第8話 今を生きる者と、過去に生きた者

 ドアノブに触れた諏訪は、少し緊張してしまった。

一度死んだ人物が、再び戻ってきた時の彼女達の反応、そして何を言われるのかを。

しかし、そんな事を考えても自体は進展しない。

意を決し、諏訪はドアノブを捻ることにした。

 しかし、鍵が掛かっているのかドアノブは回らない。


「出掛けてんのか?」


 諏訪が何度かノックをするが、中から返事は帰ってこない。

 諦めて帰ろうとして振り返ると、諏訪の真後ろで女性がジッと見つめていた。

 前髪を少し上げ、髪を後ろで纏めた女性は諏訪をジッと睨む。


「何見てるんだよ」


 諏訪が女性を追い払おうと強く出るが、女性はちっとも怯まなかった。

 むしろ諏訪に距離を詰め、顔に指をさしながら近付いてくる。


「怪しいヤツに言われたくないね。何者だ? お前」

「俺はここに用事があって来たんだ」

「用事?」


 女性は少し考えると、何かを思い出したのか諏訪の顔を見てニヤリと笑う。


「お前、今日集金した所の部下か? 報復か? いいぜ、かかってこいよ!」


 言うが否や、女性は諏訪の顔に拳を振りかぶった。

 諏訪は咄嗟に反応し、拳は空を切る。

 不意打ちを避けられた女性は驚いた表情をし、やがて喜ぶ様に笑顔になった。


「今の不意打ち避けるのかよ! いいね、少しはやれそうだな!」

「待て、俺はお前と争うつもりは無い!」


 諏訪の声を無視して、女性は少し距離を離して次の攻撃を繰り出す。

 諏訪はそれを回避するが、彼女は次々と無抵抗な諏訪に対して攻撃を続ける。

 全ての攻撃を回避された女性は何故か喜び、まるで好敵手に出会えた武人のようであった。


「格闘術の心得はありか……ならコイツはどうだ?」


 女性が諏訪に指を向け、不穏な空気を漂わせた時だった。


「何をしているんだ朱鷺とき


 朱鷺と呼ばれた女性はその声に反応し、後ろを振り返る。

 朱鷺の後ろからは諏訪にとって見知った顔であり、生前務めていた情報屋のリーダであるホスト本人が歩いてきていた。


「ホスト!」


 諏訪がそう叫ぶと朱鷺は諏訪に振り返り、名前を呼ばれたホストは驚いた表情で諏訪の方を見た。


「……諏訪なのか?」

「蘇ってきたぜ地獄から」


 状況が飲み込めない朱鷺は二人の事を交互に見比べ、二人の視線から一本後退りする事にした。

 ホストは諏訪に近付くと頭のてっぺんから足の先まで注視し、諏訪本人であると確認すると諏訪に視線を合わせる。


「夢を見ているようだが、とりあえず中で話でもしようか」


 ホストはドアの鍵を開けると、諏訪に入るように手招きする。

 諏訪は誘われるがままに事務所へと入っていき、朱鷺がそれに続いて入室した。


 ホストが部屋の電気を付け、事務所内にあるソファに腰掛ける。

 諏訪はホストの正面に座り、朱鷺はお茶を汲みに台所へと向かった。

 何故か久しく感じた諏訪は、懐かしむように部屋の内部を見回す。


「色々と聞きたいことはあるが……何故ここに戻ってきた?」


 ホストが諏訪に対し、質問した。

 諏訪は背もたれにもたれながら、ホストの質問に答える。


「俺が死んだ後のここが気になってな」

「色々と変わったさ」


 お茶を持ってきた朱鷺に対して「調度良い」と、諏訪に対して紹介する。


「彼女は東雲朱鷺しののめときお前の後釜として働いてもらっている」

「どうも、アンタの噂はかねがね」


 朱鷺は先程の揉め事がなかった事の様に振る舞う。

 諏訪も深く追求せずに、朱鷺の事を記憶に留めることにした。


「奇天烈とマルタは君が亡くなってから少し元気が無くてね。今はもう寝ているからまた今度、顔でも覗かせてやってくれないかい?」

「そうだな、約束するよ」


 諏訪は出されたお茶を一口のみ、心を落ち着かせる。


「あと三つ、君に伝えたい事がある」


 そう切り出したホストは、一つの紙を諏訪に渡した。

 受け取った諏訪は紙を開いて見てみると、そこにはとある住所が書かれていた。


「ミカさんとお前を埋葬した墓の住所だ。まさか本人に自身の墓を見せることになるとは思わなかったよ」


 ホストはクスッと笑う。

 諏訪はそれを受け取り、静かに感謝した。


「次は君達を殺した奴らの情報だ」

「……あぁ」

「君達を殺した組織はと呼ばれる組織だ。私達にも因縁がある厄介な組織。ここに所属する狙撃手に殺された様ね」


 それを聞いた諏訪はギュッと拳を握りしめ、復讐心に燃えていた。

 大事な妻と自分を殺した罪をあがなわせる為に。

 事務所に緊張が走る。

 それを止めるように、ホストがある物をテーブルの上に置いた。

 それを見た諏訪は目を見開き、素早く手に取る。

 それは生前愛用していた、妻からの銀のロザリオであった。

 彼の大事な物を、彼女はずっと預かっていたのだ。


「これを何処で?」


 諏訪がそう聞くと、ホストは呆れたように返す。


「忘れて行ったよ、ここに。全く呆れるよ」


 テーブルを指さしたホストはため息を吐いた。

 諏訪は預かってくれていた感謝の気持ちと、当日に忘れる愚行をした愚かな自分を責める気持ちで交差する。

 

「そうか……助かったよホスト」


 そう言ってポケットに入れようした所、ホストがスっと諏訪からロザリオを取り返してしまう。


「何してるんだよホスト」

「これを返すのに条件がある」


 ホストは朱鷺の方を見て、諏訪を再び見る。

 その時点で嫌な予感がする諏訪。

 そして、その嫌な予感は的中してしまった。


「そこにいる朱鷺と一戦交えて欲しい、彼女からの強い要望でね」


 そう聞いた朱鷺は喜び、拳をパンッと叩いていた。

 諏訪はかなり面倒くさく感じていたが、妻のロザリオの為にはと重い腰をあげる。


「いいぜ、外に出てやろうじゃねぇか」

「さっきは邪魔が入ったからな……本気でやろう」


 朱鷺は手綱が外れた獰猛な犬の様に、さっさと事務所を後にしてしまう。

 諏訪が後を追う様に出ていこうとすると、ホストに引き留められてしまう。


「諏訪、ここに戻ってくるわけじゃないんだろ?次は何処で働くつもりなんだ?」

「クレアってガキの護衛だ。お前たちにはまた世話になるかもなしれねぇな」


 そう言って諏訪は事務所を後にした。


「そうか、ブラックリストの彼女の所か。それはまた大変な職場だな」


 ホストはフフっと笑い、二人の後を追いかけ始める。


 人のいない公園に着いた二人は互いに向き合い、いつでも始められる準備が整っていた。


「ルール確認だけど、銃火器や爆発物の使用は禁止ね。危ないし、近所迷惑だから。後、殺傷禁止」

「分かってますよボス、私は早くやりたくて堪らない!」


 ルールを聞いた諏訪は何かが引っかかったのか、少し考える。

 やがて何かを思い出したのか、ポケットに手を突っ込んだ。

 その行為が二人には理解出来なかった。

 そして、諏訪はポケットから二枚のミガワリ符を取り出す。


「おい朱鷺、このミガワリ符を使え。俺とお前で1枚ずつだ」


 ミガワリ符を受け取った朱鷺は不思議そうに見つめる。


「そいつを持っていると万が一死んでも蘇るらしい。これで手加減無しだ」

「へぇ?それはすごいなぁ……」


 朱鷺はミガワリ符を握りしめ、ポケットに突っ込んだ。


「ボス、ルール変更だ!殺傷解禁、私のも解禁する!」

「まぁ、諏訪がいいならいいけど」


 ホストはチラッと諏訪の方を見た。

 諏訪は「問題ない」と頷き、構えを取る。


「俺もを使わせてもらう。俺の後継者だ、弱いようなら辞めさせてやる」


『弱い』の単語を聞いた朱鷺は反応し、怒りをあらわにする。

 ふるふると体を震わせ、朱鷺の背中から炎が出ている錯覚すらさせる覚える怒り。


「誰が……弱いって!」


 一足で飛んだ朱鷺は、足元の地面を抉りながら一息で諏訪に近付いた。

 手にはどこからか出した剣を持ち、諏訪に切りかかる。

 予想だにしない武器攻撃に、諏訪は驚きながらも回避した。

 空を切った剣を振り下ろし、再び諏訪に凶刃が降り注ぐ。

 予想だにしなかった攻撃でバランスを崩していた諏訪だったが、急加速した諏訪が攻撃を避け逆に朱鷺へとカウンターをお見舞していた。


「ぐっ」


 速度の乗った強烈な拳を顔面に受けた朱鷺は体制を崩す。

 それを見逃さなかった諏訪は朱鷺の顔を掴み、後ろに投げ飛ばした。

 砂埃を巻き上げながら後方に吹き飛んだ朱鷺に対して、諏訪は煽るように言う。


「その程度の実力で俺の後釜に入ったのか?」


 朱鷺からの返事は無い変わりに、先程まで手にしていた剣が飛んでくる。

 諏訪の目の前まで剣が迫ると突然、遅くなった剣の柄を掴み武器を手にした。

 そうとは知らず砂煙から飛び出した朱鷺が、諏訪に対して飛び込んでくる。

 朱鷺を迎撃する為に、諏訪は手にした剣を振り下ろす。

 しかし諏訪の手からはいつの間にか、それに気付かず振り下ろしたが最後。

 諏訪は朱鷺が手にしていた新たな剣によって左手を切り落とされてしまった。


「なっ……」


 左腕からは大量出血し、落ちた左手はピクリとも動かない。

 まるで映画の悪役がする笑みで、朱鷺は諏訪を見る。


「不思議だな。さっきまで持っていた武器が無くなるのはよぉ」


 諏訪は黙って朱鷺を睨む。

 痛みで汗が吹き出るが、そんなことは構わなかった。

 ズボンからベルトを引き抜き、出血を止めるために腕に強く巻き付ける。

 その間黙って見ていた朱鷺は、余裕綽々で待っていた。


「お前の異能がって事以外分かんねぇな」


 諏訪が落ち着きを取り戻すために、朱鷺に会話して時間を稼ごうとする。

 その作戦を知ってか知らずか、朱鷺は意外にも乗り気で話し始めた。


「ほぼ正解だな。こっちはアンタの異能が出来る事は理解した」

「まぁ、正解だな」


 痛みに慣れ体が動くのを確認すると、諏訪が一本歩を進めた。

 朱鷺が身構え、警戒する。


「対策した所で、お前に防ぐ術はないだろ」


 そう言うと、諏訪は異能を使い朱鷺に急接近する。

 迎撃しようと剣をする朱鷺。

 それを握ろうとした時、異変を感じた。

 明らかに自身の動きが鈍くなっていたのである。


 (くそっ、異能を使われた!)


 動きが鈍い朱鷺が視線を戻すと、諏訪は既に目と鼻の先まで接近していた。

 当然ガードも間に合うはずが無く、バックステップで回避を試みる。


 (もらった)


 そう思った諏訪の目先で、朱鷺がゆっくりとバックステップをしているのが見える。

 いざトドメの一撃を与えようとしたその時、諏訪の体内から唐突な痛みを感じた。


「っつ!」


 腹の内側に突如現れた異物感が大きくなり、体内を突き破ろうとしていた。


 (私の異能『』の応用だ。召喚位置を固定し、そこを通った瞬間に外側へとあらゆる武具が一斉に召喚される、勝った!)


 朱鷺がそう喜んでいると、不意に体の速度が元に戻る。


 (なぜ今私の速度が。まさか……)


 諏訪の勢いは止まらず、朱鷺へと一直線に向かってきていた。

 朱鷺が諏訪の後ろを見ると、そこには確かに召喚された武具達が存在した。

 そして、その召喚速度はになっている。


「お前が今考えている通り、お前の速度を戻して召喚速度を下げた。お互いにぶっ倒れようぜ朱鷺!」


 諏訪の残された右腕は異能によって最大加速され、朱鷺の顔面に一直線に飛んでゆく。

 速度が元に戻ったからと言ってもガードが間に合うはずもなく、朱鷺の顔に一撃必殺の拳が命中した。

 諏訪の右手が朱鷺の顔にめり込むのと同時に、右腕はその衝撃に耐えられなくなり破壊される。

 いくら速度を上げたとしても、元の強度が脆ければ破壊されてしまう。

 諸刃の剣である一撃必殺をお見舞し、遂には両手が無くなってしまった諏訪。

 背中には無理やり突破した際に出来た巨大な傷跡があり、体の内部まで見えていた。


「今回は……引き分けにしようか」


 そう言うと、諏訪も地面に倒れ込んだ。

 両者明らかに致命傷を負い、一切起き上がる様子がない。

 観戦していたホストが少し心配そうに見ていると、やがて両者が何事も無かったかのように立ち上がった。

 体には傷跡が残っておらず、五体満足で二人は生き返ったのである。


「諏訪さん……みんなから聞いていた通り、無茶苦茶な男だな」

「そうかい、お前ほどの異能者ならまぁ大丈夫だろ」


 二人は握手し、停戦した。

 殺気が収まった二人をみたホストは安易に近付き、諏訪に声をかける。


「諏訪」


 そう言って、諏訪に銀のロザリオを投げ渡す。

 ロザリオを受け取った諏訪はホストに礼をする。

「気にするな」と一言、ホストは朱鷺を連れてその場を後にしようとした。


「わがままに付き合わせて悪かったよ諏訪」

「気にするな」


 そう言って、三人はそれぞれの居場所へと向かっていく。

 諏訪は新たな居場所へ、ホストは昔の事務所へと。

 ホストは朱鷺を見て、今回の戦いについて話し始めた。


「朱鷺、今回はさせて悪いわね」

「蘇り直後のアイツにはいいハンデだったな。まぁ、を一つ使わされたのは意外だった」


 そう話しながら、二人は帰路に着いていた。

 蘇った諏訪を見て、ホストは何か思うことがあるのか上の空だった。

 それを察した朱鷺が声をかける。


「何考え事してるんだホスト」

「いや何、彼も乗り越えて前に進んで行けたんだなって」

「何言ってんだ」


 朱鷺が立ち止まり、ホストは朱鷺の方へと振り返る。


「アンタもこの私を引き入れたんだ。いつまでも過去に囚われず、その決断をした。私達も前に進んでいるんだよ、だからそんな思い詰めるな」


 朱鷺はそう言うと、少し照れくさかったのかホストより先に歩いていってしまう。


「……そうね。いつまでも引きずられる訳には行かないわ」


 ホストは吹っ切れたのか、走って朱鷺に追いつく。

 後ろから肩を掴まれた朱鷺は驚き、ホストに文句を言っている。

 そんな言葉も、ホストには喜ばしかった。

 互いに過去に囚われていた二人は再び歩き始める。

 遠い未来、自身の決断を後悔しないために。

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