第3話 異世界人、公共料金と電子マネーに敗北する

深夜コンビニバイト三日目。


俺は、もう悟っていた。


(ここは“普通の職場”じゃない)


おにぎりは喋るし、

呪物は返品されるし、

幽霊は夜食を買いに来る。


そして、客はだいたい何かしら魔力を漏らしている。


漏れすぎて空気がピリピリしてる。

たぶん、人体に悪い。


とはいえ、人間(と、たまに人外)とは慣れる生き物だ。


三日目ともなると、俺もだいぶ順応してきた。

魔力漏れをセンサー代わりにして、来客を事前に察知できるようになったし、


レジ脇に結界を貼るタイミングも完璧。

もう“プロ”を名乗っていいと思う。


肩書き:「深夜魔術対応コンビニエンスオペレーター」。長い。


だが今夜は――

なぜか平和だった。


「……静かすぎて怖い」


音がない。


BGMすら止まってる。


冷蔵庫のモーター音だけが、しゅううう……と鳴っている。


(こういう時に限って何かあるの、俺もう知ってんだよな)


嫌な予感って、だいたい当たる。

悲しいことに。

午前二時。

その瞬間だった。


「ウィーン……ガコン……」


自動ドアが――途中で止まった。

嫌な止まり方だ。


モーター音が「ヒュルルル……」って感じで消えてるやつ。

機械の悲鳴。


「……またかよ」


そう呟いた瞬間、ドアの隙間から――


ローブ姿の金髪青年が転がり込んできた。


「――うわあああああああっ!?」


「ちょ、ちょっと!? 床、床に結界あるから!!」


青年は床にゴロンゴロンと転がり、

重力に逆らわず一回転して、勢いよく立ち上がった。

バサッ! ローブが広がる。

まぶしい金髪。


綺麗な顔立ち。


でも目が明らかに焦点合ってない。


「こ、ここは……市場か……?」


「コンビニです」


「……こんびに?」


「そう。こ・ん・び・に。スーパーマーケットの小さいやつ」


「すーぱー……?」


だめだ。通じてねぇ。

発音、服装、魔力反応。


――異世界人?


そんぐらいじゃぁ驚きませんよ


「えっと、君、迷子?」


「い、異界転移事故だ……多分……」


多分って何だ、多分って。

はっきりしろ。


青年は周囲をきょろきょろ見回して、陳列棚に目を奪われた。


「す、すごい……食料が……包装されて……しかも整列している! 職人技か!?」


「お客様、落ち着いてください。触らないように――」


遅かった。

ガサッ。


「これは……なんだ……? 輝く箱? 温かい?」


「それ、電子レンジです」


「でんし……? 雷魔導器!?」


「違います」


「ではこの奥の透明な箱は? 氷の牢獄か!?」


「冷蔵庫です」


「……れいぞう……?」


「食べ物を冷やす器具」


「低温保存魔法陣!? しかも空気中で持続している!?」


「……違うってば」


青年は、すでに職業病みたいなテンションで見学モードに入っていた。


完全に観光客。


次に彼の視線がレジに止まる。


「この黒い石の塊は……魔導書か?」


「レジです」


「古代遺物!? 自動で会計する魔導宝具!?」



俺はもう溜息をつくしかなかった。

「……とりあえず、何か飲みます? 説明より落ち着くかも」


そう言って、ペットボトルを差し出す。


青年はおそるおそる手に取った。


「……すごい……! 透明な瓶の中に、水の精霊が……」


「ただの天然水です」


「……いくらだ?」


「百五十円です」


「……?」


首を傾げる青年。


「えん、とは?」


あ、これ完全に経済システムが違うやつだ。


「通貨ですよ。お金。物と交換するときに使うやつ」


「……金貨?」


「違います」


「銀貨?」


「違います」


「魔石?」


「それも違います」


終わる気がしない。


「じゃあ、これで」


俺は、レジ横の電子マネー端末を指差した。


「……?」


青年は固まったまま、光る端末を見つめる。


「……魔力を、流すのか?」


「絶対ダメです」


言った瞬間。

バチィッ!!

端末が光った。


「言うの遅い!!!」


火花が散り、警告音が鳴り響く。



「ピーッ! ピーッ! 魔力放出を検知しました」


結界起動。

天井から光のラインが走った。


「お客様、店内での魔力放出は――」


「すまない! つい! 本能で!」


青年、土下座。しかも綺麗に。

深夜二時。


異世界人の土下座を見る大学生。


一瞬、頭の中で「勝手にしやがれ」のBGMが流れた。


(俺、何してんだろうな……)


青年のローブの裾から、微弱な魔力が漏れている。

おそらく転送魔法の余波。

雑な転移魔法。乱れた魔力線。

このままだと、補正失敗で事故が起きかねない。


(仕方ない……)


――写呪。

俺のスキルが発動する。


青年の転移術式をコピーし、流れを“安定化”。

魔力をゆっくり落ち着けるように制御していく。

足元に、淡い光の輪が浮かぶ。



「これで、多分帰れます」


「……本当か!?」


「多分」


「多分って言うな!!」


青年は光の輪の上で、じりじりと不安な顔。


「まぁ、うまくいけば大丈夫です」


「不安になる言い方をやめてくれ!」


「店内で魔力使うの禁止なんで、早めにお願いします」


「き、君は冷静すぎる!」


青年はローブを整え、背筋を伸ばした。


「恩に着る……この借りは必ず――」


「いいから早く!」


光が一気に強くなり、青年の姿が溶けるように消えた。


静寂。


俺は、レジにもたれかかって深呼吸した。


「……電子マネー、異世界人には早すぎたな」


ピピッ、とレジが自動で売り上げログを保存する。


もちろん、金額ゼロ。


だよな。

ふと、床を見る。

転移魔法の跡地に、黒い染みのようなものが残っていた。


魔力が、油のようにゆらゆら漂っている。


(……昨日の呪物と、似てる)


質感が同じ。

しかも濃度が上がってる。

偶然じゃない。


何かが、この街の深夜に――集まり始めている。

冷蔵庫の音が、いつの間にか止まっていた。

室内の空気が、ほんの少し重く感じる。

俺は天井を見上げて、誰にともなく呟いた。


「……深夜バイトは楽って言ったやつ、

そろそろ本気で名乗り出てくれ」

そしてレジの数字を見て、現実に戻る。



「あと……もっと給料上げようぜ、まじで」

遠くで自動ドアがまた、ギイィ……と音を立てた。

それが、次の“夜”の始まりの合図だった。

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