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 しばらく沈黙が続いたが、それでは事態は好転しない。黙っていても物事が進むのは動画を見ているときくらいなものか。

「一応聞いておきますけど、会長は犯人じゃないんですよね」

「わたしはなにもしていない。そっちは?」

「同じく」

 会長を信用するに足るか。ここで信用できないと断定してしまうと事態は悪化の一途を辿るだけだ。お互いに疑心暗鬼になって悲劇が繰り返されるのは小説の中だけで十分だ。

 会長の普段の行いを鑑みると嘘つきではない。

「では、お互いを信用する方針で話を進めましょうか」

「わたしは最初から宇田見さんを疑ってなかったけどね。疑惑をかけられて、わたしは悲しいよ」

「茶々を入れてる暇はないはずですよ。会長だって困ってますよね」

「まあ、ね。剣道部の竹刀捌きに素手で勝てる自身はないかな。なんとかして真犯人を見つけないと身が危ない」

 暴力は身近で、こんなにすぐ差し迫るとは思ってもいなかった。これはジャック・ケッチャムの呪いだろうか。

「情けない話、宇田見さんの頭が頼りなんだけど、どうかな。なにかアイデアある?」

「全くありません。が、カンニング事件やラブレター持ち主捜索のときのようにやっていきましょうか」

 つまり、わたしが思いついたことを言って会長がああでもないこうでもないと言うやり方だ。

 会長は心得たもので、「了解」と短く肯いた。

「わたしたちが見つけるべき人物をここではXとしましょう。Xはいつ剣さんの喫煙を知ったのか。それは昨日、というのはいいですかね」

「そうとは断定できないと思う。喫煙を知ったのはちょっと前で昨日まで教師に報告する勇気が出なかったのかも」

 会長が示した可能性はあり得ないとも言い切れない、か。ただそうなると、どうして昨日になって喫煙を告げたのかが疑問だ。そこに至るきっかけがあったはずだが、それはなんだろう。

「時間の空きが気になりますが一度保留にしましょう。会長の指摘で気がつきましたが、喫煙に気がつくということは剣道部の部室に入ったことがある人に限られますよね」

「それは賛成。剣さん自身が臭い対策をしていただろうし、仮に煙草の臭いをさせてたとしても、即喫煙者と断定するのは早計だね。臭いが移った可能性だってあるわけだし」

「では部室に入ったことがある人はだれか。剣道部の部員が真っ先に思いつきますが、除いていいですよね」

 他に部員がいたら、部室で喫煙なんて暴挙にはでないはずだ。

「全員がグルの可能性もあるけど、考えなくていい。剣道部は長いこと部員不足で休止してて今年から再開されている。他の部員は名前貸し」

 会長が示した可能性には気がつかなかった。それに生徒会長なだけに部活事情にも詳しい。現状のパートナーとして不足はない。

「部員ではないが部室に入る方法は一つ。剣さんから招待されたから」

「部室に入る方法はそれだけじゃないでしょ。鍵さえあれば入れる。教師だろうと生徒だろうとね」

 それは考えていて否定材料は揃っている。「教師が勝手に部室に入った可能性は低いと思います。煙草の空き箱は無造作に落ちていてすぐに気がつきました。教師が勝手に入ったなら当然見つけているはずです。そしたら今頃剣さんは退学とまではいかなくても停学くらいにはなっているはずです」

 そしてわたしたちは平和に暮らしていたはずだ。「剣道部と無関係の生徒が入ったこともないはずです。部室の鍵は職員室で一元管理されていて、管理担当者の目の前で帳簿に貸し出し履歴を書かされます。勝手に鍵が持ち出されていたら剣さんはそっちを真っ先に疑うはずですから」

「宇田見さんの理論に矛盾はなさそう。とするとXは剣さんと仲がかなりいい人ってことか」

「そうなりますね。喫煙という公序良俗に反する行為を打ち明けてもいいと思えてかつ秘密にできると信用していた人です」やはり会長相手に話していると考えが浮かんでくる。暗中模索の状態だったが少しずつ光りが見えてきた。「さっき保留にしてた問題もおおかた、喧嘩でもして報復のためだったのかもしれませんね」

 会長はおもむろにスマホを取り出し、「青空は交友関係がかなり広いから剣さんについても知ってるかも。ちょっと聞いてみる」

 果たして青空さんが一年生との交流があるのかは知らないが、頼もしい限りだ。

 会長はスマホを耳に当てながら「早く早く」と祈っている。それが通じたのか四コールで青空さんが電話に出た。

「玲奈が電話なんて珍しいね。明日は変な物でも降るのかな」

 会長のスマホの音量は最大のようでスピーカーにせずともお互いの会話がしっかりと聞き取れる。「そんなつまらないやりとりをしている暇はないの。剣さんって知ってる?」

「一年生の王子の卵って呼ばれてる子でしょ。一緒にゲーセン行ったこともあるくらいの仲だよ。わたしの動画に興味持ってくれたみたいで……」

「それは好都合。剣さんの交友関係を知りたい。特に仲がいい人がだれかを。御山さん以外でね」

 青空さんが「ええっと」と唸り、「御山さん以外分からないなあ。御山さんは仲がいいとかって次元じゃない気もするけど。あたしと剣さんでゲーセンにいる間ずっと付き従ってたし」

 剣さんと御山さんの関係は一般的な幼馴染みではなさそうというのは分かった。が、今は御山さん以外の情報がほしい。

「本当にいない? よく思い出してみて。親友と呼べるような友達の一人や二人いるでしょ」

「そりゃあいるだろうけど、そんな深い話してないし。ゲーセンできゃっきゃ遊ぶのに相応しい話題じゃないでしょ」

 会長がわたしに目配せをした。なにか聞きたいことがあるか問うてるようだが、わたしは首を横に振った。

「ありがと、参考にならなかったけど」

 会長が電話を切るとまた沈黙が部室を制した。事態は全く進展を見せなかった。青空さんには期待していただけに上手く頭の切り替えができない。会長も同じようで、「どうしようか」としきりに呟いている。

 会長がおもむろに立ち上がり、「ちょっと待ってて」と言って猛然と部室を出て行った。逃げたのだろうかと少し疑ったが、しばらくするとまた勇ましく部室に戻ってきた。その手にはマックスコーヒーのペットボトルが二本握られていた。

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