第7話 諏訪の過去

 諏訪がまだ生きており、情報屋で働いていた頃。

 当時結婚していた諏訪は、妻であるミカと仲睦なかむつまじく暮らしていた。

 寝坊した諏訪が、職場に遅刻しそうな様子を見る事が朝の日課になっているミカ。

 慌ただしく出ていった諏訪を見送るも、ミカは玄関に置かれた風呂敷ふろしきを見て驚愕する。


「お弁当忘れているわよあなた!」


 そうして外に出るも、彼の姿はとっくに見えなくなっていた。


「もう……どうしてあの人はこう、慌ただしいのかしら」


 そんな彼に惚れたミカだが、いつもの事だと思うとクスッと笑う。

 ミカはお弁当箱を包んだ風呂敷を持ち、諏訪の職場へと足を運んだ。


 お弁当を忘れた事を知らない諏訪は職場に辿り着き、ドアを開ける。


「すんません寝坊しました」

「今日で24回目だな。そんな悪い奴には朝から集金に行ってもらおう」


 情報屋ホストのトップである女性『ホスト・クランキー』が、諏訪に集金を命じる。


「ほれみろマルタ、やっぱり遅刻してきただろ? 賭けは俺の勝ちだな」

「私も遅刻すると思ってたよ、こんなの勝負にならないから!」


 諏訪が遅刻してくるのに賭けていた二人組『奇天烈 奇才きてれつ きさい』と『マルタ・コースフェルト』が、諏訪を見て笑っている。

 諏訪、ホスト、奇天烈、マルタの4人組からなる情報屋ホストは、今日もいつも通り営業していた。


「じゃあ集金に行ってくるぞ」


 諏訪はカバンを肩にかけ、事務所を後にしようとする。


「お土産よろしく諏訪!」

「はいはい」


 マルタの言葉にてきとうな返事をした諏訪は、扉を開ける。

 すると、目の前にはミカが立っていた。


「な、ミカ! なんでここにいるんだよ」

「だって貴方がお弁当を忘れるから」


 ミカは持ってきた弁当を、諏訪の目の前に指しだす。

 諏訪は「またか」と自分を叩く。


「やぁミカさん、諏訪の馬鹿がまた忘れたようだね」


 諏訪の後ろからホストが顔をのぞかせ、ミカに挨拶をする。

 諏訪が何度も忘れる度に事務所まで届けに来ていたミカは、彼らにとって顔馴染みになっていた。


「ご無沙汰してますホストさん! うちの人ったら今日も寝坊して……」

「仕事は優秀なんですけどね、彼は少し忘れっぽいみたいです」


 二人は諏訪で笑い合い、当の本人は恥ずかしさでいっぱいだった。


「おい、そんな事より家まで送るよ。良いだろ? ホスト」

「構わないさ。奥さん、大事にしなよ?」

「言われなくても、当然だ」


 諏訪は仕事道具を置いてミカを誘導し、事務所を後にする。

 それに気付いたホストは頭を抱える。


「諏訪め……仕事やる気ないでしょ」


 呆れた口調で愚痴を漏らすホストが、仕事道具を片付けているとある物を見つける。


「あの馬鹿。こんな大切なものまで、普通忘れる?」


 それは銀のロザリオであった。

 諏訪の妻であるミカが、諏訪の為に用意したお守りである。

『無事に帰ってこられますように』と願いを込められたロザリオを、諏訪は片時も離すことは無かった。


「……無事だといいけど」


 ホストは今日の諏訪の行動に違和感を覚え、二人の無事を願う。

 しかし、その願いが届く事は無かった。


 諏訪は仕事道具を忘れたことなど気付いておらず、ミカと楽しげに帰る様子を見せている。

 普段と変わりない通り道。

 何かが風を切ったと思うと、諏訪の胸に小さな穴が空く。


「……なんだ?」


 諏訪の胸が酷く痛み、立っているのがやっとの状態になる。

 それに気付いたミカは諏訪を見て叫び、体を支える為に近付く。


「貴方! 血が……胸から血が!」


 慌てる二人をスコープ越しに覗く怪しげな人物が二人。

 諏訪から数百メートルは離れたビルの屋上から、彼らは見下ろしていた。


「ターゲットヒット。隣の騒がしい女は誰だ?」


 狙撃銃を構えた男がそう問いかける。


「恐らくアイツの女だな。邪魔になるようなら撃て」


 観測手の男がそう言うと、狙撃手の男は引き金を引く。

 火薬の爆発音と共に発射された弾丸は真っ直ぐに進んでいき、ミカの頭を正確に撃ち抜いた。

 着弾した衝撃でミカの頭は弾かれ、噴水の様に血を吹き出しながら倒れる。


「み、ミカッ!」


 瞳孔が開き、先程まで流していた涙の後が残る顔。

 もうその視線は諏訪に向けられる事はなく、彼女はその生涯を終えた。

 諏訪はミカに寄り添おうとするが、肺を撃ち抜かれたのか思うように動くことが出来ない。


「頭に直撃命中! 流石は俺だな」


 一撃必殺を与えた狙撃手の男は先程の光景を目の当たりにして、そう言い放つ。

 喜ぶ狙撃手の男をよそに、観測手の男は淡々と諏訪を狙うように指示する。


「諏訪が生きてるぞ、トドメをさせ」

「はいはい、了解しましたよっと」


 狙撃手の男がまたもや発砲する。

 今回の弾丸も諏訪の頭に命中し、絶命させる。


 (ミカ……)


 為す術もなく撃ち抜かれた諏訪は、愛するミカの隣で倒れる。

 二人の血は混ざり合い、用水路へと流れていく。


「……頭に命中、諏訪含む二名の死亡確認。撤収するぞ」

「ざまぁねぇな。に逆らうからこうなるんだよ」


 目標を達した男達はその場を後にした。



 クレアを見ていた諏訪は昔を思い出し、過去に浸っていた。

 焦点の合わない瞳が向けられ、意識が虚ろになっている。


『……わ! ……諏訪!』


 どこからともなく諏訪を呼ぶ声が聞こえる。

 ハッとした諏訪が顔を上げると、不思議そうな顔をした四星が諏訪の顔を見ていた。


「何ボーッとしてるんだお前、大丈夫か?」

「あ?……大丈夫だ。少し、昔を思い出しただけだ」


 諏訪を気を取り直し、改めてクレアを見る。

 先程よりは幾分か怒りが収まっているが、依然としてクレアは諏訪に対して許していなかった。


 (このガキを護衛か……それで俺は許されるのか?ミカ)


 あの世にいる妻に対して、そう疑問を呈する。

 当然答えが帰ってくることもなく、諏訪は少し考える。

 そして、彼は不意に頭を下げる。


「お前の護衛を馬鹿にして悪かった」


 その言葉を聞いた三人は驚き、互いに顔を見合わせた。

 頭を下げた諏訪は顔を上げ、クレアに対して謝罪する。


「昔の事に囚われて意固地になっていた。俺にお前の護衛をやらせてもらえないか?」


 ちっぽけなプライドを捨てた諏訪を見て、クレアは「しょうがないなぁ」といった表情で諏訪に指をさす。


「これからしっかり働いて貰うから……!」

「勿論だ」


 その言葉を聞いたクレアはいつもの笑顔を見せ、手を開く。

 諏訪はクレアの手を取り、握手を交わす。

 二人の握手を見てロバートは拍手を送り、四星は「やれやれ」と緊張が解れて肩を落としていた。


「それじゃあ仲直りもした事だし、食事にしよう!」


 食事の言葉で思い出した四星とロバートは「あっ」と声を漏らす。

 その声を聞いたクレアは二人を見て、嫌な汗を流す。


「もしかして、準備出来てなかったの?」


 そう言われた二人は頷き、クレアは机に突っ伏してしまう。

 いまいち状況が掴めない諏訪は、声をかける。


「なんだ、お前ら料理出来ないのか?」

「うん……私達、どうやら誰一人料理出来ないみたい」


 諏訪は頭を抱えた後、冷蔵庫の方へと向かって行く。


「冷蔵庫開けるぞ」

「いいよ〜って、もしかして諏訪は料理が出来るの?」


 冷蔵庫の中身を確認しながら、諏訪は答える。


「簡単な物で良いなら作れるぞ。というかマジで何も無いな」


 冷蔵庫から卵を取り出した諏訪はキッチンに向かい、調味料を確認する。


「食材は無いのに調味料は豊富だな。三日坊主になったのが目に見えるぜ」


 図星を突かれたクレアと四星は少し落ち込んでしまう。

 パスタを取り出した諏訪は鍋に水を張り、お湯を沸かす。

 フライパンで卵を熱し、調味料で味付け。

 茹でたパスタをフライパンに移し、味を馴染ませる。

 完成したパスタを四人の皿に並べ、上から目玉焼きを乗せる。

 完成したパスタを全員の前に並べ、諏訪も席に座った。

 あまりの手際の良さに、三人は開いた口が塞がらなかった。


「どうした? 簡単なパスタ料理だが、食わないのか?」


 諏訪は三人を気にせず、一人食事を始めた。

 クレア達は恐る恐るパスタを巻き取り、一口食べる。

 味がきちんと整えられ、卵の美味さがキチンと伝わる素晴らしい料理だった。


「お、美味しい!」


 クレアは思わず感嘆の声を上げる。

 その声を聞いた四星とロバートは「うんうん」と首を縦に振った。


「お前がこれほど美味い料理が出来るなんて思わなかったよ」

 

 四星も思わず声を漏らし、諏訪を褒めた。

「当然だ」とでも言うのか、諏訪は表情一つ変えずに食べ続ける。


 一同が食べ終わり、諏訪が洗い物をする。

 後片付けをする諏訪を見ながら、四星は諏訪に質問した。


「諏訪、お前やり残したことはあるか?」

「やり残した事だと?」


 諏訪は蛇口を閉め、手を拭きながら諏訪に振り返る。


「無ければ構わないが、何かあれば手伝うぞ」


 そう言われ、諏訪は考える。

 諏訪にはミカにもう一度会いたい気持ちがあったが、彼は既に過去と割り切っていた。

 一度死んだこの身でやり残した事を考える。

 そして、一つの事が思い浮かんだ


「そうだ……生前の職場が気になるな」

「ホストの事か?」


 諏訪は頷く。

 諏訪が亡くなってから日は浅く、彼に関する情報は未だ現存している。

 生前務めいた情報屋「ホスト」がどうなっているのか、彼は不意に気になった。


「ホストか……よし、私と二人でいくか」


 そう言った四星が机から立とうとすると、諏訪はそれを制止する。


「いや、様子を見るだけだから大丈夫だ。これからもたまには顔を出したいからな。一人で行ってくるよ」

「そうか? じゃあ私達は待ってるからな。あまり遅いと先に寝てるから」


 諏訪は手を振って答え、外に出ようとする。

「待って!」とクレアが諏訪を止めた。

 諏訪が振り返ると、クレアが諏訪にミガワリ符を二枚手渡す。


「これ、ミガワリ符。持っていると死んでも蘇るから!」

「そいつはすげぇな」


 諏訪はミガワリ符を見て、あの日の事を思い出した。


 (あの日、これを持っていれば俺達は……)


 諏訪は考え事を振り払い、ポケットにミガワリ符を詰め込む。

「ありがとよ」と、今度こそ諏訪は扉を開け外に出た。


 ミガワリ屋を出ると外はすっかり暗くなり、路地裏は朝に比べ物騒に見える。

 諏訪は気にせず歩き始め、現在地を確認しながらホストの事務所へと向かっていく。

 現在地を確認すると諏訪はタクシーを拾い、事務所付近へと案内させた。


 数十分で事務所近くに辿り着き、タクシーを降りる。

 少し歩いた先に見える扉。

 何も書かれていないが、諏訪の記憶が間違いなくここが事務所の扉だと記憶している。

あっさり扉の前に立てた諏訪は、その呆気なさに呆然としながらも、ドアノブを握ったのであった。

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