第二話 行幸

エネルと出会って半年が過ぎた頃、街は、妙に浮き足立っていた。


何でもこの王国「アストラル」の後継者である王子が15歳になったとかで、

国中を巡って行幸をするらしい。行幸なんて言葉は、俺には縁遠い。

だが、どうやらこの街にも二日ほど滞在するらしく、

街の人たちは、朝から晩まで忙しそうにしていた。

屋台が並び、装飾が施され、通りは色とりどりの布で覆われていた。


俺は、それを見て、充分すぎる歓迎だと思った。

いや、むしろ過剰だとさえ感じた。

だが、恰幅のいい男たち、

この街では、声の大きさが権力の証明であるかのような男たちが、納得していないらしく、あちこちで怒鳴っていた。


「もっと華やかにしろ!」「そこは金色の布だ!」「王子様が通るんだぞ!」


など、まるで自分が王子であるかのような口ぶりだった。

そんな彼らを眺めていたら、隣にいたエネルが呟いた。


「彼らは、誰かを迎えることで、自分の価値を確かめようとするのかもしれない。

王子が来るから、街を、そして自分を飾る。飾ることで、自分たちが王子にふさわしい存在であると、証明したいんだ」


彼はたまに、どこか悪意の混じったような声で、こんなことを呟く。

俺は、静かにリンゴをかじっていた。

エネルは、隣で少しだけ笑っていた。

彼は、こういう騒ぎが好きなのかもしれない。

あるいは、嫌いなのかもしれない。


彼の笑いは、いつも、どこか曖昧だった。



それから数日して、ついに王子が街を訪れた。

街は、まるで夢でも見ているかのようだった。

王子が来る。王国の後継者が、この埃まみれの街に、

ほんの二日だけ、足を踏み入れるというのだ。


「王子ー!!」「王国万歳ー!!」


人々は、歓喜した。羨望した。泣いた者もいた。

王子の周囲には、王都に仕える騎士がいた。

兵士が、列をなして行進していた。まるで、絵画の中の神話のようだった。


エネルが言うには、王都の騎士は、この村の大人百人でかかっても倒せないほどの強さだという。アストラルの首都「アスラデナ」には、数百の騎士、数万の兵士がいるらしい。人々は、王子を見ていた。歓喜の声をあげ、羨望のまなざしを向けていた。


だが、俺は、恐怖した。圧倒された。その隊列には、全くの隙がなかった。街の商売人たちとは、比べ物にならない。十数メートル先のハエの動きさえ、見えているのではないかと思った。俺は息を潜めた。

彼らの視線が、俺の心臓を貫くような気がした。


そして、もう一人。街の人々とは違う目で、王子たちを見ている男がいた。

彼は、静かに、しかし確かに、笑っていた。そして、俺に囁いた。


「おい、これはチャンスだぞ」




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