第3話 大森林の中で
チチチッチチチッ……。
鳥の鳴き声なんぞに起こされたのは、何年ぶりだろうか。
大吉は木漏れ日が落ちる森のど真ん中で、大の字になって転がっていた。
「……あれ? わし、現場の休憩室にいなかったか?
なんで青空が天井なんだ?」
寝起きの頭で状況を整理しようとするが──
どう見てもここは工事現場ではない。
「……夢か? いや、夢にしちゃあ妙に爽やかな木の匂いがする……」
大吉が眉間にしわを寄せたその時だった。
腰のあたりから、やけに景気よく自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「やい大吉! おい大吉ッ!
せっかく異世界ってとこに来たんだろ? いつまで寝てやがる!
それと──いつまでもオイラをこんな暗ぇところに閉じ込めてやがるんだ!
頼むから早くお天道様を拝ませてくれよ!」
「……は?」
大吉は身を起こし、自分の腰袋に目を落とした。
どう聞いても、声は“腰袋”の中からしている。
「なんだ……腰袋から声が聞こえるだと? スマホでも入ってんのか?
どうも使い勝手が悪くていかん。あれこれ機能が多過ぎんだよ……ヤスの奴にそそのかされて買ったのが間違いだったな……」
ぶつぶつ文句を言いつつ腰袋を探ると──
中にいた“何か”がやおら声を上げた。
「おいおい! 変なところ触んなっての!
くすぐってぇだろうが! やめろバカ!」
なんと声の主は“のみ”だった。
もちろん虫の蚤ではない。
ノコギリやカンナなどと並ぶ、大工道具の一つ──あの
「……おい。お前、しゃべってんのか? 鑿のくせに?」
「鑿のくせにとはなんだ!
こちとら長年お前さんに使われて魂が宿っちまったんだよ。
いわゆる
そこらのがらくたとは年季がちげぇんだ、年季が!」
「はぁぁぁ!?」
大吉は頭を抱えた。
「おめぇ、知らなかったかもしれねぇけどな。
オイラあのべっぴんさんに頼み込んで、無理やり付いてきたんだよ。
親方が異世界に行くのに、相棒のオイラがいねぇなんて道理に合わねぇ」
鑿はさも当然と言った表情を浮かべ言い放つ。
表情?そう、鑿のくせして一丁前に顔なんてものまでついている。
「……ったく。たかが鑿の分際で生意気言いやがって。
だがまあ……わしを追ってくるとはかわいいところもあるじゃねぇか。」
「へっ、当たり前だろ。
親方あるところオイラあり、ってな!
仕事んときゃ常に一緒だった仲だぜ」
父の代から使い続けた結果、先端が短くなったその姿こそ愛用してきた証。
魂が宿ったとしても不思議ではない。
「べっぴんさん……そうか! 思い出してきたぞ」
大吉は膝を叩いた。
死を告げられた、あの日の記憶だ。
「そういや異世界とやらに転生したんだったな。あの”べっぴんさん”、確か女神だったか?手下がやらかしやがって、ワシが割を食っちまった。せめてもの罪滅ぼしってんで、別の世界に飛ばされたんだんだったな。にしても、ちゃんと約束は守ってくれたんだろうな?嘘つきやがったら承知しねぇぞ!」
「おお、それなら心配いらねぇ。
オイラがさっき確認したからな!」
「ん?なぜてめぇが確認できる?ステテコなんちゃらってやのは本人しか見れねぇって話だったよな?」
「それを言うなら”ステータス画面”な。頭二文字しか合ってねーよ!
相変わらず横文字が苦手みてぇだな親方は……。
なんで確認できたか──だったよな?
そりゃオイラがアクセス権限を持ってるからだぜ。
どうせアナログを絵にかいたような親方のこった。
どうせ女神様の説明なんて右から左で聞いてなかっただろうし、
扱えっこねぇだろ?
だからオイラが操作してやることにしたんだよ」
「そうか。そりゃ気を遣わせちまったみてぇで悪かったな。
だが、てめぇの言う通り、何言ってるのかさっぱりわからんかった。
じゃあそのステテコを開いて、さっそく見せてくれ!」
「だからステテコじゃねぇって言ってんだろ!
ステータス画面だよ、ステータス画面!!
ったく仕事以外てんでダメなんだから、親方はよ~。……ほらよ、開いたぞ」
「おわっ☆ 目の前に変なものが現れやがったぞ!
これがステテコってやつか。
力?知力?HP?MP?
文字だらけで見る気もおきん……。
しかも横文字まで並べやがって、ワシにはさっぱりわからんぞ!」
「へっ、そんなこったろうと思ったぜ。
どうせ親方じゃぁチンプンカンプンだろうから、
ここはオイラを信じて、ステータス画面の操作は任せときな。
あのべっぴんさんはちゃんと約束を守ったし──、
いや、ちょっとやりすぎってくらいやってくれてるよ。」
「そうか。なら任せよう。つぅことでよろしく頼むぜ相棒」
「おうよ!!」
異世界に転生した職人気質の大吉と、魂の宿った付喪神の鑿。
──こうして、奇妙で愛すべき“親方&鑿コンビ”が誕生した!
------------------------------------------------------------------------------------------------
お読みいただきありがとうございます。
応援やリアクションを頂けるととても励みになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます