Chapter.1 分割版
Chapter.1『prologue』
日本のとある某所。
湿気がまとわりつく裏路地に、二つの影が並ぶように立っていた。
一人は、黒縁の眼鏡をかけた青年。切れ長の瞳は路地の暗がりを射抜くように鋭く、手にはハンドガンの[
隣に立つ少女は対照的だった。鮮やかな金の髪を高く結い上げ、ぱっちりとしたつり目が夜の灯りにきらめく。白いシャツに大きなリボン、ピンクのスカート、そして厚底の黒いブーツ。華やかな見た目に似合わず、その手にもベージュとホワイトを基調とし、スライド部に赤いハートが塗装されたハンドガンの[
2人は兄妹────しかし、ただの兄妹ではない。
どんな依頼でも成功させる、裏社会で名の知れた、とある組織のエース。
視線を交わした兄妹は、一切の音を立てずに、路地に存在する一つの扉の前に小走りで向かう。
兄は、ドアノブの鍵穴に何やら細長い金属の棒を差し込むと、金属の棒は瞬く間に形状が変化し鍵穴にフィットする形へとなる。
「行くぞ」
兄は妹への号令と共に扉を開錠し、そのまま中へと押し込み体勢を低くする。
突然の来訪者に、唖然とする男たちをよそに、妹は無邪気な笑顔を浮かべながら、誰も反応できないほどの速度で、手前の大男へと接近。
固く握られた拳が、顔面にめり込み、鈍い骨の軋む音と共に、大男の足が宙を浮く。
意識を失い崩れる大男に、妹は容赦なく弾丸を2発浴びせた。
未だ状況を掴めていない残る男たちとは対照的に、妹は再び別の男へと素早く接近し、そのままハイキックで背後のコンクリートに後頭部を叩きつける。
ようやく兄妹を敵と認識した男たちは急いで腰に携帯する銃を構えようとするも、兄の精密な射撃により、残る3人の男がほぼ同時に眉間に銃弾を撃ち込まれ、床へと崩れ落ちた。
薬莢が床を跳ねる硬質な音だけが、路地に乾いた余韻を残す。空気が静まり返り、血の匂いだけが重く立ちこめる。
「流石だね!おにぃ!」
死体の転がる血生臭い通路に合わない、明るく元気な声が響く。
妹は無邪気な笑顔のまま銃をくるりと回し、まるで遊びの延長のようにも見える。
「無駄口を叩いてないで、今は仕事に集中」
「はぁ〜い」
「僕は右の部屋を。お前は左の部屋を」
「ガッテン承知!」
元気よく敬礼をしながら返事をした妹は右の部屋へと踏み込む。
左右の区別もつかない妹に、兄は呆れたようにため息を漏らした。
直後、右の部屋からは男たちの情けのない悲鳴声が鳴り響く。
仕方なく、兄は左の部屋の扉を蹴破り、室内を確認しようとするも、数発の銃弾が兄目掛けて発射された。
だが表情ひとつ変えず、壁へと身を寄せて、難なく銃弾を避ける。銃弾は壁を抉り、埃が舞い上がる。
以後も鳴り止まない銃声。
兄は鳴り響く三種類の銃声音を正確に聞き分け、正確に銃の種類を割り出す。
それぞれの装填数を思い浮かべ、やがて訪れる弾切れの瞬間を、静かに待った。
「.....今だな」
踏み込むと同時に手前の男の眉間へ一発。弾丸が正確に命中し、男の体が雑に崩れ落ちる。
続けざまに、残る2人が隠れる場所へ弾をばら撒きながら前進する。
しかし、当然ながら弾数は無限ではない。やがて銃声は途切れ、弾切れの瞬間が訪れる。
そのタイミングで敵の1人がチャンスとばかりに出て来たところへ、反対の手に忍ばせていた[
残す1人は、中々顔を出さずに銃を乱射してくるため、兄は仕方なく華麗に銃弾を遮蔽物を使い避けつつ、SIG P365と入れ替えるように、腰の手榴弾を手に取る。
そして、ピンも抜かずに、敵の方へと転がす手榴弾は床を小さく蹴るように男の方へと真っ直ぐに転がる。
手榴弾が見えたことで、慌てて飛び出してきた男の、最初に見えた右太腿を撃ち、倒れ込み、無防備な頭部が顕になる。
「くそがっ────」
兄は容赦なく、男のこめかみへと弾丸を叩き込んだ。
室内に静寂が訪れ、硝煙の匂いと、血の鉄臭さだけが空気に残った。
「.....雑魚ばかりだな」
独り言を呟き、FN Five-seveNの弾倉を変えながら、兄は部屋を後にしようとした。
そのときだ。
兄が部屋を出ようとドアノブに触れた瞬間、勢いよく蹴破られる。
バランスを崩すが、男が乱射する銃弾を紙一重で避け、机の裏へと滑り込む。
扉を蹴破った男は、それでも休むことなく弾をばら撒いた。
壁が抉れ、破片が雨のように降り注ぐ。
机の側面にも弾丸が食い込み、金属音が耳に響いた。
「……下手な乱射だな」
兄は息も乱さず、静かに状況を整理する。
乱射のクセ。
弾倉の容量。
腕の振れ方。
男の体格と、反動の受け方。
(45口径。弾数の残り……あと六)
机の陰からわずかに姿勢を低くし、
男の足元が見える位置へ体をずらす。
乱射、と言っても一定のリズムはある。
長年の訓練で、兄の脳はそれを“音”として捉えていた。
(あと1発......今だ)
弾切れを予期し、立ち上がると男に迷いなく銃口を向ける。
だが、兄が撃つよりも前に、突如として現れた妹による横からの蹴りの一撃が、男の体をコンクリートへと叩きつけられる。
「何やってるのおにぃ?早く行くよ!」
「......あぁ」
こうして合流した2人は、そのまま中央の部屋へと向う。
扉を開けると同時に、数発の銃弾が兄妹に向け発射されるが、素人同然の発砲であり2人に当たる事なく背後の壁に穴を開けるに止まった。
「な、なんなんだてめぇらは!」
声を荒げるのは、中年太りをした禿頭の40代程度の男性。
「金か?助けてくれるなら、いくらでも出すぞ!」
中年の男が声を荒げる。
兄は銃口を向けたまま、淡々と口を開いた。
「テンプレだな。まぁ死ぬ前に答えてやろう。僕たちは今回は警察組織に雇われてる。金を代価に武力を提供する.....言わば傭兵とい────」
パンッ!
銃声が兄の発言を遮る。
発砲したのは妹であり、その手に握るハンドガンからは硝煙が漂う。
血が床に広がり、2人の靴底を濡らした。
「おにぃ、話し長い。それよりお腹すいたよぉ〜」
「毎回言っているだろう。撃つ前に一言声をかけろと。はぁ.....何が食べたい?」
「やった!えーとね。パスタとハンバーグ」
満面の笑みを浮かべる妹を前に、兄の肩の力が少しだけ抜ける。
「わかった。とりあえず戻りながら場所を決めよう」
兄は上機嫌な妹に対して、一瞬だけ笑顔を見せるが、すぐに元の無表情じみた顔に戻った。
兄妹が外へと出ると、そこには30代半ばほどの窶れた顔立ちをした黒スーツの男が、深く頭を下げている。
背後には、いかにも高級そうな黒塗りの車が待機している。
「お疲れ様です。
「おつ〜」
「あぁ、お疲れ」
丁寧な口調の男に対して、感情のこもっていない声色で2人は言葉を返した。
だが千裕と茉央の態度に気にする様子もなく、男は言葉を続ける。
「はい。既に清掃班は呼んであるのでご安心を。指定の場所までお送り致しますので、お乗りください」
最初に2人が後部座席に乗り、男が遅れて乗り込み発車する。
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