第14話
座学の授業を終えて、食堂へ向かう。オリハ先輩の供給と一日の休息で、魔力はすっかり回復したようだ。これなら今日からもう課題を再開できるだろう。
課題の期限は一週間。そろそろ折り返しを迎えている。あの影の対処を考えて、レンリ先生の魔法生物を捕まえないといけない。
「ナツさん」
私を呼ぶオリハ先輩の声が聞こえた。見ると、女子生徒に囲まれている困った様子のオリハ先輩がいた。
「……オリハ先輩」
魅了体質から考えてそうだろうな、とは思っていたが、オリハ先輩はモテるようだ。周りの女子生徒たちは一斉に私を見てむっと胡乱げな顔をすると、渋々立ち去っていった。
「お邪魔でしたか」
「とんでもない。助かったよ」
隣の席に座ると、オリハ先輩の顔には疲労が滲んでいた。人を惹きつける能力も大変なんだろう。
「……事情を話せば分かってくれるから、まだいいんだけどね」
「無理に近付いて来る人とかも、いるんですか」
オリハ先輩は悲しげにうつむく。それが答えだった。私は何も言えずに視線をそらす。こういう時に気の利いた言葉をかけるなんてスキルは私にはない。レンリ先生だったら、どうするんだろうか。
「……課題の整理をしようか」
オリハ先輩は切り替えるようにノートを取り出した。今までの情報が綺麗な字でまとめられている。
「あ。まず、昨日はありがとうございました。おかげさまで元通りです」
「それなら良かった」
オリハ先輩は安心したように微笑んだ。そして、すぐ真面目な顔に戻って言う。
「それで、ナツさんの魔力を奪った影の存在だけど」
「ホノ先生たちが気をつけてって言ってたやつですよね」
自分の失態に舌打ちをしたくなるが、気を取り直す。過去の失敗よりは繰り返さないことが大事だ。
「昨日、ホノ先生にコンタクトを取って、話を聞いてきたよ」
「え、ほんとですか!?」
自分が臥せっている時も情報を集めてくれてたのか、と申し訳ない気持ちになる。お昼休みや授業終わりにも魔力供給に来てくれてたのに、そこまでやってくれてたのか。
「……すみません。色々押し付けちゃって」
「気にしないで。この課題は協力制だし、そのためのバディなんだから」
「……はい」
「それに、ナツさんが影に引き込まれたことにも意味がある。僕にはその体験がない訳だからね」
「なるほど……」
少しだけ胸を撫で下ろす。オリハ先輩があくまで課題のため、と言ってくれるのがすごくありがたかった。
「それで、あの影って一体なんだったんですか?」
聞くと、オリハ先輩は眉間にしわを寄せた。
「ホノ先生によると、あれはいわゆる魔物の卵、のような存在らしい」
「ま、魔物の!?」
目を見開く。そんな危険なものに取り込まれかけたのか。でもたしかに、魔力を吸収するという特性は一致している。
「な、なんでそんなものが敷地内に」
「研究のため、だそうだ」
「だとしても、危険すぎますよ」
「うん、僕もそう思う。ただ、ホノ先生によると影は森の中で封印されていて、一度も被害が出たことはなかったらしい」
「え、じゃあ、私が取り込まれそうになったのって……」
オリハ先輩は渋い顔でため息をついた。
「原因不明、だそうだ」
「えぇ……?」
納得がいかず口を結ぶ。先生たちはなんでそんなところに向かわせたのだろう。魔物の卵とやらを見せるため? でも、それで生徒が危険に晒されることは本意ではないだろう。
「……私が影に引き込まれた時、引き込まれたなんて感覚はありませんでした。気が付いたらランタンが消えて、真っ暗になったんです」
「ランタンが消えた、というのがヒントになりそうだね。僕から見たナツさんは、ランタンが消えた瞬間にどこかに誘導されそうになってた」
「魔力が吸われる感覚もなかったです。ただ、自分の声が反響しなくて。オリハ先輩の声だけが微かに聞こえて手を伸ばしました。それで引き上げてもらった感じです」
「……なるほど。僕から見たら、ナツさんはぼんやりとしていたけど、手を上げようとしているのは分かった。その手を取ったことで、こちら側に戻ってこれたんだろうね」
一通り森での出来事を整理すると、ひとつ引っかかる点があった。
「……あの後、レンリ先生の魔法生物が姿を現したんですよね。レンリ先生、影と私たちの様子を見てたんじゃないですかね」
そう言うと、オリハ先輩は面食らったような顔をした。そして、神妙な様子で言う。
「レンリ先生は危険な状態をしっかり把握していて、その上で課題を止める気がないってことだよね。そうなるとマウ先生が気付かないはずがないから、承知の上ってことだ」
「……そう、なりますね」
「僕がレンリ先生に校舎の立ち入りを申請して、あっさり許可されたのも、予想の範囲内だったのかもしれない。許可だけして何も聞かず立ち去ってしまったから」
沈黙が流れる。先生たちは、一体何を求めているのだろう。考えれば考えるほど分からなくなっていった。でも聞いても教えてくれないのだろう。
「課題は続行……となると、影への対策が必要だね。封印されている影がナツさんを襲った理由は分からない。また襲われる可能性は高いと思う」
「……はい」
ぐっと拳を握りしめる。影はどうして私を狙ったのだろう。レンリ先生の魔法生物はどうしてあの場にいたのだろう。分からないことだらけだ。
「レンリ先生の魔法生物は、光を放っていました。目が合ったら素早い動きで消えてっちゃいましたけど」
光や闇は本来、自然を扱う魔法の中でも最上級に難しいものだ。それを魔法生物として扱うレンリ先生は、やはり天才の類なのだろう。でも、それを私たちがどうやって捕まえるというのだろう。
「影の対策と、光る魔法生物の捕獲……また、ホノ先生に聞いてみた方が良さそうだね」
「はい」
オリハ先輩が端末を操作する。ホノ先生にチャットを送っているようだ。
私はそれを眺めながら、不安な気持ちを抱える。このまま課題を続けていくことで、とんでもないことに巻き込まれそうな予感があった。影の暗闇の感覚を思い出して、ぶるっと寒気がする。私は自身の肩を抱きしめた。
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