いであるレティシアには強力な異能と優れた剣の腕を持つ兄ユリウスがいたが、彼は幼少のころから不治の病に侵されており、レティシアが学園に入学するちょうど一年前の冬にスフェンハイム家を襲撃した魔族との戦闘中に病状が悪化し命を落としてしまう。
スフェンハイム家を襲撃した魔族はユリウスと相打ちになる形で死亡しレティシアの手によって浄化されたが、敬愛する兄の死によって心を病んでしまったレティシアは禁術に手を染めユリウスの肉体を基にスフェンハイム家が封印した太古の悪魔を喚び出したのだ。
クロスクロムガーデンの世界において魔族と悪魔は別の存在で。
悪魔は地上の支配権を争う人族と魔族とは別の、全く異なる世界からやってくる脅威として描かれている。
(レティシアは兄を殺した魔族を憎むあまり悪魔の力にも縋った)
スフェンハイム家に封印されていた太古の悪魔はレティシアの召喚に応じ、ユリウスの肉体を自らの器として再構築しこの世に実体を持って現界した。
(先ほどの会話から考えると、今がちょうどユリウスの肉体を器に太古の悪魔が蘇った瞬間というわけか)
「レティシア」
「近づかないで。 これは命令よ」
(さて、どうするべきか)
レティシアは俺をスフェンハイム家が封印していた太古の悪魔だと思い込んでいる。
だが、実際ここにいるのは令和の世を生きたただの男子大学生、
(とはいえ、ここでいきなり真実を告げるのは危険か)
信じてもらえなさそうというのもあるが、原作通りならレティシアの精神状態は今とても不安定だ。
再構築されたとはいえ、敬愛する兄の肉体に何処の誰とも分からない男が宿っていると知れば何をされるか分からない。
(最悪、殺そうとしてくるかもしれない)
仮に、今の俺が太古の悪魔の力を使えるのだとするならこの場から逃げ出すことは可能だろうが、だとしてもいきなり異世界で逃亡生活するのはどう考えても無理な話だ。
「……そう。 どうやら、契約は上手くいったみたいね」
考えを巡らす間、動かずにいた事でレティシアは自らが出した命令を俺が聞いたのだと勘違いしたようだ。
本当は問題なく体を動かせたが、ここで下手に動いて彼女を怖がらせるのは得策ではない、それに、女の子を無暗に怖がらせるようなことを俺はしたくなかった。
「レティシア」
「なにかしら」
きっ、と睨みつけるようにこちらを見上げるレティシアだが。
よく見れば彼女の体は震えていた。
(ああ、そうか。 俺は―― )
「俺は貴女を傷つけない」
「っ、悪魔の言葉なんて、信じないわ」
「ああ、だからこれから。 信じてもらえるよう努力していく」
「そう……好きにすれば」
(とりあえずの方針は決まった)
レティシアの信頼を勝ち取るまで、俺は太古の悪魔のふりをしよう。
そして。
目の前で震えている彼女を、何があっても護り抜こう。
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