美少女

 少女はゆっくりと俺の隣に寄り、墓石に視線を落とした。

 黒いセーラー服の裾が、夕風に軽く揺れる。


 彼女の肌は本当に白く、薄暗い光の下で、まるで月光を浴びた雪のように淡く輝いていた。

 長髪が肩に落ち、さらさらと黒い波のように広がる。息が止まるような美しさだ。


 俺は動けなかった。

 少女の怪しい美しさの前に、どう反応すればよいのか分からなくなっていた。

 

 美しい。本当に人間だろうか。

 そんなものを信じる質ではないが、幽霊とか山の妖とか、そんな類のものを俺は相手にしているのか?

 いや、ばかばかしい。


 俺は喉の渇きを覚え、思わず唾を飲み込んだ。

 異様な光景と状況に手汗が滲む。


 墓場の静けさが、重くのしかかる。線香の煙が、ゆっくりと彼女の周りを包む。

「浩二のせがれ、だな? 名前は?」


 彼女の声が、静かに響いた。鈴のような美声だが、口調はまるで女王のように尊大だ。明らかに思春期の少女が纏っていい雰囲気ではない。


 俺の混乱を、彼女は楽しむように微笑んだ。


「佐藤……健一だ。えっと、お前は? ここ、墓地だぞ。父の知り合いか?」

 俺はようやく言葉を絞り出した。心臓の鼓動が、うるさい。


「質問が多い奴だ。若い頃のあいつにそっくりだよ」

 少女はくつくつと笑った。

 その仕草一つ一つに不思議な優雅さと色気がある。


「浩二のせがれか。ふーん、似てるな。目元とか、口の線とか。あいつが生きてりゃ、きっとお前を見て苦笑いしただろうよ。」

 少女はそう言って、俺の顔を間近で覗き込んだ。

 距離が近い。息がかかるほどに。

 彼女の瞳は、黒曜石のように深く、底が見えない。睫毛が長く、わずかに上向きにカールしている。


 完璧だ。

 完璧すぎて、息苦しい。

 俺は後ずさった。


「お前は誰だよ。本当に父さんの知り合い? この町で、君みたいな綺麗な子がいるなんて聞いたことないぞ。」


 少女は鼻で笑った。


「綺麗だなんて。あんた、こんな人気のないところでいたいけな女の子をナンパするつもりか?」


「あ、いや」


 やりにくいな。


「知り合いねえ、 まあ、そんなところだよ。浩二とは、長い付き合いさ。成り行きでね。あいつの尻ぬぐいをよくしてやってたんだ」


 尻ぬぐい?何の話だ?


「実はあいつからあんたのことを頼まれていてね。助けてやって欲しいって」

「父さんに? 俺を?」


 一体どういうことだ?


「まあ、それはおいおい話すさ。」

 少女はにやりと笑い、空を見た。


「もう日が暮れる。あんたはもう帰った方がいいよ。街に出たあんたは忘れたかもしれないが、夜の山は人の領域じゃないんだ。」


 そして彼女はゆっくりと歩き出し、俺の隣を通り過ぎた。

 ふわりと花のような香りが舞う。

「ちょ、ちょっと待てよ!」


 俺は慌てて少女を呼び止める。彼女は立ち止まり、振り返った。


「なんだよ?」

 

 怪訝そうな声で言う彼女に、俺は思わず叫ぶように言ってしまった。


「結局、君はどこのだれで、父とはどういう関係なんだ?教えてくれ!」

 

 少女は少し驚いた顔をした後、にやりと笑った。


「そのうち分かるよ。こういうのは言葉で説明するよりも体験した方がいいだろう」


「何を言ってるんだ、、ほんとさっきから」


 少女は俺に背を向け道を歩いていく。その先にあるのは山へ続く暗闇。

 その先には民家も何もないはずだ。


「おい、もう夜になるぞ。そっちは山だぞ」

「んなこたぁ分かってるよ。ご忠告ありがと、、あ、、ご忠告と言えばだ。」


 彼女は、またいたずらっ子のような笑みを浮かべ振り返る。そして挑発的な声色で言った。


「今後は怪しい奴に自分の名前は教えないことだな。特に今晩からは」

「え?」

 俺は思わず聞き返す。だが俺が疑問を口に出す前に少女はもうスタスタと歩き出していた。

 少女は薄暗くなった森の木立の奥へためらう様子もなく消えていく。


「ま、待てよ!」

 俺は慌てて彼女の後を追いかけようとした。

 しかし少女の姿はもう消えてしまっていた。


 心臓がバクバクと音を立てる。辺りを見渡すがどこにもいない。

 足が速いのか?それとも…


 ふとスマホの画面を見ると午後5時を回っていた。

 うす気味悪くなり、俺は足早に墓地を去った。

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