37話【天】



一人かずと様…」


「深雪、先に戻っていろ。ここに必要な情報はもう無い」


乕若ははじめの言葉に頷き、足早に去っていく。


明らかな”計算外”を前にし、一ノ瀬の想定していたものとは違う光景。

その”異常”を目の前に一ノ瀬は叫んだ。


「相手するって、その前にまず何者だよお前はッ!!」


「警察庁対異能排除特殊異能部隊【No Trace】第1小隊隊長をしている。はじめ一人かずとだ」


はじめは微動だにせず、丁寧に名乗った。


「…【No Trace】の第1小隊の隊長だと…ッ!?」


その名乗りは竜崎と村崎を唖然とさせた。


「…同じ警察組織同士でこれはいいのかよ…?」


一ノ瀬は額に汗を浮かべながら一の眼を見て言った。


「同じ警察?…あぁ、なるほどお前達が佐田原の言っていた例の異能対策室か」


一は白い刀を両手でしっかりと握る。


「無論だ。お前達の理由がどうあれ、深雪を追ったお前達を俺は素直に返すことは出来ないな」


「そうかよ、ならお前たおして乕若深雪を署に引っ張る!」


一ノ瀬は即座に2本の軍用ナイフを握る手に力を込め、一目掛けて切り掛かる。


———しかし。


「それを【No Trace】がさせると思うか!!」


ズバンッ


高速で回りながら振り抜かれた刀の一撃は、一ノ瀬の胴体を横一文字に振り切った後だった。

その時の物質を斬る音が夜の街に深く響く。

布か、それとも肉か、音だけでは一には判別出来なかった。


「…捉えたつもりだったが、感触が鈍いな」


一は吹き飛んだ一ノ瀬を横目で確認した。

血は流れておらず、横に破けたスーツの痕だけが一ノ瀬に浮かんでいた。


「…ほぉ?なんだそれは」


スーツの破れた隙間からベストの様なものを着ているのが一には見えた。


「”擬似能力”を付与したベスト守護衣イージス・ベストだ…!斬撃や銃弾などの受けたら出血を伴う可能性がある攻撃に対して発現して、その威力や効果をカットしてダメージを抑えるっていう代物だ…!」


「それが噂の擬似能力か。ご丁寧に説明まで…」


「非異能者が異能者に対抗するための技術だ…!」


「知っているさ。俺の他の隊にも何個か支給されているからな」


「そうか、ならその勝手も分かるだろ」


一ノ瀬は軍用をナイフを順手から逆手に変え、構え直す。


「あぁ知っているさ。その燃費の悪さもね!」


瞬間、一一人はその場から消えた。

はじめの居たその場空間が中心閉じる様に歪み、それに伴いはじめはその場から消えた。


———いや、消えたんじゃない…

移動したんだ———


そう一ノ瀬が思った目と鼻の先にははじめが刀を横一文字に再び振り抜こうとしていた。


バンッ!!!


「ッ!!!!」


はじめはバッグステップで一ノ瀬との間に距離をとった。


「…俺の”天”に追いつく正確な射撃…。反応が遅れていたら喰らっていただろうな」


はじめの視線の先には腰を低くし銃口から煙を吹いた狙撃銃を持つ村崎の姿があった。


「なるほどスナイパーか。だが遠距離武器というのは攻め入ったらアイデンティティを失うぞ…!」


「来るッ…!」


村崎は咄嗟にバックステップを”右後ろ”側に移動する様にした。


「(なんだ?真後ろでもない引き方…だが、関係はない俺の”天”で…)」


はじめは行動しようとしたが咄嗟に村崎目掛けて移動する足にストップをかけた。


「…いや、これは罠か移動した先にもう1人が待ち構え斬りかかる…釣りの伏せと言った所か?」


「……!」


村崎はすぐに狙撃銃を構える。


「やはりそうか。詰めなくとも俺には効かない。躱せばいいだけだからな」


「ならこいつはどうだ?」


はじめが足を止めた瞬間、はじめの背後から声が轟く。


「——なにッ」


体制を低くした竜崎がはじめの背中目掛けて刀を振り上げた——


キンッ


「な、なんだと…?!」


竜崎の振り上げた刀の一撃にはじめは振り向くことも無く、後ろ手に持った小刀で受け止めていた。


「甘い」


ズシャァッ


身体を捻りながら竜崎を受け流す様に前によろめかせ、その竜崎の背中を捻った勢いで刀で斬りつけた。


鮮血が流れ竜崎は声を押し殺しながら膝をつく。


「タフだな。さすがは警察か」


「ッ!!竜崎さん!!!」


村崎は狙撃銃の引き鉄を引いた。


飛ばされた弾丸は大きな弾道の衝撃波を残しながらはじめ目掛けて飛んだ。


しかし身体を横にしはじめは弾丸を意図も容易く躱していった。


「そのライフル銃から出る弾丸の軌道は目で追えて——」


ブシュッ


一が避けた際に横にした身体を村崎を向く様に正面に正した瞬間はじめの肩の肉がかすかに裂けた。


「…なんだ?掠ったのか?…避けたはずだが…」


「…擬似能力”射界制圧バレットウェーブ”この狙撃銃に付与した異能の名前」


「擬似能力のライフル銃か…」


「紫苑が撃った弾丸の通過によって生じた過圧をその場に“静止”させ、攻撃判定に変換する能力…!」


そう言った村崎からはじめ目掛けての直線上の空間には弾丸を打った時に過圧された空気の痕が残り続けていた。


「なるほど…銃弾が発射された時に生ずるデトネーションによる衝撃波がその場に残る。衝撃波は謂わば銃弾の跡だ。それに当たれば同じ様に銃弾に掠った時みたいになるわけか」


はじめはふと先ほど銃弾を撃たれた空間に視線を向ける。


「…そうか、さっきのも同じ擬似能力を使っていたのか。

咄嗟に右奥に逃げたのは俺がお前に向かっていく線上に弾丸の軌道を被せるため…」


「そう。紫苑は誘導した。だけど、それだけじゃない」


「なに…ッ?!」


はじめが上を見ると上空から一ノ瀬が軍用ナイフを振りかぶりながら落下してくる。


「チッ…いつの間に…!」


「もらった!!!」


一ノ瀬の振り降したナイフがはじめに当たる瞬間

はじめはすぐに正面を視る。


「やむを得ないか…”天”!!」


再び空間が歪み一はその場から消え、一ノ瀬のナイフは空を切る。


「またか…!」


一ノ瀬が辺りを見渡すと、村崎が最初に放った射界制圧バレットウェーブの圧の手前に腕から血を流しながら一が立っていた。


「…この過圧を自ら喰らいにいくとはな」


はじめは腕から流れ出る血を見ながらそう言った。


「…おい。…お前のそれ異能だよな?」


一ノ瀬は冷静にはじめに問いた。


「あぁ、そうだ」


はじめは出血した部分に妙な注射器の様なものを刺し、一ノ瀬には見向きもせず応える。


「…随分チートな異能だな。”空間”を移動する能力だよな?」


「………」


「今神奈川で起きてる惨殺事件を知ってるか?…短期間でかなりの距離を移動してる。お前のその異能、お誂え向きじゃないか?」


「…神奈川で起きてる惨殺事件?」


はじめは被害者が出た路地裏を横目で見る。


「あぁ、なるほど。それで深雪を…」


「乕若深雪だけじゃなく、お前も重要参考人として来てもらう!」


「…まず一つ訂正だ。俺の異能は”空間移動”ではない。そして二つ目お前に従う事はない」


一は出血が止まった腕で再び刀を構えた。


「…なら、再起不能にするまでだッ!!」


ナイフを握る一ノ瀬の手に力が入る。



「「そこまでだ」」


深夜の静寂しじまを裂くように、一つの喝が轟いた。

街灯の薄明かりが伸ばす影の中で、まさに今、刃を交わそうとしていた両者の動きがまるで時間ごと凍らされたかのように止まる。


「…比嘉さん」


一ノ瀬の視線の先、比嘉がゆっくりと二人の間に歩を進めた。


「竜崎さん!」


その後ろから燕と時陰、神室が竜崎の元に歩み寄る。


「…そこまで深い傷ではないようね」


「班長…お前ら、なんで」


「それは比嘉さんが」


燕は比嘉へと視線を向けた。



「比嘉警視監か…」


「…はじめ一人かずとだな。【No Trace】第1小隊隊長の」


比嘉の言葉にはじめは刀を鞘に納める。


「なんで止めたんだ比嘉さん…!」


「バカやろう…なんの権限があって【No Trace】とやり合う事になってんだ」


「そいつも重要参考人だ!だから——」


比嘉は無言で一ノ瀬を睨んだ。

その圧倒的な威圧に一ノ瀬は凄んでしまった。


はじめ一人かずと隊長。今回は水に流す事は出来ねぇか?」


比嘉は振り向かず、はじめに言葉を投げかけた。


「……無理な話だな。そいつは”俺達”に刃を向けたんだ。たとえ俺が赦したとしても、井土総監は赦さない…それは貴方も忠告されていたはずだ」


そう言葉を残すと、はじめの居た空間は歪み、その中心に溶けるようはじめの姿は消えていった。

大きな風だけを残して——


「一ノ瀬班長…」


一ノ瀬の側には同じく駆けつけていた来栖が歩み寄っていた。


「来栖…なんでお前らがここに来たんだ」


「いつになっても帰ってこないからでしょ。班長とCS班の2名が何時間も現場に居るなんてさすがに無視できないでしょう」


「そんなのよくある事だろ」


「…一ノ瀬班長、何を焦ってるんですか?事件は逃げないですよ?少し飛ばし過ぎじゃないですか?」


「…うるせぇよ」


一ノ瀬は怒りを鎮める様に手に持っていた2本の軍用ナイフを腰に戻しながら、燕達に近づく。


「…………」


燕はその一ノ瀬の姿を凝視していた。


「悪いな、王来王家班長。あんたんところの部下、傷を負わせちまった」


「……え、?あ、えぇ」


一ノ瀬の謝罪に少し反応が遅れたかの様に燕が返答する。


「今日は一時解散だ。明日また捜査の続きをする。…一ノ瀬、お前はよく反省しておけ」


比嘉は肩を叩きながら言い残し、歩き出した。

一ノ瀬は捨て台詞はおろか反論もせず、ただその背を見送った。


各班員はそれぞれの車へ向かっていく。

明日を迎えるために、今日の混乱をいったん抱えたまま。


ただ一人、燕だけがその場に残したまま…


——————あのナイフ…私のと同じ…






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