第11話
「レンリ先生が使う魔法生物、ホノ先生は知ってるんですかね」
「さぁ、どうだろうね。知っていても口止めされてる可能性もあるし」
「たしかに……」
先生たちならそのくらいの周到さはあるだろう。森についても同様だ。仮にホノ先生に知識があったとしても、この課題が森に関することなのであれば口止めされているかもしれない。
「でも、森は敷地内でも影が濃いから気を付けてって言われたんですよね」
「影か……」
オリハ先輩が腕を組んで考え込む。影、が何を意味するのかが分からない。私も思考を巡らせてみるが、検討もつかなかった。
しばらくお互い無言で考えていたが、少ししてオリハ先輩がふっと息をついた。
「なんにせよ、行ってみないことにはどうすることもできないね。ただ、無策で行けば危険だと思う」
「はい。迷って出れなくなったら終わりですからね」
ホノ先生はよく迷子になって救出されていると言っていた。あのぼんやりとした先生なら何度行っても迷子になると言われても納得してしまうが、それでも迷子になるほど内部が入り組んでいるのは間違いないだろう。
「マッピングは必要だろうね。あと、退路の確保」
「そうですね……なにか目印になるものを立てられればいいんですけど」
「うん、それなら僕らも魔法生物を使おう」
「え?」
ぽかんとする。たしかに、レシピ通りに手順を踏めば、私たちでも魔法生物を使役することはできるが……それなりに魔力を消費するため、実際に使役するのはハードルが高い。
「大丈夫、マウ先生から教えは受けてる。来た道を記憶して案内させるものは作れるはず」
「なるほど」
マウ先生は魔法生物の扱いに長けている。オリハ先輩を担当しているなら、たしかに実習で実際に教えたこともあるだろう。
「ただ手順は正確に踏まないといけないから……準備してくるよ。マッピングの方は任せてもいいかな?」
「分かりました。魔力の構造を見ればだいたいの地図は書けると思います」
「頼もしいね。それじゃあ、お互い準備ができたら森の前で落ち合おう」
「はい」
私は頷き、席を立った。マッピングするなら、紙とペンが必要だ。それに、それなりの明るさも必要だろう。昨日入り口に立った感じだと、中は昼だとしてもそれなりに暗さがあるはずだ。ランタンがあると便利かもしれない。
オリハ先輩と一度別れると、資材倉庫に向かった。図書館の隣にある建物で、魔法の実習や研究に使う物資が保管されている。よく使われるものは定期的に補充されていて、申請すれば生徒でも使わせてもらえる。
中に入ると、巨大なコンクリートの倉庫に様々な物資が所狭しと置いてある。魔法人形が忙しなく働いて、備品の管理をしている。
「すみません。欲しいものがあるんですけど」
「あぁ、よく来たねえ」
倉庫の管理を任されている妙齢の女性がカウンター越しに笑みを浮かべた。倉庫には課題に必要なものを取りにたまに立ち入るが、この人の視線は妙に苦手だ。
「何が欲しいんだい?」
彼女はじっとりと私を見つめる。頭の先から足元までくまなく観察されているようで、なんだかぞっとした。
「マッピングに使う道具が欲しいんです。紙とペンと……それからランタン」
「ふぅん……暗い場所のマッピングかい?」
「そんなところです」
彼女はにやにやした視線を向けてくる。私は思わず顔を背けた。
「森にでも入るつもりかい?」
「……まぁ」
隠しても仕方ないので打ち明けると、彼女はにまりと笑みを濃くした。
「なら気を付けることだね。あそこの影……やたら濃くなってるよ」
「……ホノ先生にも言われました。どういうことなんですか、それ」
そう言うと、彼女はおかしそうに笑った。
「あぁ、あの子も感じているんだね! そりゃそうか。立ち入ればよく分かる」
「え……?」
「はい、お望みのものだよ。マッピング用の資材、それとランタン」
魔法人形がどこからか現れて、手にしたトレーを差し出してくる。資材が入っているであろう鞄と、手持ちのランタン。私はそれを受け取ると、カウンターに向き直った。
「それで、影って……」
「言っただろう、立ち入ればよく分かる。ほら、気を付けて行ってくるんだよ」
それだけ言うと、彼女は急に興味をなくしたように手元の本に目を落とした。
きっともう何を聞いても答えてくれないのだろう。それに、目的は一応果たした。私は受け取った資材を握りしめて倉庫を後にした。
森は昨日と同じで、鬱蒼とした様相を呈していた。オリハ先輩はまだ来ていない。魔法生物を呼び出す準備にはまだ時間がかかるのだろう。
「影、か」
立ち入れば分かる、と言っていたが、今の時点では何も分からない。でも、先生たちが課題として私たちを森に向かわせる理由があるのなら、影というものは何か意味があるのかもしれない。
「……気を引き締めないと」
私はもらった資材鞄とランタンをしっかりと握りしめた。
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