闇耀の騎士

フミア

第一話 生き方

俺は、いま、瓦礫と錆と悪意の巣窟に住んでいる。


そこらを歩けば、寝ているか死んでいるか判別つかない奴が転がっており、

そのすぐ傍では、人目を気にせず絶望を受け入れるかのように踊っている奴がいる。

この街では生きることと狂うことの区別が曖昧になっている。

おそらく、寝てる奴も踊っている奴も、現実から逃げ遅れているのだと思う。


秩序はある。だがそれは、秩序という名の混沌であり、基本的には無法地帯だ。

当然、危ない奴もいるし、組織もある。


「おい、仕事だ。18時にアジトに来い」


俺が雇われている、いや、飼われている組織の人間にそう言われた。

もちろん公に言えるような仕事ではない。

そして俺はその仕事を忠犬のようにこなす。

俺もまた、悪意の巣窟を生み出している人間の一人だ。

俺がここに来たのは4年前、13歳の時だった。


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父は、俺が物心ついた時にはいなかった。

母いわく、父はどこか遠くに行ってしまったらしい。俺は父の顔を知らない。

母は、それでも俺を育てようと毎日働いた。

働いて、働いて、働いて、そして、死んだ。

俺が6歳の時だった。疲労で死んだ。人は、疲れたら死ぬ。

そんな当たり前を俺はその時、初めて知った。


俺に残されたのは、小さなボロ小屋と、冷たくなった母の身体と、

子供には到底背負いきれぬほどの借金だった。

俺は泣かなかった。泣く暇がなかった。

泣くにはまず、飯を食わないといけない。

俺は、起きている間ずっと働いた。

時には盗みもした。盗むことに、罪悪感などなかった。

罪悪感は、腹が膨れてから感じるものだ。

俺は生きていた。生きていたというより、死なずにいた、

という方が正確かもしれない。



13歳になった頃、俺はあることに気がついた。

いや、気がついたというより、悟ったと言った方が正確かもしれない。

働いて金を得るよりも、盗んだ方が遥かに楽で、効率が良い。

それは、倫理の敗北ではなく、現実の勝利だった。

そのことを教えてくれたのは、エネルという男だった。

俺より二つ年上で、顔つきはどこか大人びていて、

言葉には妙な説得力があった。

出会いは商店街だった。俺は果物屋の前で、リンゴを睨んでいた。

盗むつもりだった。腹が減っていた。

すると突然、後ろからエネルが現れて、こう言った。


「俺が店主と話すから、その隙にやれ」


まるで俺の腹の中を、見透かしているような口ぶりだった。


俺は、少し迷った。知らない男の言葉に乗るのは危険だ。

だが、次の瞬間には、彼は店主に話しかけていた。

笑顔で、世間話をしていた。まるで旧知の仲のようだった。


俺は、その様子を見てあることに気がついた。

隙がありすぎる。盗みとは、隙を見つける技術だ。

だからこそ、売る側の人間は常に警戒している。

だがこの店主は、エネルの言葉に、魔術でもかけられたように警戒心を失っていた。


俺は、リンゴの棚に近づき、丁寧に、二つ盗んだ。

横目で店主を見たが、彼は俺を見ていなかった。

いや、見えていなかったのかもしれない。

エネルの言葉には、人を盲目にする力があった。



その日から、俺は彼と行動を共にするようになった。

彼は、いろんなことを教えてくれた。

学校で習うようなことも、頭の使い方も。

そして何よりも、「信用」について語った。


「信用させるのが大事なんだ。信用ってのは、武器だよ。金持ちだって信用で騙される。俺の事を信用している奴ほど、扱いやすいものはない」


彼に出会うまでの俺が聞いても理解出来なかったかもしれない。

だが今はそれを、強く、強く実感している。


エネルは、裕福だった。父親は街で名が通る大地主。

食うに困らず、学校にも通っていた。

この街で学校に通う子供は、十人に一人もいない。

そんな彼が、なぜ盗みをするのか、俺は理解できなかった。

満たされているはずの彼が、なぜ、満たされないことをするのか。

もしかしたら、空腹とは別の、もっと深い飢えがあるのかもしれない。

俺はそんなことを考えていた。だがそんなことは、どうでもよかった。

彼といるとすべてがうまくいった。初めて、生きていて楽しいと思った。


俺は、彼を友達とは思っていなかった。親のように思っていた。

いや、親以上だったかもしれない。

彼は俺に、生き方を教えてくれたのだから。

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