月と川
またねと言った時
家へ帰るつもりはなかった
罪を犯したから
あの人の命令に背いて遊んだから
行方不明になれば許してあげる
つまり、このまま家に帰らず知らないどこかを彷徨うこと
私も誰も知らない所へ行って消えること
そうしたら許してあげると
とりあえず、いつも曲がる道を曲がらずまっすぐゆき、川をめざした
既に空は暗かった
前を向くとあの人がいて、おいでと言っている
優しく、おそろしく、私を見て
小学校の前を通った
忘れられないんだろ?
強く腕を引っ張られたこと
父親に殺してやりたいと言われこと
君は理解されなかった
愛されなかった
君を愛せるのは私だけだ
眉が震えて、足は止まらない
どこへ行くんだろうどこへ行くつもりもない
ここで行方不明になったとして、見つかれば私たちの1年後がなくなるかもしれない
どうやってここまで来たっけ
頭が働かない
なにを考えていたんだっけ
このまま消えないと許してもらえない
本当に?
川は光る
暗く光る
黄土色の月
出たばかりなんだ
近い、そこに月がある、大きい
どうしたらいい
どうしたらいい?
川へ飛び込むなんて絶対に無理
海じゃないと嫌だ
どこへ
戻りたくはない
戻れば許されない
どうすれば清算できる?
どこへ行くかも分からないこのバスに乗ろうか
ここに座って、バスが来たら乗ろうか
できなかった
誰も降りなかったし、誰も乗らなかった
私しかいなかった
あ、コンビニのトイレだ
そこで清算だ
知らない道
暗い
風が吹き異常なまでに枯れた葉が上から落ちてきては驚く
恐怖に息が上がる
あれは夢だったのか
ふらふらと歩いて
知らない道
正直に言おう、怖かった
月の光にあてられすらすらと流れる真っ黒な川を見てここはどこだと
すべてに怯えた
口で息を吸って吐いて
だんだんと体が冷えてくる
何のために歩いているのかわからない
とにかく、清算したかった
ひとりになって座りながらいつもの行動をしたかった
全く頭が働かないまま入ったコンビニは窮屈で、向かったトイレは不気味に広かった
個室に入って、ロングコートを脱いで
手に握ったのはハンマーで
とりあえず腕に振り下ろす
許されるためだ
許されるため
罪をここで清算する
こうしなければならない
これは痛いんじゃない
痛いのではない
決してちがう
私がやっているのは救済
あの人は言う
足を10回、腕を5回、頭を3回
もちろん従う
そうしたら許してあげる
家に帰ってもいいよ
これをやったら今日遊んだことも、笑ったことも、楽しんだことも、許してあげる
トイレは、コンビニを利用しないと使ってはいけなかった
だから、肉まんを買った
なぜ買ったのかはわからなかった
外に出て、ひとくち噛み
帰ろう
そうおもった
イヤホンをして
グレン・グールドのパルティータ No.2と
ベルリオーズの幻想交響曲を聴きながら歩いた
あの人が好きだから
クラシック以外、聴くことは気に入られない
ダメなわけではないけれど、あの人は気に入らない
ベルリオーズの幻想交響曲第四楽章は、世界最高の楽章である。
パルティータ No.2も、世界最高の始まり方である。
肉まんは、美味しいと思うなと言われた
これは美味しいものではないと
そうなんだ
月は雲にぼやけて美しさは半減していた
2025.11.06
天使が死ぬと @hot_bundy0815
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