第5話 言えるかな?「お願いします」って。
「ちょっとだけ、小屋にお邪魔しようね。お嬢ちゃんも服が泥だらけだから、洗濯しようね」
シェリールは静かに小屋の戸を開けて、ディセルネとヤーナを中に促した。
「妾は着替えなぞ持たぬゆえ、このままでよい」
自身の泥汚れしたワンピースを、軽く手で叩きながら答えるディセルネ。
『まぁ、仕方ないよな。何も持ってないんだし。神力でも使えたらよかったのになぁ』
ヤーナがディセルネの足元に擦り寄ってきた。
『そうじゃのぅ、せめて神力が使えたら良かったのじゃがな』
肩をすくめたディセルネが、もみじの様な手のひらを空にかざす。
すると眩い白金の光が溢れ――なかった……。
『無理じゃのぅ……』
ガクッと音が出そうな勢いで、俯くディセルネ。
彼女の小さな足に、白いモコモコの前足がチョコンっと乗った。
『元気だせ、なんとかなるさ』
そんな二人に向かってシェリールが、笑いながら声をかける。
「何だか二人は、意思疎通ができてるみたいだね。ワンちゃんは今何て言ってるのかい?」
『誰が“ワンちゃん”だ!俺は神獣ヤーナ様だ』
ヤーナとシェリールの間に視線を走らせたディセルネは、そのままを口にした。
「誰が“ワンちゃん”だ!俺は神獣ヤーナ様だって、言うとるぞよ」
一瞬だけ大きく目を見開いたシェリールだが、すぐに目尻を下げて、仔犬の様な神獣に話しかける。
「ヤーナくんだね、よろしくね」
『おい、兄ちゃん!絶対神獣って信じてないな』
鼻頭に皺を寄せて、軽く唸るヤーナ。
『ヤーナ、威嚇にもなっとらんぞ。かわいい仔犬にしか見えん』
半笑いのディセルネの足に、ヤーナが飛びつく。
「ところで、お嬢ちゃんの名前は?名前言えるかな?」
今度はディセルネに話を向けた、シェリール。
キョトンとした顔のディセルネに、ヤーナが揶揄うように念話を飛ばす。
『お嬢ちゃん、お名前言えるかな?』
『ヤーナも青年も、妾を幼子だと思っとるのか……。
やれやれ、人の歳で数えるなら妾は数百年は生きとるがのぅ』
『いや、俺は幼子とは思ってないよ、ちょっとした冗談。だいたい、こんな可愛げのない話し方する幼児はいないよ。あの兄ちゃんが、ちょっと変なだけだろ……』
「妾の名前かのぅ?妾はディセルネじゃ。聞こえたかの?青年」
見た目は幼子、しかしその名乗る態度は尊大。決して可愛らしさのかけらもない答えっぷりに、なぜか微笑むシェリール。
「ちゃんと名前言えて、えらいよ。こんなに小さいのに。
さぁ、今から洗濯するから、これに着替えてね。一人でできる?手伝った方がいいのかな?」
シェリールは自身の荷物の中から、麻のシャツを取り出した。
「青年よ、妾は幼子ではないと言うとるじゃろ。着替えくらい自分でできるから、心配せずともよい」
シャツを手渡しながら、シェリールは笑いかける。
「そうだよね、何でも自分でやりたい年頃なんだよね。
あっ、そうそう、僕の事はシェリールって呼んでほしいな」
『幼子の自立心を尊重しようって、思ってるだけだな。ディセルネ、諦めろ!もうあんたは、幼子として生きろ』
笑いを堪えたヤーナの念話に、ディセルネは軽く息をついた。
「もうよい、幼子でもなんでも……。
シェリールよ、これに着替えるのじゃな?」
「そうだよ、僕は先に湖でマントを洗濯するから、着替えたら持ってきてくれるかな?」
開いた掃き出し窓を指差し、告げるシェリール。
窓の先はデッキになっていて、湖に面しているようだった。
「どれ、着替えるとしようかのぅ」
汚れたワンピースをポイっと脱ぎ捨てて、簡素な肌着姿のディセルネ。
ポッコリしたお腹、短いずんぐりとした手足は、まさに幼児。
その短い腕を麻のシャツに必死に通すが、袖口までの距離は一向に縮まらない。
諦めて反対の腕を通そうと手を伸ばすが、当然大人の肩幅は広く、もう片方の袖まで届かない。
せめてボタンだけでも閉まれば……と試みるが……。
そのムチムチっとした小さな手では、細かい作業は難しかった。
「ヤーナ、妾は……服もまともに着れんのかのぅ……」
大きく項垂れるディセルネに、ヤーナが一言。
『保護者を連れてくる』
まるでボールがコロコロと転がるように、駆け出した仔犬のような神獣。
すぐにシェリールを連れてきたヤーナは、彼の足元を走り回ったり、ズボンの裾を引っ張ったりして、必死にディセルネの元まで促していた。
シャツに包まれた状態のディセルネ。
シェリールは彼女の正面に膝をつくと、優しく笑いかけて、そしてフワリと頭を撫でた。
「少しずつ、できるようになるからね。頑張ったね」
――――妾を、励ましておるのか……。
シェリールの目には、妾は幼子に見えるようだからのぅ。
“幼子が頑張ったけど、できなかった”
そんなふうに映っておるのじゃな。
でも、悪い気はせぬ。
なんじゃろ……、頑張りを認めてもらった感じじゃな。
「シェリール、このシャツは妾一人では無理じゃ。
……手伝ってくれるかのぅ?」
シェリールを見上げるディセルネに、ヤーナがすかさず一言。
『違うだろう?“お願いします”って頼むんだろ?』
――――そうなのか……、
誰かに頼む時は、“お願いします”と言葉にするのか……。
「シェリール、……お願い……します」
少しだけ、はにかむようにして伝えるディセルネ。
「はい、お願いされます」
目を細めた彼の表情は、まるで幼子を育てる父の眼差し。
*****
そして天界では……。
「「「おぉ、ディセルネがちゃんと、“お願いします”って……」」」
そう、いつものメンバーが手を取り合って感激していた。
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次の投稿は金曜日予定です。
落ちてきた神様は、捨て子じゃありません! ちょっと“学び直し”に出されただけ。 香樹 詩 @seitoroumakizou
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