第12話
念の為、鞄の中身をチェックする。基本的なマッピングツールは一通り揃っているようだ。羊皮紙の束と、インクが充填されたペン。それに羊皮紙を固定するための手持ちの台座。ひとまずこれさえ確認できれば十分だろう。
「お待たせ、ナツさん」
オリハ先輩に声をかけられて振り返る。彼もまた道具が入っているであろう鞄を肩から下げていた。
「一応、使いそうなものは倉庫でもらってきました。紙とペンと……ランタン」
「暗いだろうからね。助かるよ」
オリハ先輩は鞄を下ろし、床に広げた。中から一枚の羊皮紙を取り出す。そこにはなにか不思議な紋様が描かれていた。
「これがレシピですか?」
「そうだよ。この術式が魔法生物の核になる。……僕が模写したものだから精度は怪しいけど、そのへんは魔力で微調整する」
オリハ先輩はレシピを森の入り口に置き、長い釘を打った。羊皮紙を貫通して地中まで埋まった釘は、ピンの役目になるのだろう。
「これから呼び出すのは風見鳥という魔法生物だ。この位置を起点として、どこへ行っても指示すればこの場所まで案内してくれる」
オリハ先輩は釘に手のひらを当てると、目を閉じた。風の魔力がレシピに注がれていくのが感じ取れる。そして、釘を通して地中からは大地のエネルギーを吸い上げているのが分かった。風と大地のエネルギーを受けた紋様は淡く光り、だんだんとレシピが形を変える。
「……風見鳥、召喚」
十分に魔力を注がれた術式は、オリハ先輩の言葉で強く発光した。一瞬の眩しさに、思わず目を閉じる。そして、光が引き、目を開けると一匹の魔法生物が生まれていた。
緑色の美しい羽を持つ鳥だ。赤いとさかと長い尾羽根が特徴的で、先ほどまでレシピが置いてあった場所に佇んでいる。
「ふぅ、成功したみたいだ」
「……すごい」
魔法生物が動いているのを見たことはあっても、実際に召喚するところを見たのは初めてだ。術式から生物が誕生するのは神秘的で、妙に感動を覚えた。風見鳥は翼をはためかせ、オリハ先輩の左肩に留まる。
「問題はここからだよ、ナツさん」
オリハ先輩が柔和に微笑んだのを見て、はっと意識を戻した。そうだ、森の中に入れば何が起こるか分からない。影のことも気になる。気合いを入れ直さなければ。
「……行きましょう」
マッピングのために羊皮紙を台座にセットし、ペンを握る。そして、森の入り口を見据えた。できるだけ魔力の構造を理解していかなければいけない。不注意は許されない。
昨日入ったのは入り口までだった。それより先は暗がりが広がっていて、怪しげな雰囲気を漂わせている。私はランタンに火を灯し、奥を照らす。だがやはり、獣道のような地面が露出しているだけだ。
「進むしかないね」
「……はい」
オリハ先輩と並び、暗い道を進んでいく。ランタンで辺りを照らしながら進むが、特に様子のおかしいところはない。ただ、暗い森に一筋の道が続いているだけだ。私もオリハ先輩も、ただ無言で周りを警戒していた。魔力の流れも、それほど不審な点はない。まっすぐな通りに風が吹き抜けている。
何か、妙だ。立ち入れば分かるという影のことも、迷子になるという話も、全く実感がない。本当にこのまま進んでいってもいいのだろうか。
考えながら進んでいると、ふっとランタンの火が消えた。
「ナツさん!」
オリハ先輩の声で足を止める。同時にぞっと寒気が襲ってきた。辺りは真っ暗闇だ。一本道を歩いてきただけなのに、帰り方が分からない。まずい、と見渡すが、オリハ先輩の姿すら見えなかった。
「オリハ先輩!」
声が響かない。周りの濃い魔力に吸い取られている。それで理解した。これが、影。体内の魔力がじわじわと吸い取られていくのを感じる。こんなところにずっといたらまずい。
「ナツさん!」
もう一度、オリハ先輩の声が響く。聞こえてきた方向に手を伸ばすと、腕をつかまれてずるりと引き戻される感覚があった。
思わず、へたりと座り込む。辺りはただの薄暗い森の中で、目の前にはオリハ先輩が心配そうに私を見ていた。
「い、いま、私、どこにいました……?」
「……分からない。急にランタンの火が消えて、ナツさんが引き寄せられるようにどこかへ向かおうとしたんだ。声をかけても反応がないから、無理に腕を引っ張ってしまった。ごめんね」
「いえ……ありがとうございます」
あのまま影の中にいたら、どうなっていただろう。想像しただけで身震いした。
「大丈夫? 立てる?」
「はい……」
オリハ先輩の手を借りて立ち上がる。まだ膝が震えていた。魔力が奪われる感覚がまだ残っていて、寒気がした。
「今日はこのくらいにしとこうか。戻ろう」
「……すみません」
オリハ先輩の気遣いが、今はありがたかった。とてもじゃないがこの先に行ける状態ではない。
オリハ先輩が風見鳥に指示を出すと、緑色の尾羽根をひらめかせて先導を始めた。ついていこうと身を翻そうとした時、ふと視界に閃光が走った。
「……え?」
つられて振り返ると、白く発光した小さな生き物がじっとこちらを見つめていた。長い耳と長い尾を持った獣だ。小さな赤い瞳としばらく目を合わせていると、その生き物は俊敏な動きで踵を返し、閃光を残して奥へと消えてしまった。
「オリハ先輩……」
「え?」
「……いました。魔法生物」
あの光に含まれた魔力を、見逃さなかった。レンリ先生の、複雑で分かりづらい、独特の魔力。
「後で聞かせて。その話」
オリハ先輩の神妙な声に頷く。光の跡はもう残っていない。私はオリハ先輩の後を追いかけて、夕陽の差す出口へと向かった。
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