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「はい、これ。いいアイデアを出すには糖分が必要。奢りだから、さっさと飲んで」

 わたしたちは二口ほど飲んで一息ついた。脳がぐらりとする甘さに確かに気分は変わる。

 会長がポケットからガムシロップを五つ取り出し、さらに個包装されたブドウ糖も取り出した。いくら甘党でもポケットになんでもかんでも詰め込みすぎている。

「マックスコーヒー程度じゃ足りない。これも摂取して」

 そう言うと会長はわたしのペットボトルを勝手に開け、ガムシロップを三つ立て続けに入れた。わたしはそれを黙って受け入れ、特製マックスコーヒーを一気に半分飲んだ。

 会長は満足そうに頷き、ブドウ糖を食べた。

「よし再開しようか。脳のエネルギーは十分でしょ」

「そうですね。口の中が甘ったるくて水がほしいくらいです」

「もったいないから全てを脳の活力にしなさい」

 水を飲んでもそれは一緒だと言おうとしたが、糖分を少しでも有効活用したかった。

「会長がいない間に思いついたことがあります。会長のお金と体力が無駄だったわけではないですよ。お陰でおぼろげなアイデアが形になりました」

「もったいぶらなくていいから」

「密告犯Xは御山さんではないでしょうか。剣さんの喫煙を知っているのはもうこの人しか残っていません」

「わたしたちの知っている情報で消去法を用いればそうなる。でも……」

 会長が言い淀んだので「なんですか。気になる点は潰していきましょう」と助け舟を出した。

「御山さんが剣さんの喫煙を知っていた、というのはわたしたちの推測でしかないよね? 御山さんは本当になにも知らなくて、怒り狂った剣さんを目の当たりにして、ついさっき喫煙の事実を知った。顔には出ていなかったけど。そうは考えられない?」

 確かに会長の懸念は一理ある。剣さんは御山さんですら部室に入れなかったかもしれない。そしてそのことはわたしたちには知りようがない。

「もう一つ懸念点がある。犯人Xが御山さんだとしても、証拠がない。消去法で残ったから、じゃ根拠とは言えない。選択式の試験問題じゃないんだから。白を切られ、剣さんは適当なことを言われたとさらに怒るだろうね」

 証拠については考えていなかった。それと犯人の行動も。論理的に犯人を絞り込んだとして、Xが認めるはずがない。暴力が絡んでいるならなおさらだろう。剣さんを説得できるかも怪しい。まとめて餌食になるだけな気がする。

「会長はいろいろなことに気がついてくれますね。わたしたちが不利になるように」

「しかたないでしょ、ありとあらゆる可能性を潰さないとこっちが危険なんだし。ぐうの音も出ない案を出してよ」

「会長も出してくださいよ。まあ、あまり期待はしていませんが」

 しまった、と思ったが会長は気にした様子はない。そっと胸を撫で下ろして、「もういっそ竹刀を壊しておきますか」と軽口を叩いた。

「いいかもね。なんなら部室を燃やして煙草ごと抹消するとか。もっと大きな事件にしちゃえば喫煙なんてうやむやになるでしょ」

「なんですか、それ」

 苦笑いしてペットボトルに手を伸ばした。甘ったるい液体とブドウ糖を放り込んだところでなにかが頭をよぎった。この感覚には覚えがある。細い細い糸を掴んだような。それをたぐって集めると一枚の絵になるはずだ。

「どうして剣さんは密告犯を見つけたいのでしょうか。仮に犯人が見つかって犯行を認めたとして、どうしようというのでしょうか」

「そりゃあ剣さんが仄めかしたように、ボコボコにするんじゃない? ヤンキー風に言うなら、ヤキを入れる? ってやつかな」

「なんでそんなことをするんでしょうか。喫煙を疑われた、という状況に腹が立つのは分かります。でも、疑惑を持たれただけです。剣さんは教師からちょっと聞かれただけ、と言ってましたよね。事実、停学にすらなってないからわたしたちの目の前に現れて犯人を探せ、なんて言ったわけですし」

「言わんとすることは分かるけど、犯人を推理しないと。行き詰まってるのは分かるけど」

 案外この違和感がなにかに繋がる予感がしているから構わず続けた。

「やはりおかしいです。剣さんには実害がほぼなかったんです。それに、未成年の喫煙なんて、確かに法律違反ですけど、大した犯罪ではないですよ。未成年なのに大学に入学すると同時に飲酒するのはさして変わらないはずです」一度考えながら話し出すと勢いが止まらない。「警察が逮捕しますか? ありえないでしょう。でも剣道部員が竹刀を使った暴行はどうでしょう。それはれっきとした傷害です」

「格闘技やっている人が殴ったりすると逮捕されたニュースを見たことがあるし、同じ理屈が通るかもね」

「そうです、それです。それに、剣さんがわたしたちかXに危害を加えるために呼び出したとして、のこのこ出て行きますか?」

「教室で周りの目がある中で呼び出されたらついて行かざるを得ないんじゃない?」

「そうかもしれません。仮に剣さんと一対一かつ周りに人っ子一人いない状況になったとしましょう。そこで剣さんは竹刀を手に殴打するでしょうか」

 会長は呆れたように、「そんな都合がいい場所があれば、まあするでしょ」

「わたしはそうは思えないんです。現代の便利な道具を使うと、剣さんの一挙手一投足が全世界に配信できるんです。スマホ一つで」

 会長ははっとしたようで、「なるほど、昭和でも平成でもない令和の時代に暴力はそぐわない」

「その通りです。ネットの世界だと制服一つで学校を特定され、さらには人物まで特定されます。ネットで炎上すればそれは一生ついて回ります。剣さんは、それに御山さんはそこまで短絡的でしょうか」

「ちょっとそうは考えにくいかな。昭和のヤンキーみたいなのが蔓延ってる学校ならまだしも、ここはそうじゃない。でも、そうすると、」

「でも、そうすると、剣さんの目的はなんなのか」会長の疑問を遮り勢いそのまま、「復讐のための暴力ではないなら、Xがどれだけの情報を持っているか知るために犯人捜しをしていたのではないでしょうか」

「情報? それは喫煙以外の、ってこと?」

 そうです、と言ってマックスコーヒーで喉を潤した。水がよかったがしかたがない。

 ここまではいいだろう。剣さんの行動にあった違和感を詳らかにし、別の目的があることまでは考えた。後は真の目的を考えれば現状の突破口になるはずだ。

「是が非でもXを特定する必要があることから、おそらく喫煙なんてものよりよっぽどあくどいことで、喫煙がカモフラージュになると考えたことから……麻薬の吸引でしょうか」

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