反動殺しと、回転の剣舞〜
Sランクの反動対策
特訓ギルドの治療室で意識を取り戻したヒカリは、すぐにリーネとタマキに訓練場へ連れ出された。ヒカリの身体はまだ軋んでいたが、彼の目はすでに次の課題を捉えていた。
「あれが、最短居合の反動ですか。自滅技ですね」ヒカリは自嘲気味に言った。
リーネは冷静に頷いた。「そうよ。あなたの居合は、斬撃の瞬間に運動エネルギーを空間に解放する。しかし、攻撃対象がない状態で加速だけを行えば、そのエネルギーはあなたの身体自身に跳ね返ってくる。その勢いをどう殺すかが、あなたの次の課題よ」
リーネは二つの解決策を提示した。
「一つ目は、急回転による反動殺し。加速しきった身体を、地面を蹴って一瞬で急回転させる。勢いを回転運動に変換し、遠心力で相殺させる方法よ」
「二つ目は、方向転換とステップ。瞬動で得た勢いを、細かなステップと連続的な方向転換に使い、数秒かけて慣性を吸収していく方法」
ヒカリは両方を頭の中でシミュレーションした。ステップによる方法は、柔軟性が求められ、何よりも次のチャージに意識を集中し続けるのが難しい。
リーネはヒカリの思考を見抜いたように続けた。
「あなたは納刀後、すぐに次の居合のタメに入りたいのでしょう?それなら、最初のうちは潔く振り抜く(急回転で反動を殺す)方が良いわ」
「勢いを殺した後、すぐに私(敵)から目を離さないこと。目を離した瞬間にタメが途切れてしまう。慣れるまでは、一回一回確実に反動を殺し、私を見据えたまま次のタメを継続する特訓が必要よ」
「分かりました。それでお願いします」
居合の回転
ヒカリの特訓は始まった。タマキは訓練場の端で、手に持ったポテトを食べるのも忘れて見守っている。
特訓は、以下の三段階の繰り返しだ。
1. 3秒チャージで前方へ瞬動(離脱)
2. 壁に激突する寸前、刀を振り抜く勢いで身体を急回転させ、反動を殺す。
3. 回転が止まった瞬間、リーネ(敵)から絶対に目を離さず、次の居合のタメを継続する。
最初は酷いものだった。瞬動の勢いは凄まじく、急回転を試みても制御できない。身体はコマのように回りすぎて地面に叩きつけられ、目が回りすぎてリーネの位置を見失ってしまう。
「目を離すな、アサクラ君!居合とは、精神統一の極致でしょう!?回転で勢いは殺せても、意識が回ってどうするの!」リーネの厳しい指導が飛ぶ。
「ぐっ……!すみません!」
ヒカリは回転で勢いを殺した後、無理やりリーネを見据えようとするが、視界がぐるぐると回るせいで、立っているのが精一杯だ。もちろん、集中力は霧散し、次のチャージなど不可能だった。
(くそっ!回転で勢いを殺すのは、居合の反動を刀で振り抜くのと同じだ。だが、その反動を処理した直後に、すぐに意識を敵に集中させないと、納刀の硬直と同じ隙が生まれる!)
何十回もの特訓の後、ヒカリはついに会得した。
瞬動で加速。壁が迫る。急回転! 勢いが殺される。
ヒカリの身体は止まったが、視線は決してブレない。回転中も、リーネの姿を一点に捉え続けた。
「フゥ……」
ヒカリが刀の柄に手をかけたまま静止すると、リーネは静かに頷いた。
「今のよ。身体の勢いを殺し、意識を殺さなかった。それが、あなたのSランク居合を、安全に『逃げの一手』として使うための第一歩だわ」
タマキは安堵の息を漏らした。
「よっしゃ!これで死なずにポテト食べられるんやな!」
ヒカリは額の汗を拭いながら、自分の進化を感じていた。居合斬りしかないからこそ、彼は一つのスキルに、攻撃、防御、離脱、反動処理といった、あらゆる役割を詰め込むことで「ゴリ押し」を成立させていく。
彼の戦術は、また一つ、複雑で強靭なものへと進化を遂げたのだった。
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