夢で見た稲荷神社の彼女は、実在した。 ~もう一度、「君と過ごす四季」を求めて~
清光悠然
第1話 稲荷神社
頬を伝う雫の冷たさに目を覚ます。
身を温めて眠っているはずなのに、冷たさを感じる。
俺は布団から抜け出すことができなかった。
理由は自分自身でも理解できなかった。ただ、先が見えない暗闇の中を一人彷徨っている感覚だけがあった。光のない暗闇の中、俺は手探りで出口を求めた。そして、俺は暗闇の中で光輝く球体に気づいた。
俺は光が差す方向に手を伸ばし、それを掴み取ろうと走った。
その時だった。
俺の視界に広がる景色は神聖な場所だった。
石段に沿って赤い鳥居が立ち並び、鳥居をくぐり抜けると満開の桜が咲いていた。参道の先には、赤い布を首に巻いた狐の像が二体。鋭い目つきで何かを口に咥えていた。
社殿を取り囲む桜の姿は壮観だった。
桜に見惚れ、俺はしばらくその場で佇んでいると、春風が俺の頬を撫でた。すると、社殿の前に一人の女性が立っていた。
突如と現れた彼女だったが、俺は恐怖を感じなかった。それよりも彼女から伝わる美しさに俺は魅了されていた。でも、彼女の表情が見えない。それに、彼女は何かを伝えようとしているけど、何を言っているのか理解できなかった。彼女から伝わってくるのは、美しさと悲しさだった。
それから彼女が俺の夢の中に毎日現れるようになった。
僕たちは苔が生える石段に二人で腰を下ろし、流れる景色を共有した。
春。白い紋白蝶が石段に咲くタンポポの花の蜜を吸っている。
何かの始まりを告げるように咲き乱れる淡い桃色の桜。太陽の位置が少しでも動くだけで、花びらの色が異なって見える。濃い桃色だったり、白い色だったり、桜は僕たちに色々な表情を見せてくれた。
夏。満開だった桜は散り、青々としげる草木に神社は覆われていた。樹齢何百年を超える神木には、蝉が羽を休めてエネルギーを蓄えていた。
熱気に覆われジメジメとした空間で僕たちは汗を流した。それでも、爽快になれる瞬間が会った。それは夜になると満天の星空を観ることができたからだ。
ベガ・アルタイル・デネブ。夏の大三角形を指差し、間に流れる天の川を二人で眺めていた。朝に比べて、夜はどことなく静かだった。
秋。若々しい木々は朽ち、赤・黄・茶色の葉が見られるようになった。春には桜が散っていたが、秋では朱色の紅葉が散っていた。
僕たちは神社一体を包み込んだ紅葉に目を輝かせた。季節の変わり目には驚愕する。夏の暑さなど覚えている人はない。そのくらいに肌寒い。けど、なぜかそれが良いと感じられた。
冷たい息を吐いて手を擦る彼女へ、僕は抹茶を作った。
彼女は何を言っているかわからなかったけど「美味しい」と、そう言っていた。
冬。雪が募っている中でも僕たちは石段に腰を下ろしていた。
辺りは銀世界。赤い鳥居の上には白い雪が積もっている。
この広大な雪景色が、無数の小さな結晶で出来ていると思うと、静かな白の世界に灯火が宿る。不思議と冬の冷たさが和らいだ。
僕たちは肌を寄せ合い、ただボーッとしていた。僕自身その時何を考えていたのかわからない。でも、僕は彼女の頬に触れ顔を近づけた。
—————。
春。
僕は一人で満開の桜の中にいた。何かを忘れているような気がする。
夏。
暑苦しい。汗が流れすぎて気持ちが悪い。とにかく何かが気持ち悪い。
秋。
冷たい風が吹く中、なぜか抹茶を飲みたくなった。でも、美味しくはなかった。
冬。
なぜ雪が降り続ける中で僕は外にいるのだろうか。温まりたい。とにかく暖かさがほしい。
春。
夏。
秋。
冬。
俺はこの日々を繰り返した。
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