序章 天下統一の真相が分かると聞いてZ世代の俺が戦国時代に転生しましたよ 六本木カフェバー Instynx

俺の名前は桃井直常。20代後半の外資系証券でトレーダーをしている。二十一世紀も四半世紀に差し掛かろうと言う二年前に日系の大手証券会社から転職してきた。ボーナスを含めた年収はまずまずで、ストックオプションも付いてくるので世に言う勝ち組だ。オフィスは外資系金融お決まりのAAAR (赤坂青山麻布六本木) の一角の六本木ヒルズの高層階に有る。住居もオフィスから近い場所で賃貸している。


少し南北朝時代をかじった人なら俺の名前にピンと来るだろう。延元2年/建武4年(1337年)8月、吉野の後醍醐天皇の呼びかけに応じた鎮守府将軍北畠顕家は、義良親王(後に後村上天皇)を奉じ、腹心結城宗広や伊達行朝ら奥州勢を率い、霊山(福島県相馬市および伊達市)を出発した。その顕家軍と二度に渡り交戦し、活躍して名を上げた北朝の足利一族である武将が桃井直常だ。桃井直常は弟の高茂・土岐頼遠とともに青野ヶ原(関ヶ原)で北畠軍に一敗地に塗れた。しかし高師直に煽られて奮起し、南都で再戦の際には、遠路を一気に駆け付けて疲れきった北畠軍を散々に打ち破ったのだった。俺が生まれれる前の大河ドラマ「太平記」では高橋悦史と言う俳優さんが演じていたらしい。(あの大河ドラマは楽しめたが、不思議な事に主人公だけがどうしても。。。)俺の家族もその子孫らしいと両親は言っているが、本当の所は分からない。ただこのような名前に生まれついたので、一端の歴史マニアにはなっている。特に大好物は戦国時代と南北朝時代だ。


「それにしても、最近は戦国転生物語や、本能寺の変の真相解明本ばかりでお腹いっぱいだな。」

同じく歴史オタクの友人と歴史本全般の話をしていた俺は呟いた。彼はキョトンした顔で「何で?」と聞いてきたので説明してあげた。

「転生物って、小早川秀秋や大谷吉継が関ヶ原で動いて形勢逆転とか、武田信玄/上杉謙信は死なず天下を獲ったとか、弱小大名に生まれ変わって天下を獲るとかそんな内容で溢れてるじゃない。気持ちは分かるけど、筆者の思入れで空想話を膨らませるから、現実主義の自分は感情移入ができないんだよ。そう言う話を手に汗して読む読者は多いとは思うけど、少なくとも自分はね。」

友人が言った、

「なるほど。と言うか、現実世界で何らかの行き詰まりを感じている人達が、つかの間の現実逃避できるのが、転生物が流行する理由だと俺は考えるね。それだけ世知辛い世の中になっている事の現れかも知れない。それで、本能寺の変解明の方は?」

俺は答えた。

「こっちはこっちで年中行事のように「驚愕の事実」「遂に真相が」とか既視感の有る宣伝文句の本が出版されるけど、結局内容は秀吉黒幕説、家康黒幕説、正親町天皇黒幕説、足利義昭設、光秀能動説、それに周辺大名の長曾我部、毛利。上杉景勝の黒幕説のいずれかの範疇を出ないんだよ。内容は一次文献や二次文献の難しい一言一句の解釈に明け暮れて、それでも愛宕百韻の『時は今』を上回る様な発見が無いの。昔は『え?何かあっと驚くような真実が遂に明らかになったの?』と思って何回かその手の本を買ったんだけど、その度に何か騙された気になってさ。最近は、あーまたか、って感じ。」


今日は2025年(日本の元号では令和7年)11月27日、いつものように開けたばかりのロンドン市場を相手にしてすっかり仕事を終えるのが遅くなってしまった。幸いにして今日はアメリカはThanks Giving Dayなのでニューヨーク市場の相手をする必要は無い。身の回りを片づけて帰ろうとすると、カントリーマネージャー代理の武田さんが寄って来た。

「桃井君、明日は金曜日だし、アメリカも今日はお休み。久しぶりにどこかに飲みに行くかい?」

「武田さんさん。自分達のZ世代は、コスパ、タイパが重要だって何回説明したら分かるんですか? 仕事の後に飲みに行くなんてご法度中の御法度ですよ。飲み行くなんてのはX世代の発想ですよ。」

「うーん、そうかい。まあ仕方ないよね。今の六本木はすっかり開発されて面白みのない街になってしまったけど、昔はそれでもこの界隈も色々とあってさ。そもそも六本木ヒルズができたのは2003年。その前は、このあたりもゴチャゴチャとしていてね。芋洗い坂から六本木ヒルズアネックスの裏道を通る道は、テレ朝通りまでつながっていたんだよ。今みたいにヒルズでぶったぎられてなくて。その道にはプロレスラーのアントニオ猪木の店もあった。そして、その道とテレ朝通りに囲まれた部分はお寺の墓地になっていて、古い家と墓場が混在して何とも言えない雰囲気を醸し出していのさ。その一帯を森ビルが地権者と交渉して購入し、家やらお墓やらを全部潰して六本木ヒルズ、毛利庭園にしたんだけど、そもそも毛利庭園なんて有った記憶がないんだよね。それから六本木ヒルズアネックスは、ずっと昔からあって、ヒルズができる前は東京日産ビルディングと呼ばれてたんだよ。そこのビルに間借りして、日本コカ・コーラなんかも入ってたよ。」

武田さんはX世代でバブル全盛時代に社会人になったが、ウザがらみをせずにこう言う昔の面白い蘊蓄を話してくれるので、酒の付き合いは丁重にお断りするけれど、人間としては好きだ。いわゆるEQが高い人なので(見た目もETみたいだが)、カントリーマネージャー代理まで上り詰めるのも頷ける。


「それではお疲れ様です。自分が最後なので消灯します。」

そう言って武田さんが帰るのを見届けると、俺も一人で六本木ヒルズの外に出た。

「あれ、何かいつもと様子が違うな。どうしたんだろう。」

さっきの武田さんの話が、ふと頭をよぎる。不思議なことに、目の前の「アントンリブ」という看板に描かれた、あごの突き出た男性の似顔絵がはっきり見えた。「えっ?」と思った瞬間、視界の端に“Cafe Bar Instyx”というネオンサインが灯っている。

「はて、こんな店あったっけ?」

訝しく思いながらも、なぜかおかしいとは感じなかった。まるで夢の中で、目の前の出来事をすべて当然のこととして受け入れてしまうように。

気づけばその店の扉を押していた。カウンター越しに「いつもの」と言うと、山崎のダブルがロックで出される。初めての店のはずなのに。。。

カウンター席、テーブル席には二十代くらいの女性たちが座っている。しかし、どこか印象が違う。普段六本木ヒルズ近くのバーで見かける港区女子とは、雰囲気がまるで別物だ。まず、扇子だ。なぜか大きな扇子を手元でひらひらさせている。それも、今の流行とはかけ離れた感じの、やたら派手な色と柄。それから、タイトに身体のラインを強調したワンピース。裾がミニスカートの丈で、ぎゅっと絞り込まれたシルエット。どこかで見たような、とても懐かしい映像作品の中の夜のクラブシーンを思い出させた。肩が大きく見えるジャケットのような服を着ている子までいる。

「もしかして、武田さんが言っていた――あれか?」試しに話してみると、会話も不思議だった。言葉は通じるのに、どこか噛み合わない。港区女子とは違う、時代そのものがずれたような感覚。


何か自分が場違いの所に来たような気がし、早めに切り上げたくなったので、

「あーちょっと暇だし、家に帰って本能寺の変の真相でも解明してみるか」

と、最近やたらとハマっているYoutTubeの『ぶーぶーざっくり解説』と命名されているチャネルの常套句を真似して言ってみた。

するといつの間にか、俺の隣に座っていた初老の男が

「お若いの。家に帰らなくても真相を解明できるぞ。」

と声を掛けてきた。

(何言ってんだ、この人。危ない薬でもやってるのか? それとも売人か?)と思いながらも、俺は暇つぶしに話を合わせた。

「面白いですね。それでどのように解明するのですか? あなたは長曾我部派? それとも、正親町天皇派?」

「何を戯けた事を言っているのかね。そんなつまらない事ではないよ。本当に真相を解明するんだよ。」

「ははは、本当に真相を解明するんだよって。そんなこと出来るわけないでしょうが。」

「いや出来る。転生だよ。お若いの、転生をしてみたいかい?」

今は11月末。頭のおかしいのが湧いて出る季節ではない。それが事も有ろうに「転生して、本能寺の変の真相を解明させてやる。」と言っているのである。

「いやね、お兄さん(お父さんと言いたくなるのを堪えた)。僕は転生物って読まないんですよ。なんか現実味が無くて。」

「全く信じておらんようだの。基地外爺の話は聞くに値しないようなので。この話は無かったことに。。。。」

打ち切られそうになると、不思議な事に興味が湧いてきた。

「いやいや、待って下さいよ。途中まで言ったんだから、最後まで言ってくださいよ。それで何に転生できるんですか?」

「それはな、人にまつわりつくような空気のような存在で、そうする事で歴史上で起きた事実を客観的に見える存在じゃ。」

「いやいや、お兄さん。それはつまらないですよね。何で空気みたいな存在に張る必要が有るんですか。“転生したらスライムだった件”じゃあるまいし。」

「それは、空気のような存在にならないと、アンタのような興味津々の連中はつい手を出して歴史を変えてしまうだろ。そうなっては困るのだ。よく転生物にありがちな『二条城で討死した織田信忠に転生しました』みたいな事をやられてしまっては、歴史がまるっと変わってしまうだろ。」

確かに仰せの通りだ。歴史を変えたいと言うモブ達の望みが昨今、転生歴史改変モノが大流行している理由なのだから。しかし俺はそんな野暮な事はしない。もし戦国時代を目の当たりに出来るなら、ありのままの歴史・真実の証人となりたいと思う。

「勿論、そんな事はしません。『伊達政宗に殺された弟小次郎に転生して、伊達家を乗っ取り秀吉と天下分け目の戦いをしますよ』みたいな事は絶対しません。そうですねー、例えばですねー。。。。」

(そうだ。こうすれば行けるんじゃないか。)俺は思った事をその男に告げた。

「フーム、確かにそれならば人間として転生しても大丈夫そうだな。しかし約束だぞ、決して歴史を変えてはならないぞ。もし歴史を変えようとする時、それはアンタが消滅する時だ。」

「大丈夫です。と言いたい所ですが、歴史を変えるって、具体的にどこまでを定義してます?」

「そうだな。認識できる歴史文献、一次文献、二次文献、そして山川を始めとする日本史教科書や参考書、に記載されるような事実が変更されないという事だ。歴史書も名も無い百姓や、その他大勢の町人について記載しない。アンタがなりたがっている人物も同じようなもんだ。しかし、本当に歴史を改変しようとはしないと約束できるだろうな?

「はい、その点は大丈夫です。任せてください。」

俺は冗談が九割、そして残りの一割は期待で話をしていた。するとその初老の男はうんうんと頷いた。

何だか、急に気が遠くなってきた。「しまった、調子を合わせて話しているうちに一服盛られたのかもしれない。マッチ売りの少女ならぬ、内臓摘売りの老人かもしれない。どうしよう。」

そう思う間も無く、俺の意識は消えて行った。


そしていつの間にか目が覚めた。どれだけ経ったのか見当もつかない。それは1分間と言われても、10年間と言われても、そうですかと言うしかない。そう、あれは大学一年生の夏休み、盲腸の手を受ける時に、麻酔で眠りに落ちてから目が覚めるまで、どれだけの時間が経ったのかまるで感覚が無かったのと同じような感覚だ。

「とりあえず生きている。」

と思いながら先ずは自分の着ている者に目をやった。いつものテイラーで仕立てたスーツと、お気に入りのToddsの靴ではなく、大河ドラマの中でも見たことがないようなボロ着と、すっかりよれよれになった草鞋を履いている。そして周りを見渡すと、21世紀ではどんな限界集落もここまでではないと言う様な田舎だ。間違いない、俺は戦国時代に転生したのだ。「そうだ、内臓売りの老人」と思い、胸や腹をチェックしたが、とりあえず手術の痕は見当たらず、どこも痛い所も無い。大丈夫のようだ。一安心すると喉が渇いて、すぐ傍の小川に歩いて行った。水が澄んでいて、小魚が沢山泳いでいる。童謡唱歌「春の小川」で歌われた大正時代当時の東京府豊多摩郡代々幡村(現在の渋谷区代々木)に流れていた河骨川の水でさえもこんなに澄んではいなかったのではと思うほどだった。渇きが癒えて落ち着くと顔を洗いたくなった。そして水面を覗き込んで驚いた。

「こ、これが俺なのか。この顔はまるで。。。。。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る