第15話:聖女不在の検討会(前編)
アーネストがそれぞれの権力者への直訴のために部屋を出てから、残された三人はポーションのさらなる増産プロセス検討のための話し合いをしていた。
「アーネスト様は増産に必要な権限を獲得なさるとおっしゃっていた。騎士団や教会人員の指揮権もそれに含まれるはずだ。人が動かせれば供給のための運搬や材料調達に騎士たちを回すことができる。秘密をどこまで守るつもりなのかが分からない以上は、教会職員は製造工程に回すべきだろうな。」
「さっきも言ったが、設備が追いつかないと製造人数を増やしたってどっかで頭打ちになるだろ。どんな設備でやってんだ?」
ヘルマンに続いてテオフィルスが口を開く。その質問に答えようと工房の間取りを思い出すように一度瞼を伏せて思案ののちにアメリアが言葉を返すと、鋭い視線に制された。
「大きなものでは
「待て、アメリア。」
咄嗟に口元に手をやるアメリアだったが、にわかに空気が悪くなる二人の間を丸くさせた瞳で交互に見やる。明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せる魔術師に対して騎士はいつもと変わらぬ抑えた表情であるように見えたが、その声音には僅かに怒気が滲む。
「……ルツィア様ならお前を使うだろうが、今は確認が取れない。今回の件を秘密保持契約の範囲内として手伝う気はあるのか?そうでない限り、これ以上参加させることは出来ない。」
「あぁ?」
彼らの間に流れる一触即発の空気にアメリアは主人の不在を嘆くしかなかった、ものの数秒だけは。
面子を立てるべき主人が不在である騎士は、もしもの事態が起きた場合に責を負わされるであろう主人を想うがゆえに遠慮なく不信感を向ける。魔術師も魔術師で売られた喧嘩をどうして必ず買おうとしてしまうのか。
(ああ、ルツィア様さえいればこんな諍いは起きなかっただろうに!)
そう考えたその瞬間に、アメリアははたと気がついた。敬愛する我が主人がいたならば、どのようにこの場を収めていただろうか──共に過ごした時間が最も長い自分が、先んじてそう考えるべきであると。アメリアは大きく息を吸い込み、音を立てて吐き出す。そして剣呑な雰囲気の漂う間に割って入るべく、大きく、はっきりとした発音で叱責をした。
「ヘルマン様!ルツィア様の行いが分かっていながら、なぜ不要な争いをしかけるのですか?ルツィア様がこの人を信じて用いるのならば、私たちも同じようにすべきです!テオフィルス…さんも!ただ一言『手伝うつもりだ』となぜ言えないのですか?ルツィア様のお言葉をお忘れですか!」
突如として吠えた侍女の様子にぎょっとした顔をして振り返る二名に、アメリアは聖女の姿を思い描きながら、必死の形相でもう一刺しをする。
「今は日頃の不満を蒸し返すときではありません、下げられる頭はいくら下げたって事を成すべきときです!!ルツィア様のために、研究の続きとして力を貸してください、お願いします!!」
アメリアは声の勢いのままに席から立ち上がり、テオフィルスに対して直角に頭を下げた。さながら剣でも振り下ろしたかの如く空気が切られ、テオフィルスは半ば押される形でうなづく。しかし騎士は険しい顔をしたまま食い下がった。
「しかし、万が一が起きたらアメリアの首ひとつで済まされる話ではない。ルツィア様排斥を狙うなら必ずこの機会を利用するだろう。」
私とヘルマン様の御首でも足りないのですか、と食って掛かろうとした侍女を止めたのは、意外にも魔術師であった。
「グダグダうるせえな、要は俺が漏らさなきゃいい話だろうが!それにどうせ何したって出入りする人間は増えちまうんだ。片っ端からアーニーに顔覚えさせて、サインでもさせときゃ見つけられんだろ?」
アメリアに加勢したテオフィルスは、情報漏洩対策へ記憶力に秀でたもう一人の仲間の名前を出す。これ以上の対策はアメリアはもちろん、ヘルマンも咄嗟には浮かばない。返す言葉に困り口を噤む間に、魔術師は威勢よく啖呵を切った。
「首落とす前に犯人探させろってくらいなら王宮か教会のどっちかには通る──っつーか、死ぬ気で通せ!」
その言葉にもヘルマンは未だ沈黙を守ったままだった。アメリアは祈るように騎士を見た。
ヘルマンの聖女の命を守る立場としてはまだ承服しかねる対策ではあった。しかし事態を動かさずに被害を防げないとあれば、聖女の思想に反することにもなる。考えあぐねた結果、最終判断を先延ばし、目下の課題解決のために秘密をひとつ明かすことに決めた。
「……情報漏洩の対策はアーネスト様の戦果次第でまた検討する。設備について部屋で話していても埒が明かないだろう、工房へ行くぞ。」
◇◆◇
「皆さん、こちらにいらしたんですね。ただいま戻りました──って、あれ?」
直訴を終えたアーネストが早速その権限を用い、高位神官による案内で『聖女の名代』達のいる場所であるポーション製造工房へと足を踏み入れた。その瞬間に目に入ってきた光景に思わず声を漏らした。大声で言い争うアメリアとテオフィルス、工房の主である職員たちは忙しなく室内を行き交い、何らかの支度に追われていた。教会の中とは思えない慌ただしい光景に、アーネストは数回瞬きをしてから、扉の傍らに立ち入退室の管理をしていたヘルマンに事の次第を尋ねた。
「……見ての通りですね、揉めてます。」
ため息混じりかつ、普段より随分とざっくりとした内容の回答が、アーネストがいない間に数々起きていたであろう気苦労の多さを如実に伝えてきた。ヘルマン曰く、最終的には直訴の戦果がないと決定は出来ないからと、二人の議論なのかケンカなのかもはや定かではない言い合いは一旦放置して、二人の感情の吐きどころとしていたらしい。しかしその裏で、既存の人員と材料で製造工程を稼働させる指示が出されているのは見て取れる。その無駄の無さに、アーネストは改めて騎士の視座の高さに感心をした。ほどなくしてアーネストの帰還に気付いた二人は、どっとくたびれた様子で言い争いを収めた。扉の番を一旦職員に任せ、四人は部屋の中ほどに座して、会議を再開した。
「無事のご帰還が叶い、なによりです。『戦果』のほどはいかがでしたか?」
「はい、今のところまったくの無事です!結果ですが、増産のために欲しい権限は全部取れました。大司教様からは増産と供与の許可に、アメリア様へ『聖女の名代』権限の一時的な付与、ポーションの秘密開示はリヒター家までに限定しろと。陛下からは騎士団動員のための指揮権を借りることができました。さらには必要なものが増えればいくらでも出す、口布使用の号令も先程出していただいたようで、王都内ではこれから疫病蔓延の認知が広がっていくものと思われます。」
アーネストが得意げに仔細を報告すると、テオフィルスは口笛を鳴らして囃し、アメリアは『名代』という肩書きを聞いた途端に緊張した面持ちを見せた。ヘルマンはすぐに手放しに褒めず、一度咀嚼をするように思案したのちに尋ねた。
「それは素晴らしい。しかし、少々出来過ぎな気もしますが……なにか禍根は残りましたか?」
「ああ、少しはありますよ。でもなにか起きるにしても、全てうまく終わってからです。──だって、この病の蔓延次第ではお二人共どうなるかは分かりませんしね?そうなればまた全然違う問題が起こるでしょうし、今は考えなくていいですよ。」
アーネストは三人が必要以上に慎重にならないように、あえて冗談めかして言葉を選んだ。本人は和やかな笑い声でも起きるものと思って発したが、なぜだか冷たい視線が注がれる。あれ?と首を傾げてからアーネストは幼馴染を見る。すると先ほどまで言い争いをしていた勢いは消え、怪訝そうに潜められた眉で侍女の方へ向き直る。その侍女もうんうんと頷いてテオフィルスに同意する。
「……さすがに不敬すぎねえか?」
「不敬です!不吉すぎますよ!!」
ヘルマンははじめに行われた会議で見せたように、一旦自分に対する批判を集めることで場を収めようとしたのではないかとアーネストを見たが、年相応らしく視線を泳がせ狼狽え、助けを求めるように自分を見上げる姿にその意図どころか悪気すら無いことが分かった。
(かの知識の家の賢者も、冗談のさじ加減まで完璧とはいかないか)
ヘルマンは白けた空気が嫌悪に変わる前に手を数拍と打った。ともすれば泣きそうな形に眉を下げてしまったアーネストに目配せだけをして、誰もが聞き覚えのあるフレーズで場をなだめた。
「冗談はそのくらいにして、──仕事の話をしましょう。」
◇◆◇
アメリアは先日作り上げた手順が記された符砂板を置き、現在の工程を詳らかにした。それぞれの薬草名は伏せられているので秘密の公開にはあたらないだろうと、『名代』の権利をもって判断してのことだ。テオフィルスと口論になっていた原因は、増産のためにどの工程を変えるべきかという点であった。アーネストの成果によって、増産にあたっての制約条件は秘密の公開範囲のみにはなったが、設備という物理的制約は依然として存在している。
「ひとつ前の蒸留器が一基残っているとは聞きましたが、製造数を一気に増やさなければならないのであれば、それだけでは足りないのではないでしょうか……。」
「だからって魔法で蒸留器作れだの抽出物を倍にしろだのは無茶苦茶すぎんだろ、不可能だ。」
再び火が点きそうな二名をひと睨みで制するヘルマンの振る舞いは、聖女ルツィアを意図的に真似ている。普段静かであればこその説得力でもあるのだろうなとその様子を伺いながら符砂板に書かれた工程を何度も眺めては、アーネストも自分なりの改善案を作ろうと模索する。
アメリアの言うように既存の手順を守りながら増産をするには設備強化が欠かせないが、大規模な工事をしている時間的余裕があるのかどうかと、職人を出入りさせることによる情報漏洩の懸念はある。テオフィルスはそもそも後工程の混合比率に基づいて蒸留から行えないのかという意見らしいが、そこまで大幅に変えてしまって薬効に影響がないのか、また、それを検証することは果たして可能なのだろうか。薬効が維持できるとすれば混合工程を一気に省けるので効率的だろうが、配合比率から手順書に記さなければならない。
「秘密を守れという大司教様のお言葉ですが……ルツィア様がこの手順書に書かれているように、全体を再現出来ないように制限してあれば部分的な開示はよしと捉えるべきですよね。」
「はい、僕もそう思います。原料が露呈したとしても正確な分量比が分からなければ再現は出来ませんし、この火加減なんかも完璧に再現をするには熟練が必要な気がします。作業への慣れ、とも言うのでしょうか。」
リヒター家までと限定してはいるものの、実際のところはある程度漏れてしまうことは大司教も想定のうちだろうという認識は、ヘルマンもアーネストと同様に抱いていた。だからといって大々的または積極的に漏らすことは先のことを考えればするべきではない。この場では、即時再現の危険だけ除けば良いのではないかという見解を通そうと考えた。
「熟練──すなわち既存の職人達を配置すべきは蒸留の工程というでしょうか。材料の調達や切り刻む程度なら騎士や一般職員でも可能でしょう。」
聖女ルツィアが職人たちから詳細に聞き込みをして作り上げた手順書には、各工程ごとにコツや注意する点などがあれば記されている。加熱の工程には特に細かく記載が残されていた。とりわけ秘密を守るべき混合の工程は、手順そのものに特殊なことはなく、その比率だけが厳格に記されていた。しかし増産ともなれば、熟練工をこの工程に置くことは避けられるものならば避けたい。アーネストは自分が携行している小さな符砂板を取り出して、横並びに箱の絵を描き、矢印で繋いだ。
「混合も秘密厳守であれば職人が行うべきなのでしょうが……ここはやりようがある気がします。手間は増えますが、このように溶液の種類の分だけ担当者と作業場所を分けて、規定の分量に順番に入れていくとか。」
「あっ、そうですね!権限があれば隣室の確保も出来そうです。混合には特別な施設はいりませんから、出ていってもらうだけで済みます。」
アーネストの描いた図によってやるべきことを理解したアメリアからは、もう『名代』の肩書きに気後れするような怯えは消えているようだった。アーネストは残る課題である蒸留工程の部分を見つめては、うーんと小さく唸る。先ほどまで揉めていた箇所が再び議題に上がると、テオフィルスは苛立ちというよりは疲労の色が濃そうなため息をこぼす。
「後は溶液をいかに作り続けられるかってとこだろ?一基増やそうってだけでも、かまどから作ることになるんじゃねーか。アーニーの知り合いの職人でもいるのかよ。」
「うーん、でもやっぱりそこはテオにがんばってもらおうかなって。“実用派”ってこういう用途じゃないんだっけ?」
アーネストはテオフィルスの悪態には一切動じず、逆に煽るように微笑み返した。またもや衝突の危機かと咄嗟にアメリアは身構える。もしその瞬間が来たならば名代として仲裁をしなければならないと決意を燃やす彼女に対し、ヘルマンは様子を見るように促した。挑発めいたアーネストの言葉に聞き覚えがあったからだ。“実用派”という言葉が何を意味するのかは聖女ルツィアも詳細に確認をしていなかったが、アーネストからテオフィルスを紹介をされた際に用いられていた言葉だった。
「……あぁ、そういやそうだったわ。でもそうなると魔術師を何人か連れて来ることになるけど、平気かよ。」
テオフィルスは怒鳴るのではなく、思い出したかのように呟きを漏らした。それと同時に懸念を共有する。テオフィルス本人の素行と魔術師協会訪問の際の記憶が色濃いアメリアとヘルマン二人にとっては、そこから人を動員しなければならないというだけですでに危険を感じる。この変わり者の魔術師に協力をするような好奇心旺盛な人種なら、尚更である。アーネストも似たような心配を抱いているのか、再び首を傾げた。
「まあ、そこはうまーく話をつけておきたいんだけどね……どうしようかなあ。」
このやり取りの意図するところを尋ねたところ、要は蒸留器を焚べる火と、冷却の調整を魔法で代替できるということだった。しかし炎と氷を同一人物が同時に出す術は現状不可能となっており、すべての蒸留器から火の番を解放するとなればそれだけの魔術師の出入りを許可しなくてはならない。効率は上がるが情報漏洩の危険が上がる。さらに難しいのはそれだけではないと、テオフィルスは続けた。
「この手順書に書かれてる火加減や時間の程度がよく分からねえ。例えばこの『聖句の十番から十八番までを三回唱える』ってどのくらいなんだ?火加減のとこも、伝えようとはしてんだろうけどよ……どうもはっきりしねえ。かまどがない状態で火にかける蒸留器もあるなら尚更だ。」
その指摘は尤もであったので、アメリアも素直にただ一度頭を下げた。
「聖句の記述についてはおっしゃる通りです。この手順書における『誰でも』というのは教会職員を対象としていますので、テオフィルスさんが分からないのも当然でした。実際に手順書を用いて引き継ぎを行う際には前任者とともに確認ができれば最良であるとルツィア様もおっしゃっていましたので、火加減の記述にはまだ改良の余地があったのですね。」
さすがのテオフィルスも、正直な弁明であれば正面から受け取ることが出来たようで、今一度理解を深めようとしているのか符砂板へと視線を戻して考え込んでいる。聖女ルツィアの手順書が『生きた手順書』となるべく『生まれたばかり』であるが故の課題だった。侍従の二人がともに行った聖女の“祝福”は、一撃ですべてを解決するような“神秘”たるものではなく、ひとつひとつ地道に積み上げる泥臭い“技術”だったことは記憶に新しい。ならば、その技術を補填するのも同様に“泥臭く、地道”なものだろうとヘルマンは口を開く。アメリアも聖女が語っていた神秘の再現実験を思い出しながら、この意見に同意した。
「ルツィア様不在の今、我々で“祝福”の再現を試みるよりは『百聞は一見に如かず』に戻るしかないだろう。実際に一部始終を見て学ぶ、元々そのように継がれてきた技だ。」
「魔法はイメージが大事なんですよね?もしかしたら火加減は文字で表現すべきではなかったかもしれませんし、私も横で見ながら絵にしてみます!──あ、作業中すみません!ちょっとお願いしたいことがありまして、」
アメリアが職人に声をかけて、テオフィルスの背をぐいぐいと押して火の側へと向かう。最初のうちこそはあれよという間に話が進められて困惑気味に眉を寄せていたが、すぐに研究の頭に切り替えてその調整を食い入るように眺めては質問を繰り返すようになっていった。この急に進んだ事態に困ったのはアーネストもで、重要な案を言い忘れてしまったとため息とともにぼやいた。その声を漏らさず拾ったのはヘルマンであった。
「その話は私が先に聞きましょう。魔術師を丸め込む策に、直訴にて残された禍根というのも気になりますから。」
「はい……。」
置いてけぼりにされた子供のようにしょぼくれた顔は国王や大司教と対等に交渉をした上で、見事な戦果を勝ち取ってきたようにはとても見えなかったが、ヘルマンは紛れもなくその本人であるアーネストの言葉を待った。指輪を弄り、時折足を揺らしながら話すその内容は、子供のような見た目から発せられるには殊更に異常な案だった。
「僕、夜も使いたいんですよね……。魔法で設備を効率的に動かせたとしても、生産量を劇的にまでは増やせない。なら時間を使うしかないと思って。幸い、人は好きなだけ使えそうですから。──あ、そうだ。騎士の皆さんは寝ずの番とか慣れてらっしゃるんですよね?」
あっけらかんと、さも名案ではないかと言い放つ無邪気さに、ヘルマンは聖女ルツィアがこの歴史の番人には特に敬意を払っていた意味を、改めて肌で感じることとなった。
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