第8話
マウ先生の魔力の特徴は、水の力が強いことだ。まるで水流のようにゆるやかで、力強い。
「……見つけた」
憧れであるマウ先生をよく見ている私には造作もないことだ。彼女の魔力の残滓を確かに感じ取ると、外に向かっていく跡を辿る。
入口の扉を開けると、二方向に分かれている。新しいものと、古いもの。
「オリハ先輩。新しい痕跡と古い痕跡があったら、どちらに進みますか」
私は試すように言った。オリハ先輩はそんな私を楽しむように口角を上げた。
「古い痕跡だろうね。課題が発表された時点で、魔法生物は既に放たれているはずだ」
私は満足して左に進んだ。この先には職員室がある。きっとそこに寄ってから実習室に来たのだろう。案の定魔力の跡は職員室に伸びていたが、それだけだ。中を窺っても、先生のデスクに滞留しているのが全て。そこより前の足跡までは追えなかった。
「……だめです。これ以上は限界です」
「きっとお昼休み中ここで過ごしたんだろうね。さすがにそれまでの残滓は消えてるか」
オリハ先輩は顎に指を当てて考える。その姿も妙に様になっていて、私はさりげなく視線を外した。
魔力の残滓が残る時間はそう長くない。加えて、お昼までの痕跡が消えているのなら、レンリ先生の方も対して収穫はないだろう。なにせ、お昼から実習室に行くまでの間、私たちは行動を共にしていたのだ。
そこでひとつ疑問が浮かぶ。私はオリハ先輩を見上げた。
「オリハ先輩は実習室でマウ先生といましたよね。それまでは何をしてたんですか?」
「僕? 僕なら、早めに実習室に入ってドール相手に肩慣らしをしていたよ。マウ先生が入ってきたから、軽く稽古をつけてもらってた。実習前の三十分くらいだったかな」
「三十分……」
それなら、マウ先生の廊下の痕跡はそれより前のものだ。それに、職員室のデスクに色濃く滞留していた魔力。彼女は一体、どのくらいの間そこにいたんだろう?
「オリハ先輩。魔力の残留って、いつまで続くと思いますか?」
「……なんとも言えないね。人によるけど、基本的には魔力が強ければ強いほど残りやすい」
オリハ先輩は職員室の中を覗き込んだ。私と同じく、マウ先生のデスクに強く残っている魔力を観察しているのだろう。
「レンリ先生の魔力を辿ってみようか」
「はい。私も同じ考えです」
振り返って目が合う。オリハ先輩は私を見て、柔らかく微笑んだ。私はその表情を見ないように顔を背けて歩き出す。魅了体質なんてものに影響を受けるなんてごめんだ。そんな内心を知ってか知らずか、オリハ先輩は後ろから足早に着いてきて隣に並んだ。細い青灰色の髪が、視界の端で揺れる。
「マウ先生がいつからここに滞在していたのかは分からない。でも、少なくともお昼の間はずっとここにいた可能性が高い」
並んで廊下を歩きながら、オリハ先輩の言葉に頷いた。
「私、お昼を食べに食堂へ向かったんです。その時、レンリ先生に声をかけられて一緒にご飯を食べました。そのまま一緒に実習室に向かったんです」
「へえ、仲良いんだね」
「……茶化さないでくださいよ」
げんなりとしながら、言葉を続ける。
「逆に言えば、レンリ先生が私に声をかけるまでの行動は知らないんです。マウ先生の魔力があのデスクに強く残留しているのなら……」
「それまでのレンリ先生の痕跡がまだある可能性は高い」
私は頷いた。歩きながら、レンリ先生の魔力を探る。あんなのでも、一応私の担当教師だ。魔力の特徴くらいは分かる。といっても、彼の魔力は分かりにくい。マウ先生のように、何か突出している訳でもない。漣も立たない水面のように落ち着いている。そんな不確かな魔力を辿るのは、彼をよく知っている私でも骨が折れる。でも、やらなければ。廊下に満ちている魔力を把握して、選別する。私と一緒にここまできたレンリ先生の痕跡が、強く意識に残った。
「あぁ、分かりやすい。嫌味か、あの人」
思わず舌打ちしたくなる。だから、やたらと私にまとわりついてきたのか。
「どうしたの?」
「レンリ先生の性格の悪さに辟易しただけです」
首を傾げるオリハ先輩に背を向けて、足を早める。今も少しずつ、痕跡は薄れていってるのだ。
本校舎を出ると、食堂へ続く痕跡がいくつかあった。マウ先生とレンリ先生の魔力が、真新しく食堂へ続いている。もしかしたら本当にコーヒーブレイクにでも行ったのかもしれない。食堂に繋がる痕跡には自分のものもある。さすがに自分の魔力は見間違えるはずもない。
「急ぎましょう。消えかけてる」
「うん、頼んだよ相方さん」
相方さん、という響きに調子が狂う。この人にもどこかレンリ先生のような大仰さがある。でも、嫌な感じはしなかった。
私たちは食堂の近くまで行き、中へ入っていった真新しい跡を確認する。マウ先生と入っていったものだ。それとは別に、ほとんど消えかけている自分の痕跡がある。その近くで伸びているレンリ先生の魔力は、食堂と本校舎の間あたりで分かれている。私の記憶でも、このあたりで声をかけられたと認識している。
「……捉えた」
レンリ先生の糸のようなか細い魔力を、今度こそしっかりと確認した。私はうっすらとしたそれを逃さぬように手繰り寄せる。そして脇目も振らず走り出した。もうすぐ消えてしまう。その前に、行けるところまで……!
「ナツさんっ」
オリハ先輩の声で足を止めた。理由は明白だった。レンリ先生の魔力はもうほとんど消えている。だが、私と会う前に立ち入った所は一目瞭然だ。私は目の前の場所を仰ぎ見た。
聳え立つのは、敷地内でもほとんど人が訪れない地。それこそ実践訓練や研究などにしか使われないような、特殊な場所だった。
「……間違いないです」
「そうだね」
オリハ先輩が隣に並んで見上げる。
鬱蒼と茂った森の入口に、足を踏み入れていた。高い木々や薬草のような植物が不規則に生えている。獣道のような土の露出が、辛うじて人の立ち入りを感じさせていた。軽率に奥へ入れば迷子になって出れなくなる。準備がいるだろう。それだけに、課題の目的地としては大当たりだった。
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