第13話
次の日、目が覚めるとやたら白い天井が見えた。あれ、どうしたんだっけ。ぼんやりする頭で昨日のことを思い出す。
オリハ先輩と森に入って、影に飲み込まれそうになって、助けてもらって、それで……光る魔法生物を見た。
「……あ」
そうだ、と思い出す。影に蝕まれた影響か、森を出た後に魔力切れを起こしたんだった。へたりと座り込んで動けなくなった私を、オリハ先輩が保健室まで運んでくれて、そのまま泊まったんだ。
身体が妙にだるくて、清潔なベッドに身を委ねる。まだ回復しきってはいないらしい。影に吸い取られた魔力は自分で思ったより大きかったようだ。
「おはよう、ナツさん」
声がして、私はぼーっとそちらを向いた。ケトルでお湯を沸かしているらしい人物が、ゆったりと微笑みかけてくる。
「……おはようございます」
条件反射で挨拶をしてしまってから、はっと現状を認識して慌てて上体を起こそうとする。同時にくらくらと目が回った。
「あぁ、ダメだよ。そんな急に動いちゃ」
青灰色の深い瞳が心配そうに私を見る。彼は近づいてきて、私をゆっくりと寝かせた。
「魔力が戻るまで、ゆっくりしてて」
ふんわり微笑んだ表情は優しくて、私は力が抜けてしまう。
「……なんでここにいるんですか?」
オリハ先輩は困ったように笑った。
「レンリ先生に頼んで、滞在許可をもらったんだ」
ため息をつく。マウ先生じゃなくてわざわざレンリ先生に頼んだところがずるい。レンリ先生なら、二つ返事で許可を出してしまいそうだ。
本来、夜から朝にかけて校舎は閉まっているはずだが、クラウンの教師には特別な権限がある。そのクラウンの教師に許可をもらえればだいたいのことはできるだろう。
「なんで、わざわざ」
ぽそりと呟く。滞在許可までもらって、私の面倒をみていたのだろうか。合同課題の相方とはいえ、そこまでする義理はないはずだ。
オリハ先輩はしゃがみ込み、ベッドの縁に腕を乗せる。そして柔らかく微笑んだ。
「ナツさんには、元気でいてもらわないとね」
そう言われると、口をつぐむしかない。課題を遂行するには、二人で協力しないといけない。だから元気でいて欲しい。そういう言葉を使いつつも、それ以上の温かさを裏に感じてしまう。
私は毒気を抜かれて体重をベッドに預ける。課題のためと言えば私は反論できない、というところまで見抜かれているようで複雑だ。
「課題のことは明日からまた一緒に頑張ろう。今日は休んで、しっかり回復させてね」
甘く柔らかい声音で言われると、こくりとうなずくことしかできなくなる。優しさがすっと身体に入っていくようだった。
ケトルにお湯が沸き、オリハ先輩は立ち上がる。そしてお茶を淹れて戻ってきた。
「ここに置いておくよ。飲めそうなら飲んでね」
そう言うと、オリハ先輩はサイドテーブルにコップを置いた。温かい湯気が立ち、ふわりと空気を包む。
「……オリハ先輩」
「うん?」
優しげに首を傾げる。その仕草が妙に甘く、身体が熱くなるのを感じる。
「……ありがとうございます」
素直にそう言うと、彼はいっそう柔らかい笑みを見せた。
「大丈夫だよ。これも相方の仕事」
目を細めて、彼は私の手を取った。そこから魔力が微量流れてくるのを感じる。きっと、魔力切れを起こした私に、こうして供給してくれてたのだろう。私に負担のないように、少しずつ、何度も。
「……どうして、そこまで」
私に優しくする彼を見ていると胸がしんどくなる。森の影に引きずられたのは私の責任だ。助けてくれたのは分かる。課題に私が必要なのも分かる。でも、こうやって言葉をかけて繊細な魔力供給まで施す理由が分からない。
「大事な相方さんだからね」
オリハ先輩はそう言って私の手を軽く握った。ほんのり温かいが、熱くはない。その温度が余計、心にさざなみを立てた。彼の魔力が私に入り込むのを感じるたびに、私の身体は熱を帯びていく。
「……変ですよ」
どうしようもなくて口走った言葉に、オリハ先輩は微笑んだまま目を閉じた。綺麗な長い睫毛がよく見える。なめらかな肌を持つ芸術品のような美貌に、しばし見とれた。
「僕は、元々変だよ」
オリハ先輩はそう言うと、私の手を握っている、長い指先を滑らせた。私の手の甲をすっと撫でると、名残惜しそうに離れていった。私の身体は火照ったように感じ、起きた時よりも魔力を感じられた。
「……オリハ先輩」
うまく言葉にできない感情を抱えていると、彼はすっと立ち上がった。
「僕はそろそろ授業に行ってくるよ。また来るね、ナツさん」
そう言って立ち去ったオリハ先輩の後ろ姿を見送って、私はしばらく握られた手を見つめていた。全身が熱い。きっとこれは魔力供給されたからだけではない。オリハ先輩の魅了体質を思い出す。使ってしまう癖がある、とも言っていた。
「……はぁ」
自分に嫌気がさす。オリハ先輩は単純に相方として優しさを向けてくれただけだ。頬が熱くなるのは彼の魅了体質の影響だ。私は相方として、対等に彼と接したい。魅了に惑わされたくない。ただの先輩後輩として関わりたい。それなのに、うまく制御できない身体の熱がもどかしかった。
「……ばか」
呟く。自分に対してか、オリハ先輩に対してか。両方かもしれない。上体を起こし、お茶に手を伸ばす。一口飲むと、優しい味わいが身体に温かく沁み渡った。
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