第2話 稲荷神社

 何かを大切なものを失っている感覚だけが、胸の奥底に眠っている。それも日を重ねるごとに強く、そして鋭く、胸の奥から外へと張り裂けるような痛みが襲ってくる。


 そしてまた春を迎えて冬になる。

 俺はいつまでここにいるのだろうか。

 暗闇の中から抜け出したはずなのに、恐怖と不安の感情が押し寄せてくる。暗闇の中を彷徨っていた時と何も変わらない。


 白い世界にポツリと虚無を感じている男の背中があった。

 俺は誰かを待っているかのように、石段に座っている。この場所で四つの季節を一人で過ごした。


 春、夏、秋、冬。ただ景色だけが律儀に入れ替わる。そして終わりのない循環を、俺は呆然と見ている。もはや何も感じない。ただ、季節が変わるたびに、自分という輪郭がまた一つ薄れていく。


 そんな時だった。

 同じ世界にもう一人、いや、もう一匹がいた。それは、茶褐色のフサフサとした狐だった。

 俺がその狐に気がつくと、狐は鳥居の中を潜り抜けて、石段の最上段で置物のように座った。そしてフサフサとした尾を左右に振り、じっと俺の方を見ていた。

 俺はその狐に吸い込まれるように重い腰をゆっくりと上げて、一段一段と登った。やがて狐のいる場所に着くと、狐は軽い足取りで参道を歩いた。

 狐の足跡を追うようにして、俺も一歩、そして一歩と足を動かした。

 再び狐は座ったので、俺も立ち止まった。右へ、左へと揺れる茶褐色のフサフサに視線を奪われていると、空気が微かに震えた。「カナタ」それは耳に届いたというより、鼓膜にそっと触れられた、という方が近かった。強く息を吹けば、それだけでもどこかへと飛んでいきそうだ。

 届いた声に誘われて振り返ると、彼女がいた。


「やっとあなたに会えた」


 俺の口が先走っていた。


「——」


 でも、彼女が何を言っているのかわからない。


「何かを僕に伝えたいの?」


 彼女の表情に靄がかかっている。言葉は返ってこない。

 すると彼女の言葉の代わりに、強い風が僕たち二人の間に吹いた。周辺の雪を巻き込んだ風は彼女の姿をかき消す。


「あなたは僕のなんですか?!」


 胸が締め付けられるようで痛い。息が詰まるような冷気を浴びながらも、彼女への気持ちを伝えたい。それなのに、どうしても伝わらない。届きそうで届かないもどかしさに、心が凍りつく。

 吹雪が止むと、二匹のお稲荷さんが僕の方を睨んで見ていた。そこには彼女の姿も、狐の姿もいなくなっていた。



 ————。



 頬を伝う雫の冷たさに俺は目を覚した。

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