第7話

 気まずい雰囲気が流れる。お互い、何も言わずに様子を窺っていた。先生たちから出された一週間分の課題。それをこなすにはコミュニケーションが必要なのだが……どこから切り出したらいいものか分からない。

 合同実習というものは初めてではないが、大抵は相手の方からコンタクトを取ってくれていた。今になってそのありがたさを感じる。自分と同じくらい人付き合いが苦手そうな相手に、自分から話しかけることの難しさ。私は内心頭を抱えていた。

 オリハ先輩には魅了の特異体質があるという。体質というのは魔力の個人差にも似ている。魔法の素質の有無から始まり、得意な魔法、不得意な魔法……言うなれば個人差のようなものだ。分かりやすい例で言えば身長や髪色、体格、果ては匂いや病気のかかりやすさ……など。遺伝子で決められたものもあれば、生活に基づくものもある。その中で特異体質というものは、突発的に現れた稀な遺伝子のようなものだ。だがサンプルが少ない上、種類も幅広く、研究はほとんど進んでいないという。


「オリハ先輩」


 意を決して声をかけると、オリハ先輩は私を見て気まずそうに微笑んだ。


「……ごめんね。魅了の体質なんて、使うつもりはなかったんだけど」

「……いえ」


 彼の言葉を聞くと、毒気を抜かれるような感じがしてしまう。体質、というからにはコントロールできるものでもないのだろうが、うまく使ってしまう癖があるのだともいう。


「でも、嬉しかったよ」

「……え?」

「負けたくない、なんて初めて言われた」


 どこか機嫌が良さそうな先輩に、私は思わず目を背けた。先輩の言葉に嘘はないように聞こえる。でも、こう感情を揺さぶられてしまうのは、魅了の力あってのことなのだろうか。


「……魅了体質なんてなくても、負けてましたよ。悔しいですけど、実力差が圧倒的です」

「ありがとう」


 にこにこと笑みを浮かべる先輩は、やはり機嫌が良さそうだった。


「そんなことより、課題のことです。魔法生物を探せ、なんてよくある課題ですよ。わざわざ協力しなきゃいけないようなものだとは思えないんですよね」

「同感。先生たちのことだから、何か難しくする要因があるだろうね。一人では達成できないような」

「はい。ひとつ困ったこととしては、手がかりがまるで与えられてないんですよね。名前どころか姿形すら分かりません。できるのはせいぜい、マウ先生かレンリ先生の魔力を辿るくらいです」

「そうだね。課題というからには、僕たちが見たら分かる印くらいはついてると思うけど……。ナツさんの言う通り、先生たちの魔力を追えば、だいたいの場所は検討がつくとは思う。ただ問題は……」


 オリハ先輩は苦笑した。その意味が嫌なほど分かってしまって、げんなりした。


「マヤ・ナイラの敷地が、あまりに広いんですよね。魔力を辿るにしても、手がかりがなければ無駄に一週間過ごすだけです」

「うん。僕もそう思う。せめてマウ先生かレンリ先生、どちらの魔力を辿るかは絞らないと」

「うーん……レンリ先生が魔法生物を使ってるところなんて見たことないですよ。マウ先生の使い魔が働いてるのは時々見ますけど」

「そうだね。マウ先生は魔法生物の扱いに長けてると思う。でも、レンリ先生ができないとは限らない。あの人はああ見えて魔法の天才だからね」

「本当に悔しいですけど、そうなんですよね。だから可能性を捨てきれないし……もしそうだった場合、どんな魔法生物なのかも想像できません」

「うん。そうしたらまずはマウ先生の魔力を辿ってみつつ、レンリ先生の魔力にも気を配っておこうか」

「はい!」


 私は思わず元気よく返事をした。その声の大きさに、自分で驚いて恥ずかしくなる。オリハ先輩もびっくりしたようで、目を少し見開いた後に和やかに目尻を落とした。微笑ましそうに見てくる彼に反抗して、私はそっぽを向いた。

 私は人と仲良く話すタイプではないし、合同実習の課題をするにしても、私のぶっきらぼうな態度に辟易する相手が多い。でも、オリハ先輩はすごく話しやすかった。それに、課題に対しての見解も議論がスムーズに進む。こんなことは、私にとって初めてのことだった。オリハ先輩の実力はゴールドという見た目だけでない。紛れもない本物だと、私の中の実感として証明されている、ということは大きいかもしれない。最初に顔合わせとして模擬戦闘をしたのは、そういう先生たちの思惑があるのだろう。

 内心を隠すためにそっぽを向いたままの私を、オリハ先輩はにこにこと見つめていた。なんだか私の感情ばかり見透かされているようで、すごく腹立たしくなる。自分の子供っぽい部分を曝されている気分だった。


「行こう、ナツくん。まずはマウ先生の魔力を辿るんだったよね」

「はい。マウ先生の魔力ならよく知ってます。私の憧れですから」

「そうなんだ」


 怒りと照れに当てられて、つい余計なことまで言ってしまったのは、オリハ先輩の魅了体質のせいにしておこう。私は気持ちを切り替えて、実習室に流れる魔力を観察した。目を閉じて、マウ先生の魔力を選別する。


「君はそういうのが得意そうだね。じゃあ、任せちゃおうかな」

「……サボらないでくださいよ」


 茶々を入れてくる先輩には意識を向けず、まだ色濃く残っているマウ先生の魔力に視点を合わせた。



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